第15話 お出かけの約束

「お久しぶりです、レイラさん……あの、その手、どうされたのですか?」


「あ、ああ! 久しぶりだねアントン! ちょっとこれはあれだ! 気にするな!」


「はぁ……」


 二週間後。

 再び、物資の搬入に現れたアントンが、レイラの手を見ながらそう首を傾げる。

 そんなレイラの手にあるのは、数多の絆創膏だ。

 両手合わせて十本の指に、絆創膏の巻かれていないものがない。特に左手の人差し指、中指など、場所を変えて三枚巻かれているほどだ。

 そんな手を見れば、疑問に思うのも当然だろう。


「はぁ……そうですか。いえ、申し訳ありません。変なことを聞きまして。ええと、ひとまず今日の搬入物資です」


「よし、テレジア! 確認をしろ!」


「はいっすー」


 納入票を渡されたテレジアが、そのまま馬車から下ろされた物品を確認する。

 一つ一つ丁寧に数を数えながら、発注票と相違ないかを常に確認するのはテレジアの仕事だ。

 そして、その間にレイラがやるべきことは。


「あ、ああ、あああ、アントンっ!」


「はい?」


「も、も、もう、ひ、昼は食べたか!?」


「いえ、まだです。朝は簡単なものを食べたのですけど、思ったより早く来れましたんで」


 時刻はまだ、昼前といったところだ。

 そして昼前ということは、まだ昼食の時間ではない、ということにもなる。

 当然ながら、レイラも昼食はまだだ。


「じゃ、じゃあ、その……!」


「お昼、ご一緒してもいいですか?」


「あ、ああ! 勿論だとも!」


「では、どちらで……」


「そ、それなんだがな……」


 ええと、と必死にレイラは思い出す。

 確かテレジアに教わったのは、最初に女子らしいところを示す、ということだ。そのために、お出かけをするのだ。

 お出かけをする先も、ちゃんと女子らしい可愛いところだ。


「あ、あ、あたしはな……その、は、花が、好きでね!」


「そうなのですか?」


「あ、ああ! ち、ちか、くに、花が綺麗な場所がっ! あるんだっ!」


「いいですね。それじゃ、お弁当持って一緒に行きますか?」


「う、うんっ!」


 思わず、そう頷く。

 だが、違う。違うのだ。ちゃんと女子らしいところを見せるのだ。そのためには、出来合いのお弁当を持っていってはいけないのだ。

 そのために、この二週間頑張った。テレジアに何度も何度も怒られながら頑張った。

 厨房の担当には、「まな板を血の海にしないでください!」と怒られた。

 両手がじくじく痛いが、今日のために頑張ったのだ。


「い、いや、そうじゃ、なくて……!」


「ええと、それじゃ、お弁当を……」


「はいはーい。ちょっとすいませんっす」


「あ、はい」


 そこで、テレジアがそうレイラとアントンの会話に乱入する。

 どうしてそのように、レイラが助けを求めると同時に来てくれるのか。テレジアは実に優秀である。

 こほん、とテレジアは咳払いをして。


「実はアントンさん、前回発注した量なんすけど」


「はい?」


「ちょっと野菜と肉が、余っちゃったんすよね。ですんで、二人で処理しちゃってくれてもいいっすか?」


「余っているのなら、今回の発注量は減らしますか?」


「量は一緒でいいっす。今回は野菜も肉も控えめの飯ばっか作ってたっす。でも悪くなっちゃいけませんし、レイラさんと二人で処理しちゃってくださいな」


「はぁ……」


 どういうことか分からない、とアントンが首を傾げる。

 そんなアントンを、うりうり、とテレジアが肘でつついた。


「よっ、この色男っ」


「はい? どういうことですか?」


「ありゃー、分かんないっすか? アントンさんのために、レイラさんが手作りのご飯を作ってくれる、って言ってんすよ」


「え……!」


「ちょ……!」


 なんだかテレジアを止められないけれど、事実その通りである。

 そして、このようにレイラが会話を運べたか、と言われると完全に否であるのだ。テレジアがいなければ、なし崩し的にお弁当を買って向かうことになったかもしれない。

 実に優秀なテレジアである。


「そ、そうなん、ですか? レイラさん」


「うっ……ま、まぁ、その……うん」


「そう、でしたか……お気遣い、ありがとうございます」


「い、いいんだ! あ、あたし、作るから!」


「では、そちらを楽しみにしておきます。ええと……いつ頃向かわれますか?」


「で、できれば、すぐにだ!」


「分かりました。では、仕事を終わらせたらすぐに執務室へ伺いますね」


「ああ!」


 色々と脱線はしたけれど、ひとまず思い通りに事が運べた。主にテレジアのおかげで。

 だからあとは、上手に鍋を作ることができるかどうか、だ。頑張れ自分、と鼓舞することしかできない。

 そしてテレジアが手早く発注票との数字を確認し終わり、そのまま次の発注票を渡す。

 前回と違い、二度目の確認を行わないことに、僅かにアントンが首を傾げていたけれど。


「じゃ、じゃあ、テレジア! こっちだ!」


「はいっすー」


 アントンが仕事を終えたら、そのまま執務室まで来るはずだ。

 つまり、それまで執務室で作戦会議を行うことができる。どうすればいいか、とかをちゃんと考えておける。

 そして、最早レイラにはテレジアに頼る、という以外の選択肢がないのだ。


「どうするっ!」


「近いっす近いっす。とりあえず落ち着くっす」


「落ち着けるかっ! ど、どうすればいいんだ! な、鍋は練習したけど!」


「とりあえず、二人で花畑に行くっす。場所は教えましたよね?」


「ああ……」


 一応、聞いているし、下見も済ませている。鍋をちゃんと作れそうな空間も、そこにあった。

 だから、あとはアントンと二人で、材料を持って向かうだけなのだ。


「じゃ、あとは適当にやるっす」


「そんな!」


「忘れ物はないように気をつけてください。厨房の袋の中に、野菜は切って入れてるっす。肉は傷んじゃいけないんで、冷所に置いてあるっす。鍋と器は厨房のをそのまま使っていいっす」


「ちょ、ちょ、待……!」


 覚えきれそうにないテレジアの言葉の連続に、思わずそう止める。

 そういう準備とかは別にいいのだ。問題は、到着してからである。

 だというのに。


「大丈夫っすよ。花畑があるっす。話題には事欠かないっす」


「い、いや、もっと……」


「大丈夫ですって。レイラさん、だいぶアントンさんに慣れたっす。あとはもう大丈夫っすよ」


「そ、そうか……?」


 大丈夫なのだろうか。

 そう、本気で不安になってくる。鍋も頑張って練習したけれど、もう食べ過ぎて美味しいものができたかどうか分からないのだ。

 でも、もう誘ってしまった。賽は投げられたのだ。


「レイラさん、がんばっす!」


「あ、ああ!」


 そして。

 こんこん、とその執務室の扉が叩かれて。


「お待たせしました、レイラさん」


「あ、ああ! よし、行こう!」


 二人きりの。

 デートが始まる――。

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