第14話 女子力向上計画
「ではレイラさん、女子力の高さを見せつけるっす」
「ああ……じゃあ、とりあえず、そろそろトールの王都を攻めるか?」
「はい?」
「あ?」
現在、この砦に駐在する銀狼騎士団が相手にしているのは、かつての大国トール王国だ。
ガングレイヴが現在のような広大な版図を手に入れる前には、大陸に覇権を謳っていた超大国だったのだ。特に、ガングレイヴとの国境にあった最大の難関――トールの関を相手に、ガングレイヴは攻めあぐね続けていたのだ。まさに不落の要塞、とされるトールの関を、いかに攻略するか、というのが何度も会議で話し合われたほどである。
では、どのようにそんな難攻不落の関を落とすことができたか。
種は単純。
レイラ・カーリーという圧倒的な武力を関の中に運び込んだ、というだけのことである。
レイラは全軍の協力により、死兵五十人と共に侵入し、そのまま関の中で暴れ回り、扉を開いたのだ。
歴史にも残る、トールの関攻略戦――それは、レイラという圧倒的な武力があったからこそ成り立ったものなのである。
そんな関を突破されたトール王国は、そのまま内部をガングレイヴに蹂躙され、衰退の一途を辿った。現在は、王都以外のほとんどの領土に、ガングレイヴの旗が立っているのだから。
しかしトール王国は降伏を受け入れようとせず、最後まで戦う、と明言している。ゆえに、レイラはトールの王都を攻める、という奏上を帝都の皇帝に対して奏上しているのだ。
まだ許可が下りているわけではないが、まず力を示す、となれば手近な攻略対象を落とすことこそが一番だろう。
「……あの、レイラさん?」
「さすがに、トールの王族の首をきっちり並べれば、あたしのことを見直すだろう」
「……女子力って何か分かってます?」
「テレジア、お前、あたしをなめてんのか」
ったく、とレイラは腕を組む。
テレジアは有能な副官なのだが、レイラが何一つ常識を知らない、とでも思っている発言が多い。ちゃんと常識くらいは弁えているつもりだというのに。
「当たり前だろ。女子力ってことは、女子の力だ」
「はぁ……」
「つまりあたしの力だ。敵将の首を取れ、ってことだろう」
「全然違います」
「は?」
自信満々に答えたレイラに、テレジアが大きく溜息を吐くのが分かる。何をそれほど呆れているのだろう。
力というと、つまり戦場での働きとかそういうものではないのだろうか。
むむ、と腕を組んで考えるが、よく分からない。
「んじゃ、女子力って何だ」
「そりゃもう、女子の力っすよ。ほら、例えば料理を上手に作ったり、編み物とかしたり、刺繍とかしたり」
「……何だ、それは」
「あとはそうっすね……自分を綺麗に見せるための服装だとか、装飾品とか」
「いや待てこら」
さっぱり分からないテレジアの提示に、思わずそう止める。
力だというのに、どこにも力を示している要素などない。何故それが力になるというのだ。
だが、テレジアは首を振る。
「例えばっすけど、レイラさん」
「な、何だ……?」
「男性が将来的に結婚をしたい、と思う相手は、料理が上手な人と下手な人のどっちだと思うっすか?」
「……いや、それは、まぁ」
常識的に考えて、料理が下手な女と結婚したい、という者はそうそういないだろう。
そんな、普通に考えれば分かるようなことを、何故そのように質問してくるのか。
その答えは、一つ。
「……つまり、あたしが何か料理を作る、ってことか?」
「そうっす。何かを作って、アントンさんに振る舞うっす」
「いや、そんな簡単に言うけどな……」
レイラは、そう眉根を寄せる。
料理、と一言で示されるけれど、レイラは未だかつて料理などしたことはない。
敵兵を料理する、という別の意味ならば毎日のようにやっているけれど、それは多分違う、ということくらいは分かるのだ。
「アントンさんは、多分次に来るのは二週間後くらいっす」
「そう、だな……」
「つまり、二週間は修行をする時間があるということっす」
「でもな……」
「アタシが断言するっす。二週間、同じ料理をずーっと練習し続けて、ずーっと不味いってことは絶対にないっす。絶対に美味しいものを作れるはずっす」
「そうかな……」
理論的には理解できる。
レイラにしてみれば二週間ずっと同じ武器で鍛錬を行うようなものだろう。さすがに、二週間もずっとやり続けて、何一つ成長しないことはない。どれほど才能がなくとも、努力は必ずそこに示されるのだから。
だが、料理という未知の分野においても、それが成り立つのだろうか。
「レイラさん、アントンさんは、いまいち味の薄い『ヴェルエール』のコース料理を、美味しいと言ってたんすよね?」
「あ、ああ……」
「アタシとしても、『ヴェルエール』はちょいと薄味なんすよね。ですんで、テーブルに置いてある岩塩を自由に料理にかけていい、って置かれてるんすよ」
「そうだったのか!」
気付かなかった。それを知っていれば、薄味に悩むこともなかったのに。
くそっ、と心中だけで毒づくけれど、今更である。もう過ぎたディナーについては、考えないほうがいいだろう。
アントンも、かけていなかったようだし。
「基本的に、男は濃いものが好きっす。なのに、アントンさんは美味しいと、そう言ってたってことっす」
「だから、何だ……?」
「つまり、アントンさんの美味しいと思う範囲はかなり広い、ってことっす。少々薄味でも十分美味しいと思ってくれる、ってことっす」
「おぉ……!」
なるほど、と納得する。
確かにそう言われれば、少々の味のぶれがあっても問題ないかもしれない。
レイラの慣れない料理でも、ちゃんと満足してくれるかもしれない、ということだ。
「と、いうわけで」
「ああ」
「料理の修行っす」
「分かった……じゃあ、あたしはどうすればいいんだ?」
「そうっすね……」
テレジアが僅かに考えて、それから執務室の中で、その北を指で示す。
その向こう――砦の北側にあるのは、山とその麓に広がる森だ。
「森の中に、花が綺麗な場所があるっす。割と有名っすけど、知らないっすか?」
「……知らないな」
「なら教えるっす。それで、レイラさんは何気なく花が好きだ、みたいなことを示すっす。で、二週間後のお昼にでも、アントンさんと一緒に出かけるっす。そうすれば更に女子力上昇っす」
「そんなもん、なのか……?」
分からない。それで何故女子力とやらが上がるのかも、さっぱり理解できない。
だが、ひとまず現状ではテレジアの言うことは、全て正しい。ならば、今回も信じていいだろう。
「そして、作るのは鍋っす」
「鍋、か……」
「そうっす。鍋は寛容っす。少々味付けに失敗しても、大抵美味しいものが出来上がるっす」
「そうなのか……?」
もう訳が分からなくなってきて、とりあえずテレジアの言葉に全部従えばいいだろう、とレイラは思考を放棄した。
そして。
「何より、こういうことがあるっす」
「何だ?」
「レイラさんが手ずから作ったものを食べて、アントンさんが美味しいって言うっす。どうっすか?」
「――っ!」
それは。
それは。
これ以上ないほどの、幸せ――。
「よしっ、テレジア! あたしはやるぞ!」
「その意気っす」
アントンが訪れてくるまで、もう二週間。
それまでに、どうにかしてアントンが満足できるように、ちゃんと料理を頑張らなければ。
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