第13話 反省会
「さて、レイラさん」
「あ、ああ……?」
「何が悪かったか分かるっすか?」
「いや……?」
さっぱり分からない。
レイラにしてみれば、今日のアントンとの食事は大成功だ。ちゃんと一緒に食事をすることができた、という時点で満点である。
ちゃんと食事中も話をすることができたし。
だがそんなレイラの答えに、大きくテレジアは溜息を吐いた。
「ではレイラさん、選ぶっす」
「へ?」
「厳しめに言うのと、辛めに言うのとどっちがいいっすか」
「それどう違うんだ?」
もう、言葉のニュアンスくらいしか違わないのではなかろうか。
というより、その二択しか選べない、という時点で、テレジアにしてみれば反省するところが多い、ということだろうか。
はぁぁぁぁ、と大きくテレジアが溜息を吐く。
「えー、まずっすね」
「う、うん……?」
「なんで一般人ぼっこぼこにしてんすか」
「いや、それは……」
単純に腹が立ったからである。アントンが殴られたし。
それに、ああいう輩は放っておけば、それだけ街の治安が悪くなるのだ。レイラが見かけた以上、そこで制裁を加えておくのは当然である。それに、アントンが殴られたし。
あとはまぁ、例えば、ええと、アントンが殴られたし。
「前にアタシ、言ったはずっすよ。目の前で人が殴られていて、アントンさんはどう思うっすか」
「うっ……!」
確かに、言われた。
だが、それでも我慢できなかったのだ。アントンが殴られたし。
殺さなかっただけ、褒めてほしいくらいだ。そのくらい頭に血が上っていた。
「で、でも、殺しはしてないから!」
「そういう問題じゃないっす。暴力を振るう女に、アントンさんがいい感情を抱くと思うっすか」
「……うぅ」
「まぁ……今日については、アントンさんが殴られたから、っていう理由もありますけど……まぁ、ギリギリっすね」
ああ、もう、と頭を掻くテレジア。
確かにテレジアの言う通りだ。暴力を振るう女になど、アントンが良い感情を抱くはずがない。
だが、既にもうやってしまったのだ。
これ以上、どう挽回もしようがない。
「とりあえず、次に来たときに、アタシの方からフォローするっす」
「……頼む」
「で、次っす。食事を一緒にできた、というのはまぁ良かったっす。問題は会計っす」
「へ?」
会計の何が悪かったのだろうか。
確かにアントンが何度も、「申し訳ありません」とは言っていた。よく分からなかったけど。
そんなレイラの間の抜けた声に、思い切りテレジアが呆れる。
「まぁ、アタシには理解のできない感情っすけど……男には、どうにもプライドってものがあるらしいっす」
「……プライド?」
「そうっす。一緒に食事に行ったら、男が払う、とかよく分からないポリシーっす。まぁ、アタシらからすれば助かるっすけど、男というのはそういう生き物なんすよ」
「えぇぇ……」
よく分からない。
食事に行くならば、普通は自分の食ったものを自分で払うだけだ。
大人数で訳が分からないならば、等分すればいいだけの話である。
それを、男が払わなければならない、という考えは、全く理解に苦しむものだ。
「で、でもな、テレジア!」
「何すか」
「あたしは、将軍だ。んで、アントンは新米の事務官だ。ほら、給金はあたしの方が多いし、あたし上司だぞ」
「そんなもの関係ないっす」
ばっさりと、そうテレジアに否定される。
だが、軍とはえてして上下関係だ。滅多にないけれど、レイラが部下と食事に行くときなどは、必ずレイラが払うようにしているのだから。
そう考えれば、給金がレイラよりも少なく、かつ現状は銀狼騎士団の担当官であるアントンは、レイラの部下であるようなものだ。そのような相手と一緒に食事に行って、支払いをするのがレイラであることに何の問題があるというのか。
「今回は、軍のどうこうじゃなくて、二人きりで食事に行ったっす。これはもう、仕事の範疇を超えてるっす」
「え、えぇ……」
「まぁ、アタシもしっかり注意してなかったのが不味かったっす。しかも、そんな高い店に行くとは思ってなかったっす。せいぜいアントンさんにも払えるところだとばっか思ってましたし、言わなかったら言わなかったで、会計のときにここは僕がいやあたしが合戦が行われるとばっか思ってたんすけどねー」
「……」
もうテレジアが何を言っているのか分からない。
分からない、が。
とりあえず、レイラが色々と間違った行動をしてしまった、ということだけは分かった。
「じゃ、じゃあ……」
レイラは恐る恐る、テレジアを見る。
そのようにテレジアが振り返って思う、色々と仕出かしてしまった事実。
それを考えると、どう考えても、アントンに好意的には思われていないのではなかろうか。
「あ、あたし……き、嫌われた、か……?」
「……はぁ」
だが、レイラに対してテレジアが行ったのは小さな溜息だけ。
そんなテレジアの行動に、一気に不安が募ってゆく。
レイラにしてみれば、今日は間違いなくアントンとの関係が一歩進んだ日なのだ。
だというのに、蓋を開けてみれば嫌われるようなことしかしていない、というのは――。
「アタシとしては、っすけど」
「あ、ああ……」
「嫌われてはないと思うっすよ」
「本当か!」
「近いっす近いっす! 締まるっす!」
「あ、悪い」
思わず、テレジアの襟首を掴んでしまった。
確実に嫌われた、とばかり思っていたのに、まさかの逆。
けほけほっ、と咳をしながらテレジアが涙目で続ける。
「あー、痛いっす……まぁ、あれっす。帰り際に、ちゃんと誘われたっす」
「あ、ああ……そうだな」
確かに、言われた。
帰り際に、今度こそは僕に払わせてください、とそう言ってきた。
次の約束がちゃんとできた、とはしゃいでいたのだけれど。
「嫌いな相手なら、誘いはしないっす。だから多分、嫌われてはないっす」
「よ、良かった……」
「まぁ社交辞令かもしれないっすけど」
「てめぇ!」
「痛いっす痛いっす!」
上げて落とすテレジアの首を、そう思わず締めてしまう。
つまり結局、レイラはどっちなのだ。嫌われているのか、そうではないのか。
現状、好かれているとは全く思えないので、その二択である。
「げほげほ……まぁ、次のアントンさんが来たときに、向こうから誘ってもらえたら、多分嫌われてないっす」
「ほ、本当か……?」
「そうっす。でも、今回はアタシの落ち度っす。ちゃんとレイラさんがまともにアントンさんと恋愛をすることができるように、持ってけなかったアタシが悪いっす」
「いや、別に……」
「アタシがアントンさんを、レイラさんに惚れさせてみせる、って言ったっす。テレジアは有言実行っす」
腕を組みながら、自信満々にそう告げるテレジア。
確かに、今回はレイラがほんの少し先走ってしまった部分はある。それがテレジアにしてみれば計算違い、ということなのだろう。
そしてアントンとの諸々を経て、テレジアの評価は少し変わった。少なくとも、恋愛方面では信じてみてもいいかもしれない。
ならば、次は何をするべきなのか。
「で、次っす、レイラさん」
「次、か……?」
「そうっす。きっちり、アントンさんの好感度を上げるためにも頑張るっす。アタシも、そのための方法を考えるっす」
「あ、ああ……どうすればいいんだ?」
「そうっすね……」
テレジアが顎に手をやり、少しだけ斜め上を見てから、手を叩いた。
いい考えが思いついた、とばかりに。
「レイラさん」
「う、うん……」
「次の機会は、女子力を見せつけるっす」
「へ……?」
女子力。
そんな謎の言葉をテレジアが発して、レイラは首を傾げる。
女子力。つまり女子の力。
つまり、レイラの力。
戦場で暴れまわる力、ということか。
「なるほど、そういうことか」
「そういうことっす」
レイラはそう頷き。
そしてテレジアも頷く。
つまり。
敵将首を取れ、ということか――。
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