第12話 ディナー終了
コースの料理は結局、最後のデザートを終えるまで味がよく分からなかった。
とりあえず全体的に薄い、とは感じたが、こんなものなのかもしれない。少なくとも、レイラが普段食べているものの方が味が濃いということだろう。
そのあたりの文句は、別段言わない。そもそも外で食事をしないため、こんなものなのだろう、と考えることにする。
しかし、アントンはどうやら満足してくれたようだ。
「いや、美味しかったですね、レイラさん」
「そ、そうだな。ま、満足してくれたか?」
「ええ。良いお店を知っているんですね」
「ま、まぁな!」
口元をナプキンで拭きながら、そう言ってくれるアントン。
そしてレイラにしてみれば、そのようにアントンと二人で食事ができた、というだけで大事件なのだ。それだけで満足するものであるため、食事が薄い、という文句も忘れてしまうほどである。
こんな時間がずっと続けばいいのに、と思えるほど。
「……」
「……」
だが。
食事を終えた二人には、やっぱり会話はない。
料理がある間は、「これは何の肉だろう」とか「美味しい」とか色々言うことはあったのだけれど、もう会話の種になるようなものが何もないのだ。
どうしよう、どうしよう、と心ばかり焦るけれど、何も言えない。
自然、酒を飲むだけである。かといって、あまり飲みすぎてもいけない、と必死に自分を抑えながらだ。
「さて……では、そろそろ出ましょうか」
「んっ! あ、ああ! そうだな!」
アントンが席を立ち、同じくレイラも立ち上がる。
もう少し喋るようなことがあれば、もっともっと一緒にいれるのに。こんなときだけは、話題の少ない自分を恨みたくなる。
次の機会までに、ちゃんと色々と話題を仕入れておかないと。こう、テレジアの変な行動とか、テレジアの妙なミスとか、テレジアの最近の趣味とか……テレジアのことしかないことに、愕然とした。そもそも将軍であるけれど、銀狼騎士団の面々とはテレジアくらいしかまともな付き合いがないのである。
あとはアントンが担当をしている物資とかそういった関係の話しかないのだけれど、さすがにこのような私的な場で、仕事の話を持ち出すほどにレイラは常識知らずではない。
どんな話題があれば、と必死に頭を働かせながら、アントンと共に会計所へ向かう。
「ありがとうございます。お会計はこちらでございます」
「あ、ああ……」
とりあえず働かない頭でそう生返事を返しつつ、紙に書かれた値段を見る。
高い。
べらぼうに高い。
何故あれほど薄い味の料理で、これほどの額を取られるのだ、と思うほどだ。高いけど美味しい、という情報のうち、片方だけは間違いなく正解している。
「うっ……こ、これ……?」
アントンが何故か、懐に手を入れながら焦っている。
何故それほど焦る必要があるのだろうか、と首を傾げるが、ひとまずレイラは懐から金貨袋を出し、数枚をそこに置いた。
これで丁度のはずだ。
「ありがとうございました」
「ああ……アントン、出るよ」
「え……」
どうすれば話題ができるかなぁ、と考えながら、そのまま店の外へ出る。
こう、身内ネタというわけではなく、万人受けするような話が一番だ。それでいてちゃんと笑えるところがあって、興味を引くような題材でなければならない。そうなれば、何をテーマにすればいいのだろうか。
例えば帝国に対する風刺とか――だが、それはそれでアントンは本来宮廷勤めであるため、やりにくい。
このあたりも、戻ってからテレジアに相談してみるか、と頬を掻く。
「あ、あの、レイラさん!」
「んっ! あ、ああ、どうした?」
「あの、支払いを……」
「ああ、別にいいよ。あたしが誘ったんだし」
「そんなっ!」
元々払うつもりで、報奨金の入った金貨袋は持ってきていたのだ。
だというのに、何故かアントンは悔しそうに、顔を伏せている。
払うのは、不味かったのだろうか。
「くっ……も、申し訳、ありません……」
「へ? な、何がだ?」
「本来、このような場での会計は、男が行うべきなのです……だというのに、レイラさんに、支払わせてしまって……」
「い、いや! いいよいいよ! ほら! あそこ高いだろ!」
「で、でも……」
「あたしが誘ったんだから、いいって!」
物凄く、悔しそうだ。
何をそれほど悔しく思うのか、レイラには全く理解できない。
そもそもアントンは新米の事務官で、レイラは将軍だ。貰っている給金の額は、間違いなくレイラの方が高い。
ならば、多く貰っている方が支払いをするのが合理的だろう。
「分かりました。本当に、申し訳ありません……」
「そんな、気にすることないって!」
「ですが……次の機会は、僕に払わせてください。女性は、エスコートするものですから」
「うっ……!」
そんなアントンの言葉に、どきりと心臓が跳ねる。
戦場では、敵軍から悪魔のような扱いを受けるレイラにとって、そのように女性として扱われるのは物凄く新鮮なのだ。
ばくんばくん、とうるさい心臓の音が聞かれていないだろうか、と不安になってくる。
そして、何より。
次の機会は、とそう言ってくれた。
つまり、次の機会がある、ということなのだから――。
「それでは、僕はこのまま次の街まで行きますね。次はまた、二週間後くらいに来ます」
「あ、ああ! 楽しみにしてるよ!」
「はい。それでは、これで」
テリオンの街の入り口で、そう別れる。
レイラは前線の砦へ。アントンは逆方の帝都へ。
だけれど。
二週間すればまた会える、と思うと、意図せず笑顔が浮かんでしまうのが分かった。
「おう、今戻ったぞ!」
「お帰りなさいっす、レイラさん」
砦の中、将軍の執務室。
そちらで書類仕事を行っていたテレジアが、そう迎えてくれた。
うっきうっきと弾む心のままで、執務室の椅子に座る。次は何を一緒に食べようかな、とか、次はもう少しお洒落して行った方がいいかな、などと心弾ませながら。
そんなレイラに、テレジアが小さく溜息を吐いて。
「アタシ、割と長くレイラさんに従ってますけど、こんなレイラさんを見る日がくるとは思わなかったっす」
「何だよ」
「楽しかったみたいっすね。良かったっす」
「ああ」
素直に、そう答える。
半分以上は無言だった道中も楽しかったし、料理の味は薄かったけれどアントンと一緒だったから楽しかった。
だからこそ、ご機嫌が止まらないのである。
「それで、どうだったんすか?」
「ああ……」
テレジアに、経緯を説明する。
テリオンの街での諍いや、支払いのときのアントンの態度など、全て包み隠さず。
だんだんとテレジアの顔が険しいものになってきて、少しだけ焦ってしまった。
何か、それほどおかしなことをしたのだろうか。
「ええと、それで、そのまま別れて帰ったんだが……」
「ふむふむ、なるほどっす」
テレジアは立ち上がり、大きく溜息を吐いて。
そして、レイラにびしっ、と指先をつきつけた。
「では」
「え……?」
「反省会を始めるっす」
「何で!?」
男性経験が全くなく、これまで男と二人で出かけたことなど皆無のレイラ。
そんなレイラにしてみれば。
今日のアントンとの食事は、大成功だったのだけれど。
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