第11話 二人きりのディナー
「んじゃ、頼むわ」
「いつもご苦労様です! レイラ将軍!」
「ん、任せた」
テリオンの街の警備隊駐屯所。
そこで少々過剰に鎮圧してしまった大男を預けて、レイラは外に出た。
テリオンの街には滅多に来ないレイラではあるけれど、さすがにレイラ・カーリーという将軍について知らない者はそういないため、引き渡そうとした最初はレイラを問い詰めようとする様子が見られたが、身分証を出すと問題なく手続きを済ませてくれた。
まぁ、さすがに返り血が顔についている状態で引き渡したのがまずかったのかもしれない。指摘をされるまで気付かず、結果的に警備隊駐屯所で手拭いを借りて拭いておいた。
そして。
そのまま、外でアントンと合流する。
「あ、ああ、すまないね、アントン」
「いえ、僕は大丈夫ですけど……何も、言われませんでしたか?」
「だ、大丈夫さ! あたしは、こう見えても将軍だからね! 治安維持の手伝い、って言や大抵のことは通るよ!」
「なら、良いのですけど……」
アントンが、そのように眉根を寄せて、心配そうにレイラを見る。
そんな視線にも、どぎまぎとしてしまい、鼓動が跳ねるのが分かった。
「僕のために、あんな無茶はしないでください……」
「べ、別に、あ、あ、アントンのため、って、わけじゃ……」
「そう、ですか……?」
「そ、そうさ! あたしが、個人的にムカついただけだし!」
「……」
「さ、ささっ、メシいこメシ!」
物凄く、本当か、と問いかけるような目で見てくる。
だけれど、レイラは気付かない振りをして目を逸らした。
どう考えてもレイラがぶち切れてしまった理由は、アントンが殴られたからなのだ。それを分かっているからこそ、どうにも肯定し辛い。
どうして、と聞かれても返す言葉がないのだから。
「え、えーと……あっちだ。あっちまっすぐ」
「こちら、ですか?」
「あ、ああ!」
そして。
ちゃんと抜け目なく、警備隊駐屯所で『ヴェルエール』の場所を聞いておいたのだ。警備隊の男は随分戸惑っていたようだが、ちゃんと懇切丁寧に教えてくれた。
ようやく、これで迷子から解消である。
アントンと並んで通りを歩き、やや暗くなったきた中で看板を探す。
既に夜の仕様になり、明かりの灯っている看板もある。そんな中で、ようやく一際目立つ看板を発見した。
スタイリッシュなデザインで、『ヴェルエール』と書かれている硝子製の看板だ。
「よし、ここだな。入るぞ」
「はい……ええと、高そう、ですね……」
「ど、どうなんだろうな……」
一応、懐に報奨金の入った金貨袋は入れてきた。
庶民ならば一年は遊んで暮らせる程度の額は入っているはずだが、これで足りないということはないだろう。
チリンチリン、と鳴るベルのついた扉を開くと共に、黒い燕尾服に身を包んだ男が頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
「あ、ああ……ええと、二人、なんだが……」
「はい。それでは、お席の方にご案内いたします」
「ああ……」
慇懃な態度に少し困惑しながらも、アントンと共に店員の後ろをついて歩く。
幾つかのテーブルはあったが、そのほとんどが空いていた。それほど人気がない店なのか、もしくは高くて入れない店なのかもしれない。一応、騎士団の連中からのお勧めであるため、問題ないと思うのだけれど。
店員の引いた椅子に座り、同じく正面にアントンが座る。
こういう高級な店であるし、正装以外はお断り、と言われるかもしれない、と思ったが杞憂だったらしい。
そもそも、レイラは軍人としての軍服を着用しており、アントンは事務官としての宮廷の正装を着ているため、問題ないのだけれど。服に悩んだのだが、テレジアから「下手に気負っちゃダメっす。普段通りでまずは様子見っす」という助言を受けて、ちょっと髪飾りをつける程度にしておいた。
「本日のご注文は、コースでよろしかったでしょうか?」
「あ、ああ、それで……」
「では、お飲物はコースのお料理に合わせたワインでよろしいですか?」
「え、ええと……あ、アントン、どうする?」
「僕はそれで……レイラさんは、お酒は大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ! 大丈夫!」
「じゃ、同じものを」
「かしこまりました」
店員が礼をして、そのまま去ってゆく。
なんだか流れに乗ってしまい、酒を注文してしまった。レイラの酒癖は他に類を見ないくらいに悪いというのに。
どうしよう、と焦るが、焦ったところで何の意味もない。もう既に注文してしまったし。
そして、店員が去った以上、そこに残るのはレイラとアントンの二人だけである。
どくんどくんと高鳴る鼓動は止まらず、心なしか顔も熱を帯びてきた気がする。
よくよく考えれば、凄いことではないだろうか。こんな風に、男と二人で食事に来ているなんて。それも、高級なコース料理を。
「レイラさんは、こういう店はよく来られるんですか?」
「ふぁっ!? い、いや、あ、あたしは、あんまり……」
「ああ、それなら良かったです」
へ、とレイラが疑問に眉を上げるが、アントンは苦笑した。
そんなレイラの表情が、どうやら面白かったらしい。
「僕はまぁ……こういう店に来るのが初めてでして、テーブルマナーなど、よく分からないんです。レイラさんがよく来られているのなら、そういうことに詳しいのかな、と思いまして」
「い、いい、いや! 全然! 全然分かんないから安心してくれ!」
「ありがとうございます。レイラさんの恥にならないようにしますね」
ああ、もう、と高鳴りすぎる鼓動を抑えるのに必死で、アントンが直視できない。
何というか、後光すら発しているように思えてしまう。絶対に気のせいだけれど。
そして――なんとなく今まで流していたけれど。
「あ、あの、あたしの、こと……」
「はい?」
「ずっと、将軍、だったのに……」
先程から、ずっと「レイラさん」とそう呼んでくれるのだ。
なんだか、自分が軍人ではなく、一人の女性として扱われているみたいで物凄く嬉しい。
「あ、ええと……駄目でしたか?」
「い、いや! 駄目ってことはないんだ!」
「僕のこともアントンと呼んでくれていますし、僕からも親愛を示そうかと思いまして……」
「う、うん! いいな! 親愛な! 親愛!」
もう自分が何に頷いているのかよく分からなくなってきたけれど、とりあえずそう呼ばれるのが嬉しいので、何も言わない。
むしろ、もう「レイラ」と呼んでくれてもいいのだけれど。
さすがに、それは望みすぎ、ということだろう。
「お待たせいたしました、まずは前菜の盛り合わせになります」
「あ、ああ! さ、食べよう!」
「はい」
店員が、持ってきた皿をレイラとアントンの前に置く。
その皿の上に乗っているのは、なんだかよく分からない小さいものが四つだった。それぞれ種類が違うけれど、一体どれが何なのかさっぱり理解できない。
なんだこれ、と眉根を寄せながら、一つフォークで刺して食べてみる。
味わってみても、よく分からない。
というか、薄い。
軍の食事というのは、基本的に汗をかく連中ばかりであるため、かなり味付けが濃いのだ。それに慣れてしまっているレイラの舌には、その味わいがいまいち感じられなかった。
「美味しいですね、レイラさん」
「んっ……あ、ああ、そ、そうだな……」
でも、どうやらアントンは満足してくれているようだ。
そんな些細な味の違いなんてさっぱり分からないけれど、とりあえずアントンが喜んでくれるならそれでいいか、と続けてレイラはもう一つをフォークに刺し、口に運ぶ。
やっぱり、味がいまいち分からなかった。
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