第6話 テレジアさんの恋愛講座
「さて、では始めるっす」
何故かそのように、テレジアによる『いかにして振る舞えばアントンを惚れさせることができるか』講座が始まった。始まってしまった。どうしてこうなった。
不安しかないし物凄く斜め上の行動をさせられるんじゃないか、とつい勘ぐってしまう。
だが、テレジアはこれでも結婚をしている。確か十六の頃に結婚をして、その後二年ほど出産と育児のために除隊し、十八で復帰してそれから副官まで昇進したのだ。
つまり、恋愛経験という面では、何の経験もないレイラに比べれば遥かに高い。
少しは信じてみてもいいかもしれない。
「まず……レイラさんはアントンさんのことが好きなんすね?」
「――っ! そ、そんな……!」
「ああ、もう大丈夫っす。その反応だけで十分っす」
「な、何でだっ!」
「自分の真っ赤な顔を鏡で見れば分かるっすよ」
呆れたようにそう言ってくるテレジアに、何も抵抗できずレイラは俯く。
それほどまでに、レイラは分かりやすいのだろうか。そんなに分かりやすいのならば、何もしなくてもアントンの方から察してくれればいいのに、と思わないでもない。
はぁ、と小さく溜息を吐いて、テレジアが腕組みをする。
「少なくとも今言えることとしてはっすねー」
「あ、ああ……」
「アントンさんは多分、レイラさんに嫌われていると思っているはずっす」
「……だろう、な」
そうだと思う。そうとしか思われない対応をしていたはずだ。
もしかすると、怖がられているんじゃないか、とさえ思ってしまう。
どうしてあんな対応をしてしまったのだろう、と思いながらも、多分今また会ったら同じ対応をする未来しか見えない。
「ただアタシとしては、脈はあると思うんすよねー」
「そうなのか!?」
「近いっす近いっす。首が締まるっす!」
「ああ、すまん」
思わずそう、テレジアの襟首を掴んでしまった。
このように直情的に動いてしまうから、物事が上手く運んでくれないのだろう。戦場なら、思うままに駆けているだけでいいというのに。
テレジアはそんな、レイラが掴んだがために乱れた襟首を直しつつ。
「ええとっすね……昨日の夜に、アントンさんは一旦帝都に戻ったんすね」
「うん」
「そのときに、今後ともよろしくお願いします、とレイラ将軍にもお伝えください、と言われたっす」
「あ、ああ……」
「まぁアタシ、そんときはレイラさんがそんな風に思ってるとか全然思ってなかったっす。だから、多分レイラさんってアントンさんのこと嫌いなのかなー、って思ってたっす」
「何でだよっ!?」
「自分のやったこと考えたら分かるっすよね!?」
テレジアのそんな言葉に、目を逸らす。
レイラのやったこと。
出会った初日に思い切り(ちゃんと手加減はしたけれど)腹をぶん殴り。
担当として騎士団にやって来たら子供扱いされたことに怒りを示し。
砦の中を案内してやったはずが終始無言で教わらずに覚えろと言ったり。
……好かれる要素などどこにもない。
むしろ、嫌いだと思われて当然である。
「んで、言っちゃったっす」
「何をだ」
「レイラ将軍が怖いんだったらアタシが窓口になりますんで、アタシに仕事の話は全部持ってきてくれていいっすよー、って」
「てめぇ!」
「だって知らなかったっすもん! 痛いっす締まるっす!」
襟首を掴んでぶんぶん振り回す。
人間離れしたレイラの膂力に振り回されたテレジアは、青い顔をしながらげほげほと咳をしていた。とはいえ、テレジアにしてみればこのようにスキンシップ(雑)を受けるのはいつものことであるため、慣れたものであったりする。
「まぁ……アレっす。でも、アントンさん、真面目な人っす。そういうわけにはいきません、って断ったっす。ちゃんと将軍に伝えなければいけない案件もあるし、将軍の承認が必要な書類も多くありますから、レイラ将軍には必ずお目通りします、って」
「よしっ!」
「でもアタシ言ったっす」
「今度は何だ」
「大丈夫っすよー。レイラさんは基本的に書類見ないんで、アタシに全部回してくれればいいっすよー、って」
「この野郎!」
「だから知らなかったっすもんー! 事実じゃないっすかー!」
「うっ……!」
殴ろうと拳を振り上げて、テレジアの言葉に黙り込む。
確かに事実である。レイラは全く書類の確認をしないし、しても先程のように斜め読みだ。むしろこのように、全て任せっきりにしているテレジアが何故怒らないのか疑問に思うほどである。
だが、アントンは事務官だ。
物資の調達などを担当してくれている以上、それは間違いない書類仕事である。そして、騎士団担当の事務官と将軍の接点など、確認の書類を交わすくらいのものである。
つまり、その書類仕事全てがテレジアのもとに行っては、アントンとレイラの接点などなくなってしまうのだ。
「あと、それも問題っす」
「な、何がだ……?」
「アントンさんは事務官っす。戦場からは程遠い人っす。そんな人が、目の前で人が殴られていたらどう思うっすか」
「……」
目を逸らす。
どう思うか、など分かりきったものだ。暴力的な女だ、と思うに決まっている。
そして一般的な男の好みを考えれば、戦場で暴れるような暴力的な女よりも、常に男を立てて影に徹するような良妻である方が魅力的であるのは間違いない。
アントンがどういう女を好むのか、というのは分からないけれど、レイラという女に魅力を感じてくれるとは思えないのだ。
「でも……じゃあ、どうすりゃいいのさ……」
「言ったっすよ。アタシは、脈はあると思うっす」
「今までの話聞いて、どこに脈があんだよ……」
「アントンさん、去り際に言ってたっすよ。どうすればレイラさんに嫌われないようになるでしょうか、って。むしろ、アントンさんの方が責任を感じてるみたいだったんすよ。子供と間違えるなんて失礼なことをしてしまったから、どうにかしてお詫びをしないと、って」
「そ、そうなのか……?」
「だからまぁ、そのあたりを攻めていけばなんとかなると思うんすよね」
うーん、とテレジアが腕を組み、考える。
どのあたりを攻めるのかレイラにはさっぱり分からないけれど、テレジアなりに何かあるのかもしれない。未だかつて、これほどまでにテレジアを頼りにすることなどなかった。
恋愛ごとに関しては完全に初心者である以上、既に結婚もしており子供も産んでいるテレジアの言葉を、信じてもいいかもしれない。
「と、とりあえず、あたしはどうすりゃいいんだ?」
「そうっすねー……まぁアタシなら、失礼なことを言ったお詫びに、食事にでも連れてけ、って言うところっすかね。それで食事なりして、話をして、向こうの求めてるところを探る、ってとこっすけど」
「そうか!」
なるほど、とレイラは頷く。
殴ったとか新兵訓練のように命令をしたことはさて置いて、最初に子供扱いをしてきたのはアントンなのだ。そう考えれば、そのあたりの失礼をちゃんと償わせる必要があるだろう。
そして、その償いが二人きりで出かけること、となればそこに接点ができる。
完璧すぎるテレジアの計画に、レイラは体の震えが止まらなかった。
「よし、それでいこう!」
「……決断早すぎません?」
「いや、完璧だ! それで二人で食事とか行けば……いや、待てよ。テレジア、あいつ、給金はそれなりに貰ってんのか?」
「まだ新米の事務官ですから、安いと思うっす」
「んじゃ、あたしが奢ってやればいいんだな。償いに食事に連れてけって言って、でも金のこと言われたら、ちゃんとあたしが払う、って言えばいいんだ。完璧じゃないか!」
「……ええと?」
テレジアが不思議そうに首を傾げるのを無視して、レイラは執務机の中を確認する。
そこには、先日敵将首を挙げたことに対する報奨金が、全く使われずに入っていた。それなりの金額はあるため、ちょっと高い食事に行っても問題ないだろう。
よし、とレイラは気合を入れて。
「よっしゃーっ! 待ってろよアントンーっ!」
「……それ、アントンさん何の償いにもなってないっすけど」
どんな服を着ていこうか、どんな装飾品をつけていこうか、と心弾ませたレイラの耳には。
そんな、ひどく真っ当なテレジアの呟きが聞こえなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます