第2話 思わぬ再会
「あ、久しぶりっすー、アントンさん」
「いや、良かったです、テレジアさん。やっと顔見知りに会えました」
「何か用事っすか?」
「……」
普段は宮廷に勤めている、事務官のアントン。
それが何故、このような最前線の砦まで来ているのか全く理解できず、レイラはただ混乱することしかできなかった。
宮廷になど用事はないし、もう二度と会わないだろう、と勝手に思っていた相手。
そして、帝都から戦場へ戻るまでレイラの心をずっと占めていた相手と――まさかここで出会うなんて。
あまりの事態に、押し黙ることしかできない。
「いや、実を言いますと、今日付けで銀狼騎士団の物資などの手配を行う担当になりまして」
「そうなんすか? ゴンザさんはどうしたんす?」
「ゴンザさんが出世をしたんですよ。今度から事務長官になりましたんで、次の担当を私に、と」
「それはいい知らせっすねー。今度なんか奢ってもらうことにするっす」
「銀狼騎士団のおかげだ、と言っていましたよ。名高いレイラ・カーリー将軍の活躍あってのことでしょうけど、銀狼騎士団を担当していたゴンザさんも少なくない貢献をした、ということで評価されたんです」
「それは尚更奢ってもらう必要があるっすねー」
にししっ、とテレジアが笑う。
これまで銀狼騎士団に物資や糧食などを手配してくれていた、事務官のゴンザ。おどおどした大男、としか思っていなかったが、どうやらそのように評価されていたらしい。別段彼が銀狼騎士団に貢献したというわけではなく、テレジアの指示した物資や糧食の手配を行っていただけだというのに。
だが、そんなことはどうでもいい。
問題は、アントンが新たに銀狼騎士団の担当になった、という事実だ。
どうしてそうなった。
「ゴンザさんにも言われましたよ。銀狼騎士団を担当していれば、それだけで評価が上がる、って。将来的には宮中侯である父の立場を継ぐ必要がありますので、今のうちに功績を重ねる機会を僕に与えてくれたんです」
「なるほどー。まぁ、アタシはやりやすいんで良かったっすよ」
「ありがとうございます。新人で苦労をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「今日はゴンザさんは来てないんすか?」
「引き継ぎが多いらしくて、ご一緒できなかったんですよ。詳しくはテレジアさんやレイラ将軍に聞けばどうにかなるから、ということで僕一人で参りました」
「……」
そして、そのように盛り上がるアントンとテレジアの横で、レイラは固まっていることしかできない。
何を話せばいいというのか。とりあえず自己紹介からだろうか。円滑な人間関係は自己紹介と握手から始まるものだ、と誰かに教わった気がする。だがレイラの握力で握りつぶしてしまわないだろうか、と不安になってきた。
自己紹介をしようにも、何を言うべきなのだろう。
趣味とか必要なのだろうか。
趣味……趣味……。
己の脳内を検索してみるが、戦争とか喧嘩とか殺戮とか殲滅とか物騒な言葉しか出てこない。
「ええと、この前は、ぶつかってすみませんでした」
「……」
「へ? 何かあったんすか?」
「いえ。先日、宮廷を訪ねて来られていたんですよ。それで、ちょっと急いでいてぶつかってしまいまして……あのときはすみません」
「……」
そのように、律儀にレイラへと頭を下げてくるアントン。
一体どのように反応すればいいのか分からず、黙って睨みつけることしかできない。この場合はこちらこそ申し訳ない、などと言うべきなのだろうか。それとも腹殴ってすみません、と言うべきなのだろうか。
だが決してレイラは悪いことをしたわけではない。むしろ、子供と間違えたアントンを注意したのだ。かなり暴力的だが注意したのだ。
そんなレイラに向けて、アントンはにこり、と微笑む。
「あのときは気付かなかったんですけど、テレジアさんの娘さんだったんですね」
「……………………え?」
「確か、ティファニーちゃんでしたっけ? 十歳にしては、随分しっかりされていますね。僕も早く家庭を持ちたいものですよ」
「……………………あの、アントンさん?」
「どうかされましたか?」
ぞわり、と沸き立つレイラの怒りを感じたのか、テレジアが一歩レイラから離れる。
子供に間違われることは慣れている。よく間違われることも自覚している。
そしてそのように間違われたのは、きっとレイラが今まで何も一言も言葉を発しなかったからだ。それは理解できる。
だが。
少なくとも銀狼騎士団という一つの組織を担当する、という状態で、その将軍を知らないというのはどういうつもりか。
つまりアントンが悪い。
レイラは決して悪くない。
色々と突っ込みどころのある論理的思考を経て、ぐっと拳を握りしめて弓引く。
「ちょ、ちょ、待つっす! 待つっすーっ!」
「離せ、テレジア」
「アントンさん! 謝るっす! アタシの娘じゃないっす! 違うっす!」
「へ?」
きょとん、とテレジアの言葉に首を傾げるアントン。
そして、テレジアがどれほど止めようとも、レイラの膂力はその程度で止まりなどしない。
恐らく銀狼騎士団の幹部全員でも止められない、圧倒的な膂力でテレジアを引きずりながら。
テレジアが、叫ぶ。
「この人はレイラ・カーリー将軍っす! 『銀狼将』っす!」
「えぇっ!?」
そんな素っ頓狂な驚きの声と共に、アントンは目を見開き、そしてレイラを見た。
目が合う。
それだけで、ぼっ、と火が出たように頬が熱くなった。
「逃げるっす! 逃げるっすアントンさん!」
「ご、ごめんなさいっ! あ、あ、あなたがっ、レイラ将軍っ!?」
「…………ああ、そうだ」
頂点まで達した怒りが、行き場を失う。
じっと目を見て、そして名を呼ばれたというその事実に、鼓動が高鳴ってくる。ばくんばくんとうるさいほど響くそれを、止めたくてたまらない。でも止めたらレイラは多分死ぬ。
直後――アントンが、思い切り頭を下げた。
「申し訳ありませんっ! レイラ・カーリー将軍だとは全く知らず! 失礼な真似をしてしまいました!」
「……」
「もっとしっかり謝るっす! レイラ将軍はお怒りっす!」
テレジアががっしりとレイラを止めながら、そう叫ぶ。
怒りの行き場を失ったために、なんとなくそのまま力を入れ続けてはいるが、それでもテレジアに止められる程度だ。恐らくレイラが本気ならば、テレジアごと殴りつけることができるだろう。
だが、殴れない。
その顔を見て、その表情を見て、その声を聞いて。
殴れる、はずがない。
「え、ええと……あ、あの、ひ、膝をついた方が、いいでしょうか……!」
「…………い、いや」
「ちゃんと土下座するっす! レイラ将軍は一度怒ったら国が滅ぶまで暴れ回るっす!」
何気に失礼なことを言っているテレジアの言葉に従い、アントンが膝をつこうとする。
だが、そのような行動などレイラは求めていない。
思わず焦って、テレジアを引き離して立たせようとして。
テレジアが、思い切り叫ぶのが分かった。
「しっかり謝るっすーっ! アントンさんの目の前にいるのは、『殺戮幼女』っすー!」
「……」
とりあえず。
行き場のない怒りの拳は、そう失礼なことを叫んだテレジアの
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