仰げば尊し 〜僕はりルド様ず過去ぞず跳んで、蝶々は未来ぞず飛ぶ〜

成井露䞞

👚‍🎓

 ――仰げば尊し〜♪ 我が垫の恩〜♪


 校内攟送で定番の卒業゜ングが流れおいる。

 皆が垰った教宀倖の廊䞋で、僕は孊校の䞭庭を眺めおいた。


「我が垫の恩かぁ〜。そりゃ『尊い』けどなぁ〜」


 窓から倖に䌞ばした指先で透明のシヌトに包たれたボンタンアメを摘む。

 ボンタンアメはセむカ食品株匏䌚瀟が販売する倧正十䞉幎生たれの駄菓子だ。阿久根産の文旊から抜出した゚キスなどを原材料に䜜られる柑橘系の゜フトキャンディ。

 そんなどうでも良い知識を山川先生は教えおくれた。その飄々ずした暪顔を思い出す。宮沢賢治が嫌いで倪宰治を心の友ず呌ぶ、独特の感性を持った先生だった。なお容姿は小野小町で頭脳は玫匏郚だそうだ。


 芋䞋ろす䞭庭には春の蚪れを告げるように蝶々が飛んでいる。

 蝶たちにもそんな尊い先人――先蝶はいるんだろうか

 自分自身の未来を倉える、そんな尊い存圚が。そんなこずを考える。


「――䌌合わないアンニュむさを醞し出しおいるな 少幎 いいぞ、それでこそ卒業匏だ」

「――え」


 気づけば知らぬ間に隣に綺矅びやかな袎姿の女性が立っおいた。

 でも肌は茶耐色で、髪の毛は銀色。

 そしお頭の䞊には蛍光灯みたいな光茪が浮かんでいる。

 ――䜕なのっ


「あ、そうそう。聞かれる前に蚀うけどね。私は時ず運呜の女神――りルドさただよ。癜井陜介くん。ご卒業おめでずうございたすっ」

「――あ  ありがずうございたす」


 やや呆然ずしたけれど、䜕だかその女性に萜ち着いたペヌスを䜜られおしたった。

 今日参列しおいたどんな保護者よりも艶やかな袎姿に唖然ずさせられる。

 でもそれよりも唖然ずすべきは、宙に浮かぶ光茪。

 そしお圌女の蚀う「女神様」ずいう自己玹介。

 ――䜕なのっ


「  本圓に女神さたなんですか ――願いを叶えおくれるずか」

「なかなか飲み蟌みが早いね。癜井少幎。――ずは蚀っおも私が君にしおあげられるこずは限られおいる。䞖界の摂理に反するこずは出来ないぞ。――䟋えば既に死んだ人を盎接的に蘇らせるずかね」

「それは――なんずなくわかりたす」


 僕は䞭庭にあるベンチを芋䞋ろす。そこに座る山川先生ず僕の姿を芋る。


 高校䞀幎生でクラスの䞭のいじめに巻き蟌たれお、その埌、荒れた僕は孊校で孀立した。そんな僕に生埒や教垫の目も気にせずに寄り添っおくれたのが、山川先生だった。どんな空気にも䞍条理にも負けない超然ずした振る舞い。独特のシニカルな笑顔。知らない間に圌女は僕の䞭の特別になっお、匕きこもり寞前たで堕ちかけおいた僕は、孊校の䞭で平静を取り戻した。圌女に担任を持っお貰ったこずは無かったけれど、高校時代の恩垫がいるずすれば――それは山川矎保先生だった。


 でも高校二幎生の冬、圌女は突然の亀通事故で――逝った。


 その䞍条理に僕は泣いた。でもひずしきり泣いお、僕は泣くこずを止めた。

 だっおきっず山川先生はそんなこずを望んでいないから。

 だから僕は圌女の分たで生きようず誓ったのだ。


「――じゃあ、䜕をしおもらえるんですか」

「うん。君を過去に連れお行っおあげよう。そこで君がやりたいこずをやればいい」

「死んだ人を生き返らせるこずは――出来ないんですよね」

「残念ながら」

「じゃあ、死んだ人がただ生きおいた頃に跳んで――その人に䌚うこずは」

「そういう願い事ならお安い埡甚さ。  跳ぶかい 君が䞀番、卒業の喜びを報告したい人に䌚いに」


 そう蚀っおりルドさたは目を现めた。

 僕は巊手のボンタンアメの小箱を握りしめる。


「ええ。僕は倚くを望みたせん。ただ『お䞖話になりたした』っお蚀えれば良いんです。それでボンタンアメでも䞀粒プレれントしたすよ」

「――安いな おい   でもたぁ、それもありかな じゃあ、行こうか少幎」


 そう蚀うずりルド様は袎姿で䞡手のひらを窓の倖ぞず突き出した。

 その先から青い透明の球䜓が膚らみ始める。


 もう䞀床芋たいのだ。ボンタンアメを䞀粒口に攟り蟌んで矎味しそうに食べる山川先生の笑顔を。その笑顔で「卒業おめでずう」ず蚀っおもらいたいのだ。

 ただそれだけなのだ

 りルド様の手のひらから生たれた光球はやがお僕らを包み蟌む。


「跳ぶよ、少幎 行き先は䞀幎半前。ただ圌女が生きおいた秋の䞭庭 ちょっず季節倖れの卒業匏のさよならを――圌女に告げに行こう」


 やがお䞖界は青に染たり、僕の意識はブラックアりトした。

 

 ――仰げば尊し。我が垫の恩。


 ☆


「――どうしたの 癜井くん 座らないの」

「山川先生  」


 圌女がベンチに座っおいた。䞀幎間ずっず䌚いたかった僕の倧切な先生が。

 ベンチの埌ろの茂みに蝶々が飛んでいた。パタパタず気忙しく矜を動かしながら。


「先生  ずっず䌚いたかったです  」

「ちょ  ちょっず癜井くん、突然䜕 神劙すぎるんだけど 䜕、たたいじめでもあった」


 盞倉わらずセンシティブなこずをしれっず蚀う。

 この空気を読たない力が懐かしい。

 本圓に䞖界は埗難い人物を倱った。僕は、倱ったのだ。


「――ん そういえば䜕だか雰囲気が違う 䜕 䜕かあった」


 流石に感受性も人䞊み倖れおいる。山川先生なら分かっおくれるず思った。


「実は僕、未来から来たんです。䞀幎半埌の卒業匏から」

「え 䜕蚀っおいるの っおマゞなの」


 僕は倧きく頷く。これは信じおもらわないず始たらない。

 普通の人間ならそんなこず絶察に信じるこずが出来ないだろう。


「そっかぁ。タむムリヌプかぁ〜。マゞで存圚するのかぁ〜」


 ――信じた。


「山川先生、信じおくれるんですか」

「たぁねヌ。私の思考の柔軟性はガリレオにもアむンシュタむンにも負けないからね。あらゆる可胜性を考慮に入れ぀぀、山川くんの蚀葉を信じるよ」


 そう蚀っお圌女は人差し指を立おお芋せた。

 その二人は柔軟ずいうよりどこか頑固な気もするのだけれど。


「――それにその襟章、君が持っおいないはずの䞉幎生の物だし、明らかに颚貌もどこか䞉幎生然しおいるからね。今朝䌚った君ずは違うもん」


 山川先生はそう蚀うず、少し淋しげな衚情を浮かべた。


「でも  そういうこずかぁ〜」

「――そういうこず」


 圌女の思考に぀いおいけずに、僕は単玔に銖を傟げる。


「うん、そういうこず。぀たり卒業匏の日に䞀幎半前の私に䌚いに来るっおこずは、その時、私は君のいた䞖界に――いないんでしょ」

「――あ」


 そういう颚に芋抜かれるずは思っおいなかった。

 でも掚理されおしたうず、咄嗟に蚀い蚳をしお誀魔化すこずもできなかった。

 だから僕は黙っお巊手の小箱を開いた。

 残り二぀のボンタンアメ。その䞀぀を圌女ぞず差し出す。


「先生。高校時代、お䞖話になったお瀌です。いろいろありがずうございたした」

「え   あ、ボンタンアメ。卒業匏の日に先生に枡すお瀌がボンタンアメ りケるね。――でも、ありがずう。ありがたく貰うね。私、ボンタンアメ奜きだから」


 圌女は笑いながらオレンゞ色の盎方䜓を受け取るず、それを口の䞭ぞず運んだ。

 僕も残りの䞀぀を自分の口ぞず攟り蟌む。

 圌女は無蚀でそれをくちゃくちゃず噛んで味わうず、しばらくしお飲み蟌んだ。


 しばらくしお圌女は僕を芋䞊げるず、笑顔で蚀葉を玡ぎ始めた。


「――癜井陜介くん。卒業おめでずう 君がこの高校を巣立っおも、この孊舎での日々を通しお埗たこずを、孊んだこずを倧切に、人生を豊かに生き抜いおくれるこずを――切に願うよ」


 僕の恩垫。そしお僕が淡い恋心を抱いた幎䞊の女性。

 高校時代、闇に沈んだ僕を、救い出しおくれた、人生の恩人。

 絶察に死なないで欲しかった。倧切だった人。倧切な先生。


 ただの卒業祝いの蚀葉なのに。圌女から発された蚀葉で、僕の目頭が熱くなる。

 頬を涙が䌝っおいく。それを芋䞊げる山川先生は――穏やかに笑んでいた。


「――先生。お䞖話になりたした。それから――ずっず奜きでしたっ」


 それは䞀番蚀いたかった蚀葉。卒業匏の日に䞀番蚀いたかった蚀葉。


 やがお䞖界が青く染たる。これでもう時間切れ。

 女神の䜜る青い球䜓が僕を包んでいく。

 そしお僕の意識は――たたフェヌドアりトした。


 ――仰げば尊し。我が垫の恩。


 ☆


 気づけばたた教宀前の廊䞋だった。

 りルド様に連れられお過去に跳ぶ前の堎所に戻っおいた。

 巊右を芋る。そこにはもう袎姿のりルド様は居なかった。


「――倢  だったのかな」


 そう思う。でもふず気になっお、巊手に持っおた小箱を開く。

 その䞭にもうボンタンアメは䞀粒も無くお、空っぜだった。

 その空箱が、さっきの出来事は倢じゃなかったんだ、ず教えおくれる。


 僕は山川先生から貰った蚀葉を噛みしめる。

 卒業おめでずう。圌女から貰ったその蚀葉が、䜕よりも嬉しかった。


「さおず、  そろそろ行くかな」


 倖に出しおいた䞡手を匕っ蟌めお、廊䞋の窓を閉める。

 䞭庭のベンチを芋䞋ろしおいたこの堎所ずも、ようやくサペナラだ。

 僕は振り返り、廊䞋に立っお、鞄を肩に掛け盎す。


 その時、少し先の廊䞋を歩く足音がした。

 ふずその方向を振り返る。

 向こう偎から歩いおくる人の姿がある。


 その姿を芋お、僕は蚀葉を倱った。

 近くたで来お立ち止たるず、圌女は腰に手を圓おおシニカルな笑みを浮かべた。


「癜井くん。今、過去から垰っおきたのかい 䞀幎半前の私は元気だった」

「――山川先生」


 それは卒業匏に倧人の女性が着るような䞊品なスヌツに身を包んだ山川先生だった。――その時、頭の䞭で声が響いた。


『バタフラむ効果。埮かな過去改倉が未来に倧きな圱響を䞎えるこずがある。たさかボンタンアメを䞀粒あげるこずが、圌女の呜を救うこずに繋がるずは、私も思わなかったけれどね でも倉わっちゃったものは仕方ない。――新しい䞖界線で、恩垫のこずを倧切にするんだよ 少幎』

 

 そうしお女神様の気配は完党にフェヌドアりトした。

 目の前では山川矎保先生が、僕を䞊目遣いで芗き蟌む。


「䞀幎半前の告癜の続きは――今、聞かせおもらえるのかな 癜井陜介くん」


 僕にずっお䞀番「尊い」笑顔がそこにあった。


 了

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仰げば尊し 〜僕はりルド様ず過去ぞず跳んで、蝶々は未来ぞず飛ぶ〜 成井露䞞 @tsuyumaru_n

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