第5話 前夜の出会い
黒原と話してから約1ヶ月。
三月末日。つまり、その日が来た。
荷物はまとめた。
偉そうに言うほど、そもそも荷物は多くないが。
向う先はN-TOLが開発下人工海上都市、NE-WS。
そこに件の装置がある。
ニュースのコメントで叩いていたヤツらがこれを知ったらどう思うのだろう?
装置というかゲームの名はアザ-ワールディパーク。
話題の人工都市にオープン前に入れるとか、喜ぶ人は喜ぶんだろう。
正直俺はその辺あんまり興味ないけれど。
嫁も子供もいない一人暮らしの身の上。
会社員の頃は休日はお家でグダグダのダラダラで生きてきた。
夢の国が広がるテーマパークも、子供の頃に親に連れて行かれて以来行ったことがない。一度位女の子と手を繋いで歩いてみたかったな……
それはともかく、テーマパークに興味はないがゲームには興味があるから、それなりに楽しみではあるのだが、うん、遠くね?
明日N-TOLに島までは1日かけて電車に揺られ、バスに揺られ、船に揺られて、バンに揺られるらしい。
車はN-TOLの会社の駐車場を使わせてくれるということで、金銭的にはありがたい。
有給を貰え、それを利用すれば交通費は無料で本土に返してくれるそうなので、車を売ろうかどうか迷っていたが、残すことにした。
税金は辛いけど、車がないといざと言うとき実家に帰るとき困るし。
そんなわけで車でN-TOLに行かなきゃいけないが、集合時間は朝早い。
てことでネットで予約した、N-TOLの近場の安いビジネスホテルにこれから向うわけだ。
宿泊費は自費だ。痛いが安い投資だと思おう。
◇◆◇◆◇
ホテルに着いてすぐにやることがあるわけじゃない。
明日に備えてなるべく早く休むべきだが、眠らなきゃと思うと人間寝れなかったりするわけで。
節約のために控えていた酒も、収入の見込みがあるのだ、今日は飲んでしまおう。
そう思いながらホテルの一階のレストランに下りていく。
まだ夕方の早い時間、空いたカウンター席でビールと適当につまみを頼み、ほっと一息。久々の酒、うめえ~。
仕事は辛いのが普通と思っている俺にとって、明日からの仕事が若干ながら楽しみってのは、新鮮な気持ちというか、フワフワして落ち着かない。
とはいえ結局は仕事だ。遊んでお金が貰えるほど社会は甘くない。
現場に行ったら思って居たのと違った何て事態に今から心を備えておこう。
気持ちを落ち着けるため、何故か自分を絶望させようと心の中で諫める言葉を並べながら、黒原に渡された資料を開く。
資料には業務規約とアザーワールディパークのざっくりとした内容がCGフォトと一緒に書かれている。
「本当にRPGだな」
レベルやHPなどお決まりのワードが並ぶステータス。
アバターは自分でカスタムが出来、当日までにある程度どのようなアバターにするかイメージしておいて欲しいと言われている。
「おもくそ美形にしよう」
折角の仮想世界だ。
厨二と笑われてもいい。
なりたい自分になろう。
若い頃患い、年をとると恥ずかしくなるあの病気は、更に年をとるとネタに出来るのだから人間てのは不思議だ。
桃色がかった銀髪、褐色の肌、赤い目。
モデルの様な八頭身。引き締まり均整のとれた肉体。少しつり上がったぱっちりとした目。もちろんイケメンな顔には皺一つない。
イメージはばっちりだ。
勿論今の俺に共通する所は何もない……泣いていいだろうか?
楽しい妄想をしていたはずなのに、いつの間にか、ある意味狙い通りに沈んだ気持ちで資料を片手に俯いていると、突然声をかけられた。
「あの、スイマセン」
「え? あ、はい」
声をかけてきたのは絶世の美女……ってのがラノベなんかじゃお決まりだけど、俺と見た目同世代のオッサン。
少し白髪交じりの苦労がにじみ出た彫りの深い顔は、昔はイケメンだったのかもしれないと思う程度に整っている。
年のせいで若干皮膚が垂れた今の顔はなんともいえないが。
「もしかして、N-TOLの?」
アザ-ワールディパークのことは外でむやみに話すべからず。
まだ公表していない機密事項満載だから。
それが頭にあったから、俺も男の言うことを察した。
「ええ」
「あ、やっぱり。実は俺もなんですよ」
「あ、そうなんですか」
「はい。あ、俺
「あ、どうも。
えと、俺は大野祖っていいます。大野祖真我観」
こんな偶然が……とは言うまい。
平日のこのビジネスホテルのレストランで、まだ早い時間に酒を飲んでる人なんぞ大分条件限られるし。
「大野祖さんですね。あ、アザ……あっちの職業とか決めました?」
「ええ。一応これがいいかな、ってのは。
説明聞いて考えが変わるかもしれませんが」
「それ、わかりますよ。
システムの概要はわかっても、あんまり細かいこと載ってないんですよね、その資料」
「あくまで従業員ですからね。
そもそも自由に職業を選べるのかなって疑問もありますし」
「あ、そうか……確かに」
築世と名乗った初対面の男は、俺なんかと違いコミュ能力が高いらしい。
人見知りが発動したものの、これから同じ職場で働く人を邪険にするわけにはいくまい。
ちょっと面倒くさいなと思いつつ、築世さんが華咲かせようと頑張る話に返事を返す。
俺達の話は横で聞いていても、いいオッサンがゲームの話で盛り上がっているようにしか聞こえないだろう。
アザ-ワールディパークとか五感体感型とか、なんとなくキーとなる言葉を避けながら会話を続けていると、レストランはそれなりに人で埋まっていた。
「あ、もうこんな時間か……」
「明日早いですからね。
お開きにしましょうか」
「そうですね。
明日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
いい感じで酔いも周り、目の辺りがむずむずする。
築世さんのことはともかく、目論見通り今日はすぐに眠れそうだ。
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