第4話 脇役としての人生

 物語には主人公ってヤツが大抵いる。

 作られた物語という名の箱庭の中で、常に中心にいる存在。


 現実ではないと知りながら、彼等に誰もが憧れを抱くのは、誰しもがどこかでこの世界の主人公でありたいと願っているからではないだろうか?


 だが主人公は生憎一人で主人公が出来るわけじゃない。

 主人公を主人公たるには脇役が要るのだから。


 黒原の名刺を弄りながら、そんなことを考える。

 別に哲学に目覚めたわけじゃない。

 黒原が話した内容のせいだ。




◇◆◇◆◇


「五感の全てを繋ぐゲーム……ですか……」

「はい」


 黒原の話は決して難しいものじゃなかった。

 だが、俺の脳みそ……というか精神は黒原の話しに追いつけていなかった。


 人間の五感の全てを繋ぐゲーム。いわゆるフルダイブとかいうやつ。

 ラノベなんかじゃVRMMOのジャンルでお決まりのアレだ。


 「そんなものがあればいいな」と憧れ半分でラノベを楽しんでいた一方で、現実にできるとは全く思っていなかった。

 脳に直接電波を送るとか、技術的に無理だし、出来ても法とかの規制に引っかかりそうだし。

 家にそんな装置置いても電力確保厳しそうだし、つか現実に身体の異変が合ったどうすんの? とか。トイレとか生理現象だってあるわけで。


 それが現実になりました、とか言われたらそら思考も固まるわけで。 


 ラノベと違って実際男が説明したものは、お家でお手軽プレイとはいかないらしいが。


「ゲーム機とテーマパークの特徴を併せ持つ体感型ゲーム。それが“アザ-ワールディパーク”です」


 装置はかなり大がかりなもので、勿論技術的な詳細説明はされなかったが、複雑な機器を取り付けた特殊なフルフェイスのマスクとスーツを着て、円筒形の水槽の中で培養液らしき何かに入ってプレイするらしい。

 液の名前はバイオサステインなんちゃらかんちゃら。

 長くて覚えられる気がしないので、心の中では培養液と呼ぶことに決めた。


 サイバーダイビングスーツと名付けられたマスクとスーツで神経を流れる電流を読み取り、それによってアバターを動かす。

 つまりコントローラーは不要。

 逆にスーツから微弱な電流を流すことで、視覚、聴覚からの情報だけでなく、感触、さらに酸素を送り込むマスクから無害なガスを入れることで匂いや味覚まで再現するという。

 エネルギーも培養液が補給する。因みに長期間プレイに備え、股間にホースが繋がっていて、排泄物はこいつが吸い上げるので問題ないそうだ。


 それだけの装置なので、大規模な場所の確保が必要だし、出来る人数にも限りがある。


「来場した人だけが参加できるゲーム……確かにゲームと言うよりテーマパークですね」

「はい。そして来て頂いた方々には最高の体験をして頂かなくてはなりません」


 説明を受けた後、ようやく再起動を果たして話し始める。


 金を払って入って貰って、雑用クエストこなさせて帰らせましたじゃ、リピーターなんて望めないだろう。

 家庭用ゲームと違って、客は常時このゲームをやれるわけじゃない。

 短期間でイベントをこなそうと思うなら攻略が欲しくなるが、攻略情報を出してしまえばその通り動くだけのお使いゲームになりそうだし。

 そうなるとこのゲームをよく知っているが、全部は知らないプレイヤーが補佐をしてくれる状況ってのがいい塩梅になる。

 

「仕事の内容はゲームプレイと、参加した客のサポート、それとバグや苦情になりそうなところを発見した場合の報告……でしたか?」

「はい。

 といってもAIによる事前確認は実行しているためバグは念のため程度で、苦情や不安になりそうな箇所の報告がメインです。進め方が解らず、街を歩いて終わりました、ではお客様に好評を得ることは難しいですから、親切に造り上げたい一方で、親切すぎても冒険感が出ませんから」


 ゲームはRPGのようになるらしい。

 アザ-ワールディパークの名の通り、異世界を冒険するRPGの様なゲームということだ。


「お客さんにはプレイヤーとして接しろ、とのことでしたが、攻略情報は頂けるので?」

「いえ、あくまで自分たちで進めて頂きます。

 言われた通り動いても楽しくはないでしょう?

 楽しいと思える箇所は? 苦痛に感じる箇所は? そう言ったリサーチが目的ですので」


 ゲームに参加すると必ずいるプレイヤー達。


 例えばあるアイテムを手に入れたとして、どうやって手に入れるのか。

 ゲームをやっていると「あれ、いつコレ手に入れたっけ?」なんて思うアイテムは良くある。知ってるつもりで誤認してたり、時間が経てば忘れたりもする。


「大野祖様以外にもスカウトの声をかけさせて頂いておりまして。予定では第一陣として、百名の方にこの常勤プレイヤーの仕事を受けて頂く予定です」


 欲しい者は手に入れる方法を他のプレイヤーに聞くわけだが、プレイヤー達各々が持っている攻略情報が違う。

 それが丁度良い謎解きとなるし、客によっては「なら自分が見つけてやろうと」攻略魂に火を点け、リピーターになる客も出てくる……のかもしれない。


「勿論、お客様が最優先ではありますが」


 或いは戦闘で助けを求められ、駆け寄って戦闘に参加した客が美味しいところを譲られたとする。礼を言われて賞賛されて。

 まあ、知らずにやられたら、ちょっとした英雄気分になれるわな。


「人数を集めたもう一つの理由として、AIの成長の為に常勤プレイヤーにはゲームの中で、ある程度自然に生活をして頂くという目的もあります」


 ゲームは立ち上がったばかり。NPCのAIもまだまだ未熟らしい。

 多種多様なプレイヤーの仕草なんかも有用なデータだ。

 AIを成長させる為には、実際の人間を参考にさせるのが一番だそうだ。


「つまり、ゲストプレイヤーに気を使いながら基本的にはゲームを楽しみつつ、デバッグしろということですね」

「ええ、仰る通りです」


 そういうことらしい。


 週五日間のログイン。八時間勤務。

 つまり週休二日制。疑わしい程にホワイトだな。

 バグや苦情となる箇所を見つけた場合は、勤務外時間を利用して報告書を書いて欲しいとのことだが、そもそもの業務が遊びみたいなもんだ。悪くない。


 39歳にして、こんな形で異世界転移するとは思わなかった。

 生憎転移者みたいな主人公ではないが。


「仮想世界を脇役として生活する……か」

「お気に障りましたか?」

「いえ……」


 住む場所も失った社会の負け犬。

 年齢も年齢だ。

 本当に主人公になりたいなんて気持ちは、とっくに萎えてる。


「まずは試用期間として一年。お給与は年払いで、500万円をお約束します」


 食事もほぼほぼ必要なく、家賃も要らない場所でこの給与。

 高いと言って良いだろう。


 なにより給与に文句が言える程、今の俺には金がない。

 

 水槽には直立で入る。

 首の痛みもこれなら気にしなくて良い。


「あくまでプレイ内容は自由、ということでいいんですよね?

 パーティーを組むことを強制されるとかは?」

「レイドイベント……チームを組んで挑むイベントなどはありますが、普段は一人でプレイして頂いてもなんら差し支えはありません。

 少なくとも我々から誰かと行動するよう強制することはありません。

 一人でいらっしゃったお客様が楽しめないような内容にするわけにはいきませんから。

 むしろ所謂パーティーを組むプレイヤーからソロプレイヤーまであらゆるスタイルでプレイして頂いた上で、意見を吸い上げる為に人を集めていますので」


 一人で気軽にプレイして給料が貰える訳か。

 信じるなら理想の職場だな。


「受けさせて頂きたいと思います」

「よかった。それでは」

 

 俺は差し出された黒原の手を握った。

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