第2話 仕事のスカウト
「ふぁあ~」
欠伸しながらの起床。
別に普通の人がやる普通のことで、いちいち心に留めることじゃない。
普通じゃないのは、場所。
車の中……まあ、車中泊ってやつ。
愛車のSUV(軽)。
標準装備のサンルーフを開けておけば、朝は日光で強制的に目覚めさせてくれるおかげで目覚まし時計がいらない。
なんで車の中で寝てるのか? 理由は簡単だ。
金がないからだ。
先日仕事をクビになった。
体調不良で休業し、会社の定めた期間を越えても復帰できなかった。
身体表現性障害。
メンタルケアが必要なヤツ。
色々心労があったのだろう。
上司のパワハラは、他にも精神科のお世話になる奴らが続出するぐらいに酷かったが、俺の場合はそれだけじゃなかった。
仕事で夜遅くに帰り、帰ったら寝るだけの生活。
結婚も出来ず、守るべき者もいない。
そんな中で俺の心の癒やしは、偶にある休日にゲームをやったり、漫画やラノベを読んで現実逃避するか、実家に帰って飼い犬と戯れる位だった。
そんな生活が少しずつ変わり始めた。
初めは年のせいかと思っていた。
ゲームをやっていると、すぐに肩や首が痛くなって、ゲームを長時間やれなくなった。漫画やラノベも同じ理由ですぐに読むのをやめてしまう。
原因は頸椎ヘルニア。
会社ではパソコンにひたすら向い、家に帰ればスマホで本を読むか、ゲームをやるかって生活だったんだから、そりゃまあ、そうなるよねって結末だった。
肩の痛みが酷く、手も痺れ仕事にならず通院すること一年。
結局手術をしたが、それでも痛みは消えなかった。
結構症状は酷く、軟骨がズレただけじゃなく骨も変形していた。
変形した首の骨ごと切り抜くという手術後は、骨折、肉離れ、切開の痛みが同時に襲って来る地獄の日々だった。
手術の一ヶ月後、まだ骨も繋がってないというのに医者は出社可能の診断書を出した。
通院で有給を使ってしまっていて休むことも出来ず、痛みに耐えながら会社に行き、デスクに向かった。
体調が悪くても仕事は減らないし、パワハラもなくならない。
痛みと怖さで、家に帰ってスマホもゲームもをやることができなくなった。
そんな中で俺の唯一の癒やし、可愛い実家の愛犬が他界した。
享年15歳。寿命だった。
心の支え、というか現実逃避の術を全て失った。
只でさえ一杯一杯だったストレスが一気に吹き出した。
最初は腹痛から始まった。
不眠、頭痛、目眩と症状は酷くなり、産業医に精神科行きを進められた。
そこで精神科医に言われたのが身体表現性障害だった。
俺は会社を長期間休むことになった。
与えられた復帰までの期間は2年。
最初は会社に戻ろうと思っていた。
だが時が経つほどに、身体を壊さなきゃ勤められない会社に行く意味があるのかと疑問に思い始めた。
俺に守るべき者はない。
自分以外幸せにすべき者はいないのに、自分を壊す場所に行ってどうするのかと。
そんなことを考えていたらあっという間に2年が経ち、会社から解雇通知が送られてきた。
独身一人暮らしの39歳。
そんなに貯金が多いわけじゃない。
そんなヤツが仕事をなくせば生活もままならなくなるわけで……
この年になると転職となれば即戦力になることを望まれる。
今から新しい職種で、「一から頑張ります」とはいかない。
だが、だったらと似たような仕事をするなら辞めた意味もない。
とはいえ、登録した転職サイトから紹介される仕事はやはり辞めた仕事と似たようなものばかり。
どれも選ぶ気になれずニート生活を続けている。
収入がないから支出を抑えようとアパートを解約した。
情けなくて実家に戻る気にはなれず、結果俺はホームレスとなった。
部屋を出る前にネット通販で浄水機能付きのペットボトルを買い、水は公園の水をそれに入れてから飲んでいる。
キャンプセットで焚いた米とスーパーで安売りしている総菜を腹に入れ、500円で入れる温泉ホテルで入浴する。
ソーラーパネル充電器でスマホを充電すれば意外と快適に生きられるから驚きだ。
人間って生きていくのにそんなに金って必要ないんだな。
とはいえ、支出がゼロって訳じゃない。
収入がない以上貯金は減るばかり。
そろそろ働かないとマズイ。
危機感はあれど、他人とのしがらみに捕らわれずにいられる今のホームレス生活が意外とそこまで苦じゃないのが困る。変わらなきゃと思う気持ちが湧かない。
都会に行ってギグワーカーにでもなれば、一人気楽にひとまずの収入も得られるだろうか?
だがギグワーカーも人が増えて、個人単位では仕事が減った上、都会は家賃が高い。
ホームレスを続けるにしても、風呂位は入れる環境であって欲しい。
都会に1回500円の風呂……あるのかな? 都会の土地代考えたら採算合わなそうだけど。
なんなら自分で起業するか?
資金も経営能力もないっつーに。
いつも通りくだらない事を考えながら車の外に出る。
公衆トイレの水道で顔を洗い、ペットボトルに水を入れてうがいをする。
最初顔を洗うのはなんとなく抵抗があったが、非常時の避難所として指定されているこの公園は一応衛生面が確保されていると割り切った。
贅沢言える立場じゃないしね。
簡易テーブルを広げ、金属缶を用意。
そこに落ちている乾いた木の枝を集め、入れて火を点ける。
簡易コンロの完成だ。
ガスコンロもあるが、ガス代だってタダじゃない。
金属缶の上に網を引き、飯盒に米と水を入れて置く。
米が炊けるまでに、また拾い物だ。
といっても、探すのはただの石だけど。
焼け石で味噌汁を飲む。
沸騰し続ける熱々の味噌汁はそれだけで旨い。
インスタント味噌汁もこうして飲めばちょっとしたご馳走だ。
今の俺ができる唯一の贅沢……言ってて悲しいが。
というわけで手頃な石を探そう。
石ぐらいそこら辺にあるが手頃な大きさとなるとそこそこ探すのに手間がかかる。
まあそうは行っても場所は公園。ちょっと探せばそんなものはすぐに見つかる。
手頃な石を見つけて戻ってくると、そこには人影があった。
黒スーツをバチッと着込んだ男。
やっべー……かな?
公園内での火の使用はダメと聞いてはいないが、許可されているかは確認していない。
誰か通報でもしただろうか?
とはいえ、俺の全財産は黒スーツのいるところに全て在る。
逃げるわけに行かない以上、戻るしかない。
怒られたら……知らなかったで通そう。
そう思って近づいていくと、男が話かけてきた。
話し掛けて着たことは意外でもなんでもない。
注意しに来たのなら、声をかけるのは当然だ。
だが、その内容は意外なものだった。
「
「え? ……あの……はい」
名前バレして動揺する俺に男は表情も変えずにこう言った。
「少しよろしいでしょうか?
お仕事のスカウトに参りまして」
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