付喪人形と元少女

砂塔ろうか

天の岩戸をぶんなげろ


「ヒナ。ユキちゃんにおわかれは済ませたかい?」

「うん。もう何回もバイバイしたよ。お父さん」

「……それじゃあお供え箱に入れようか」

「うん」


 ◆


 第2指令室は侃々諤々という有様だった。


「第一~第七ケーブル切断! 信号送信できません!」

「隔壁破壊が止まらない! クソッ、明確にここを狙っているぞ!!」

「岩戸シェルターを開放して! 彼女は対話を望んでいる!」

「無茶言わないでください大佐! 失敗したらオレら全員ここで野垂れ死にですよ!」

「失敗したら死ぬのはどの道同じ! 【世界の敵】に殺されるか、ユキに殺されるかの違いでしかないわ!」

「ちっ……」


 指令室の扉が開く。


「……行くんなら、一人で行ってください。ヒナ大佐。オレたちゃ巻き添えはごめんですぜ」

「ええ。感謝するわ。准尉」


 白衣の裾をはためかせ、丸腰でヒナは指令室を出た。指令室の扉が堅く閉ざされる。と、同時に巨大な影がヒナを覆った。

 顔を上げる。そこに立つのは鋼鉄の巨人だ。


「ユキ」


 ヒナが名を呼ぶと、巨人の胸部ユニットが開き、少女の姿をした人形が現れた。


「どうしたの、あなたが癇癪なんて珍しい」

「癇癪なんかじゃない。……ねえ、ヒナ。分かってる? このままじゃあなた、死んでしまうわよ」

「心配だなんてもっと珍しい」

「私達、付喪人形兵には自己保存のルールが課せられている。……あとは、分かるでしょう」

「……ああ、そっか。私が死ねば、あなたも死ぬ。そういう存在だったわね」

「ええ。だから私は、あなたを連れてここから逃げ出すことに決めた」

「……今回の【世界の敵】には、勝てない?」

「護り切る可能性、0.001%——私が大丈夫でも、指令室のあなたは死んでしまう」

「……そう。なら、こうしましょう」


 ヒナは巨人の胸部ユニットを指差し、


「私も搭乗します。それなら、私とユキちゃんは一蓮托生。何も問題なく戦えるでしょう?」

「な……なにを馬鹿な。搭乗ユニットは八百万神通水に満ちてる! 人間が生きられるようには、できてないのに!」

「……これ、なんだと思う?」


 ヒナが白衣の前を開く。彼女の腰にはボンベが巻かれていた。


「……まさか、それで酸素を!?」

「こんなこともあろうかと、ね」

「…………何分、保つのですか」

「10分てとこかなー。皮膚浸蝕の問題は残念ながら解決できてないから」

「それだけあれば、十分です」


 ◆


 20年前、人類が発見した【世界の敵】は太平洋の海底神殿にて眠っていた。それが覚醒したのは、第三次世界大戦の号砲としても知られる、エーテル爆弾の北アメリカ大陸投下がきっかけであったと云う。


 エーテル爆弾投下により戦闘能力を喪失したアメリカに代わって、日本が【世界の敵】との戦いを主導するようになったのは、必然だった。

 日本は八百万の神々の国である。

 ゆえ、通常兵装の通用しない【世界の敵】を打ち倒すのにも、八百万の神々の力を借りることとなった。

 とりわけ、幼い子供のみが保つ、無垢で尊い祈りと想念を宿した付喪人形は【世界の敵】を倒すにあたっての、筆頭戦力である。

 この付喪人形システムは当初、夢物語として一笑に付されていた。

 だが、最初の付喪人形が提唱者である鶴賀つるが教授の手で生み出されると、早急に配備が進められていった。


 最初の付喪人形。それは鶴賀教授の一人娘、鶴賀ヒナの想念宿しし人形——すなわち、ユキである。


 最初の戦闘以来、今も前線でユキは戦い続けている。いつ壊れるかも分からない、付喪人形の儚い魂を燃やして。


 ◆


「……今度の敵は随分と固いみたいね」

「ええ。カグツチブレードでもオノゴロ量子砲でも貫けません」

「なら、岩戸をぶつけましょう」

「!? 指令室を!? しかし、中には人が」

「あんな連中、少し痛い目見ればいいのよ。私を見捨てるような奴らなんだから」

「…………ヒナ。あなたも穢れましたね」

「大人になったと言って頂戴。大丈夫。確証はあるわ。……さっきから敵を観察してたんだけど、敵には尖ったものを弾いて丸いものを受け止める性質があるみたい」

「……! なるほど、指令室は球形!」

「そういうこと。ちょっと大きいけど、指令室丸ごと投げられる?」

「追加兵装を申請。ダイダラボッチ・アームズ」

「承認!」


 鋼鉄の巨人の腕部に光が集まる。集まった光は巨大な腕の形となって、実体化した。


「そんじゃあ、覚悟はいい?」

「無論!」

「「せーのぉっ!!」」


 ◆


 一方その頃。指令室。


「一体なんだってんだ……突然敵の前に戻ったかと思えば追加兵装の申請なんて……」

「承認権限、大佐に残しちゃって良かったんですかぁ? あの人けっこうめちゃくちゃやりますよ」

「まあ、あの人のそういうところ、嫌いじゃないしな……ん? お、おいなんだこの振動は!?」

「た、大変です!! ユキが、指令室を無理矢理取り出してるようです!!!」

「なあにい!!!??? 畜生、あのデク人形が!! 今、オレの権限でユキの破壊命令を——」

「ダメです!! 大佐の権限でブロックされてます!!」

「畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」


 ◆


 指令室が敵に向けてぶん投げられる。果たしてその結果は、


 ——どぉぉぉぉぉぉぉぉん。


 世界の敵の肉体が崩壊し、土人形へと還ってゆく。すなわち、成功だ。


「大佐ァ!! あんたよくもあんな無茶苦茶やってくれましたね!!!! 厳重に抗議させていただく!!!!」


 指令室内部の無事も確認できたところで、ユキとヒナはハイタッチをした。2人の間には、幼い子供のそれとは異質な、しかし純粋で無垢で尊い——絆がたしかに生まれた。それは、ユキをさらに強くする。


 実のところ、ユキが今もなお、前線で戦い続けられているのは、これがあるからだった。絆の更新、尊き想念の追加付与。かたちは違えど、ヒナがユキとともに戦い続けているからこそできる芸当である。


 だが、それにはまだ、誰も気付いていない。ただ今は2人、【世界の敵】を倒すことができた喜びに浸っていた。



 ————尊い想念を武器にして、これからも彼女らは【世界の敵】に立ち向かう。戦いの終わる、その日まで。


(了)

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付喪人形と元少女 砂塔ろうか @musmusbi

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