悪役令嬢はヒロインに恋してる ~そして僕は二人を見守りたい攻略対象

最上へきさ

乙女はぶつかり合い、白百合は花開く

「相変わらずドジですのね、マリカさんっ! その程度で”白百合の乙女ホワイト・リリー”を目指そうだなんて、ちゃんちゃらおかしいですわっ」

「あなたは……エリザベートさんっ!?」


 膝をつき、うなだれていた少女――マリカに手を伸ばしたのは、もうひとりの少女――エリザベート。

 二人の白く華奢な手がこわごわと、やがてしっかりとつながれる。


「立ちなさい。そして鍛えなさい、マリカさん。限界を超えたあなたを打ち破ったとき、わたくしはさらなる高みへと昇ることができるのです――ルヴェルカイン殿下のお側に!」

「いいえ、私は負けないわ。必ずあなたを打ち破って、辿り着いてみせるっ! 憧れの”白百合の乙女ホワイト・リリー”の座に!」


 今は激しくぶつかり合う二つの魂。

 しかし、やがて気付くだろう。

 互いが互いを支え合う二人の絆、その尊さに――


「……ルヴィ。おい、ルヴェルカイン殿下」

「えっ。あっ、やあ、ジャック。どうしたんだい、そんな妙な顔をして」

「いや、心配するだろ。なに虚空を見つめてブツブツ呟いてるんだ、ルヴィ。精霊と交信でもしてたのか?」


 呆れ顔で溜息を漏らしたのはジャック――僕のたった一人の幼馴染にして、忠実なる家臣でもある男。面倒見のいい熱血漢。ついでに言えば、ルドルフ公爵家の跡取りでもある。


(そして僕が噂のルヴェルカイン殿下、通称ルヴィ)


 我らがリリークルス王国第四王子にして王立魔法学園のヒーロー。

 眉目秀麗聡明叡智、品行方正実家強大、不憫上等自由最高、愛嬌満点意思強靭。

 つまりは額縁に入れて飾りたいぐらいの乙女ゲー攻略対象だ。


(訳がわからないしありえないし、もう全然意味不明なんだけど)


 記憶が正しければ、かつての僕はイチハラ・タクミという冴えないサラリーマンだった。

 ある日、納期前のデスマーチ中に突然倒れて、気付くとこんな完璧超人に生まれ変わっていたのだ。

 最初は混乱するばかりだったけれど、赤子から青年へと成長するにつれて段々と理解が進んできた。


(どうやら僕は、妹がやっていた乙女ゲーム『百合と十字のファンタジア』の世界に転生してしまったらしい)


 どうして妹じゃなくて僕が、どうして攻略対象に、そもそも一体どうやったら生まれ変わりなんて。

 そんな当たり前の疑問に対する答えはまったく見つからないまま。


 王立魔法学園に入学した僕は、彼女達に出会った。


(乙女ゲームの主人公、そして悪役令嬢ライバルに)


 プレイヤーの代弁者にして依代たる主人公――マリカ。

 異世界よりリリークルス王国に召喚され、やがて運命のパートナーと共に世界を襲う災厄に立ち向かう少女。


 そしてマリカに立ちはだかる厚い壁――エリザベート。

 隣国オルドラセン公国の公女にして、第四王子ルヴェルカイン――いまだに信じられないが僕のことだ――の許嫁でもある、文武両道才色兼備の麗しき乙女。


 いつも相争いながらも離れられない二人。

 彼女達を見ているうちに、僕は気付いてしまった。


 そう。

 完璧に分かってしまったのだ・・・・・・・・・・・・・


(この二人は――この二人こそが、お互いを必要としているんだ)


 それはまさに天啓だった。

 雷に打たれたかのような衝撃だった。


 間違いない。

 二人が本当に必要としているのは僕なんかじゃない。


 彼女達は互いを支え合い前へと進むことができる、強い絆を持った真のパートナーなんだ。


「――だからこそ僕は二人の幸せを願わずにいられない。例え行く末にどんな艱難辛苦が待っていうようと、あの二人なら乗り越えられる、僕は心からそう信じている――」

「オイ、だから独り言をやめろルヴィ! いささか恐怖を覚える!」


 おいおいどうしたんだよジャック、そんなに怯えていたら男前が台無しだぞ。


「馬鹿、オマエのせいだろうが! その背後にバラを振りまくのもやめるんだ! また学園の女子どもに誤解されるだろう!」


 おっといけない、またやってしまった。


 乙女ゲーの攻略対象になった僕が、ちょっと良いことを言ったり笑ったりすると、勝手に背後からバラが生えたり周囲に謎の光が瞬いたりするのだ。

 まったく訳がわからない。アレは画面上の演出じゃなかったのか。


「それより、あの二人を止めなくていいのか? 訓練だといっているのに、本気で攻撃魔法を放とうとしているぞ」

「おっと、そうだった。――やめたまえ、二人とも! ここは神聖な学び舎だよ!」


 我ながら良い声――担当CVは確かスパイダーマンの吹き替えをやっていた人だ――で一喝すると、マリカとエリザベートが同時にこちらを振り向いた。


「ルヴィ!」

「殿下!」

「どうしてそんなに怒っているんだい、二人とも?」


 一見、自由でマイペースだけど、実は暗い過去を背負った切れ者王子。

 というプロフィールに相応しい振る舞いをするのも、流石に慣れてきた。


「いえ、その……マリカさんの魔法があまりにも稚拙でしたので、わたくしが指導して差し上げようかと」

「その割には随分と殺気立っていたじゃないか。……まあいい、ちょうど昼休憩だし、この勝負は僕が預からせてもらうよ」


 必殺の王子スマイル。

 マリカもエリザベートも顔を赤らめ、発動しかかっていた魔法を収める。


 いやー、天井知らずのカリスマは本当に便利だ。

 前世でこんなことしたら間違いなく妹に殴られてたと思う。


「……殿下に言われてしまっては仕方ありません」

「良かった。それじゃあ僕はこれで――」

「――あのっ、ルヴィ!」


 マリカが、僕の制服の裾を掴んだ。


「良かったら、一緒にお昼どうかな? お、お弁当を作ってきたの……昨日、私のを見て、美味しそうって言ってくれたから」


 ズッキューン。

 何かが僕の心臓を射抜いた。


(これはマリカと出会ってから時々起こる、謎の現象)


 おそらくこれは、好感度アップイベントだ。


 頬を赤くしてモジモジするマリカを見る度、なぜかたまらなく抱きしめたい衝動に駆られる。

 そうすれば運命の歯車が回り今生こそ幸せを掴めると、頭の奥で誰かが囁くのだ。


「へえ、そうなんだ。嬉しいな、僕で良ければぜひ――」

「何を仰るんです、殿下! 本日はわたくしと・・・・・ランチの約束をしていたではありませんか」


 してない。全然してないよ。

 とバッサリ切り捨てられないのがルヴェルカイン殿下なのだ。

 衆目の中で嘘を暴けばエリザベートを傷つけてしまう、と考えてしまう優しい男。


(その優しさのせいでマリカとの恋はこじれてしまうんだよ、この優柔不断野郎!)


 と妹が言っていたっけ。

 ルヴェルカイン殿下の抱き枕をボスボス殴りながら、でもそこがいいの! って。


 できれば僕も他人事を決め込みたかったけれど……他ならぬ僕自身のことだしなあ。

 ……そこでふと、妙案を思いつく。


「ううーん、困ったな。よし、それじゃあ、ジャックも呼んで四人で一緒にランチ、っていうのはどうかな? こんなに素敵なレディが二人もいたら、僕の手に余ってしまうからね」


 我ながらひどいアイデアだった。恋する乙女二人に対して何抜かしてんだ。馬鹿野郎、ルヴェルカインこの野郎!

 いや僕だ。

 馬鹿野郎、僕!


 ……明らかに巻き込んでくれるなという表情で首を振るジャックを、学園の中庭へ引きずっていく。

 主のワガママに付き合い慣れていたエリザベート付きのメイド達は、あっという間にランチの用意を済ませてくれた。


 つい前世からの習慣でメイド達に、ありがとう、と声をかけると、また背後にバラが咲いてしまった。

 メイドは赤面しながら頭を垂れ、マリカとエリザベートが微妙な目で僕を見る。


「ルヴィ……どうしていつもそうなの?」

「殿下、許嫁の前でそういう破廉恥はお控えくださいまし」


 なんでだ。人としてのマナーを守っただけなのに。


「例え使用人にも平等に優しい。そこがオマエの良いところだよな、ルヴィ。元気出せよ」


 フォローありがとう、ジャック。


「ねぇ、ルヴィ。これ……作ってみたんだけど、どう、かな」


 マリカが弁当箱に詰めてきてくれえたのは、白米に肉じゃが、ほうれん草のおひたし、レンコンのきんぴらという定番和食メニュー。

 もちろんこのファンタジー世界では、希少極まる異世界の食事だ。


(あーそうだ、弁当イベントの素材集めがめちゃくちゃ大変だって、妹がぼやいてたな……)


 本来のルヴェルカイン殿下なら異国情緒あふれるメニューに感動するはずなんだけど、僕の場合は一周回って懐かしさに感動してしまう。


 また心臓に痛み。

 マリカへの好感度が上がってしまった。


「なんですの、その貧相な食事は! そんなものを殿下に召し上がっていただくつもりですの!?」


 対するエリザベートが繰り出してきたのは……シェフだ。

 僕らの目の前で、血が滴るようなぶ厚い肉を焼いている。


「いかがでしょう殿下! 我が大公家専属のシェフ、アルベールが仕上げる極上のポワレでございますことよ!」

「ええ~……」


 人じゃん。弁当じゃないじゃん。

 ここは弁当の内容で勝負する流れなのに……

 流石セレブリティ。金の使い方が違う。


「さあお召し上がりください、殿下! わたくし手ずからお口に運んで差し上げますわっ」

「わ、私だって! ルヴィ、はいっ! どうぞっ!」


 ムキになって互いの料理を差し出してくる二人。

 かわいい。


(でもそうじゃない)


 俺が望んでいるのは、こんなハーレム展開じゃない!


「ねえマリカ、エリザベート。僕もいただくからさ、君達もお互いの料理を食べてごらんよ」

「だ、誰がこんな茶色くて貧乏くさい料理なんてっ」

「私だって、こんな……こんな……こんな豪華な料理、食べたことないけど……っ」


 よだれが垂れてるよ、マリカ。

 そう、彼女は食いしん坊属性持ちなのだ。ファンコミュニティでは良く過食ネタでいじられているって。これも妹情報だけど。


「もう、二人とも素直じゃないなあ」


 僕は、箸を持つマリカの手とフォークを持つエリザベートの手を掴む。


「なっ、何をなさるんですっ、殿下!?」

「ルヴィ!? 一体何を――」


 そして二人の手を交差させると、互いの口へ運ばせた。


 マリカの肉じゃがをエリザベートの口へ。

 エリザベートのステーキをマリカの口へ。


 二人がもぐもぐと咀嚼を終えるまで、しばしの沈黙。


「……おいしい」

「……おいしいですわ」


 うんうん。

 そう、これだよこれ。僕が見たかったのは。


 互いの実力を見つめ合った二人の視線が結び合う。

 少し照れたように頬を染めながら、


「……なかなかやるじゃないですの。庶民のくせにっ」

「エリザベートこそ……良いシェフ雇ってるのねっ」


 そう。

 この瞬間、またしても二人の距離が縮まったのだ。


 まるで運命という濁流の中、時には互いの姿を見失いそうになりながらも、か細くもたくましい絆という一筋の糸が乙女達を繋いで離さないかのような、この尊さ……


「……おい、ルヴィ。帰ってこい」

「どうしたんですの殿下? こころなしか目がうつろですけれど、熱でもあるのかしら?」

「おなか空いたんじゃない、ルヴィ? これ、食べていいよ?」


 おおっといけない。

 つい向こう側へと旅立ってしまった。


「ごめんごめん、いやあ、マリカとエリザベートは仲良しだなあと思って」

「はっ、は、はあ!? どうしてこのわたくしが、こんな庶民なんかとっ!!」

「ちょ、えっ、あ……でも、私は、エリザベートさんのこと、別に嫌いではないけど……」


 またしても頬を赤らめるマリカとエリザベート。

 うんうんうん、そうそう、その調子だ!


「さあジャック! そろそろ僕達もいただこう! 今日はなんだかご飯が美味しい気がするっ!」

「はいはい……ったく。よく分からないやつだよ、オマエは」


 僕は懐かしい白飯を食べながら、決意を新たにする。


(いつか必ず――僕が二人を結びつけてみせるッ!)


 マリカとエリザベート。

 二人の麗しき乙女の心が触れ合い、いつかたおやかな白百合が花開くまで。


 僕は戦い続けてやる。

 例え、僕とマリカを結びつけようとする運命が相手だろうと。


 ――いつか悪役令嬢とヒロインが結ばれる、その日のために!

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