第23話

恵瑠える!」


夏希なつき? それに……マイケルさん?」


「エンジェル。会えて嬉しいデス」


 突然のマイケルさんの来訪に恵瑠えるは目を丸くしている。


「実はマイケルさんは医者だったんだ。それで恵瑠えるの願いを叶えてくれるって」


「私の願い……」


 恵瑠えるが望みさえすればマイケルさんが手術してくれる。本当に奇跡のような展開だ。


「エンジェルは何を望みマスカ?」


「私は……あともう少しだけ生きていたいです」


「ワッツ? 少しダケ?」


 マイケルさんの問い掛けに恵瑠えるは首を縦に振った。


「少しでいいんです。私は、今死にたくない。この病気を乗り切れば、あとは自分で努力します」


「ハッハッハ! エンジェルはハートが強いデス。ワカリマシタ。エンジェルの病気はボクがナントカシマス」


「本当ですか!?」


「モチロン。約束デスカラ」


「良かったあ~」


 腰が抜けてすとんと床に座ってしまった。


「ちょっと夏希なつき。大丈夫?」


「いや、安心したら力が抜けちゃって」


「まだ治ったわけじゃないのに」


「ダイジョブデス。医療に100%はありマセンガ、ボクが手術すれば100%デス」


「すごい自信ですね」


「こうやって自信を持つのはタイセツデス。自分を振るいタタセ、失敗を許さないのデス」


 マイケルさんは俺や恵瑠えるとは違う生き方をしている。失敗しないように自分を追い込む。

 俺とは遠く離れていて、恵瑠えるからも遠い。ずっと雲の上のハイレベルな生き様だ。


「ゼンは急げ。カルテは見てマス。今から開始デス」


「ええ!? 両親に確認とかは?」


「エンジェルの願いを叶えるダケ。お金もかかりマセン。きっと許してクレマス」


 謎の自信に満ちたマイケルさんはポケットから無線のようなものを取り出し何やら話している。

 どうやら本当に今から手術が始まるようだ。


恵瑠える。大丈夫?」


「うん。ちょっと恐い。でも……」


 俺の手をギュッと握る。


夏希なつきが来てくれたから。マイケルさんを連れてきてくれたから。助かるんだね。私」


「うん」


 恵瑠えるの手を強く握り返す。結局俺は何もしていない。マイケルさんに勝ってお願いの権利を得たのは恵瑠えるの力だし、医者になったのはマイケルさんの実力だ。


夏希なつきは自分が何もしてないって思ってるでしょ?」


 俺は無言でうなずいた。彼女のピンチに何もできず、ただ手を握るだけの情けない彼氏だ。



「お金を払ってるのは両親だし、手術をしてくれるのはマイケルさん。でもね」


 恵瑠えるが俺の手をぐいっと引っ張るのでよろけてしまう。


「私がもう少し生きたいって思えたのは夏希なつきのおかげなんだよ」


「エンジェル、行きマスヨ。長丁場にナリマス。ナッキーは一度帰ってクダサイ。ダイジョウブ。ボクを信じて」


 あれよあれよと言う間に恵瑠えるは手術へと向かってしまい、結局俺は何も言えなかった。

 でもいいんだ。恵瑠えるは絶対に帰ってくる。言葉を交わすチャンスはいくらでもあるんだ。


「天使ちゃんおかえりいいいいいい!!!」


 大号泣しながら小山内おさないさんが恵瑠えるに抱き付く。


「ごめんね。心配かけて」


「さみしかったよおおおお!!!」


 恵瑠えるが休んでいる間、小山内おさないさんは空元気で頑張ってる感じだった。

 不安を打ち消すようにバスケ部の練習に行ってたみたいで、小さいながらも活躍しているらしい。


「おかえり。円寺えんじさん」


「ただいま。金雀枝えにしだくん」


 教室ではもちろん苗字呼び。隣の席なので軽く挨拶を交わすと、あとは入れ替わり立ち代わりクラスメイトが恵瑠えるの元を訪れた。


「ふぅ~疲れた~」


「お疲れ様……恵瑠える


「うん。夏希なつき


 放課後、お互いに別々の場所で時間を潰して、人目に付かないようにこっそりと一緒に帰宅する。


「なんかごめんね」


「いいよ。俺も久しぶりに恵瑠えると話したかったし」


「……」


「……」


 話したかったと言ったものの、何から話していいかわからず沈黙が訪れる。だけど、決して気まずい沈黙ではない。


「「あの」」


 二人の言葉が重なった。


恵瑠えるから」「夏希なつきから」


 再びタイミングが被ってしまう。


「あはは。私達、気が合うね」


「一応彼氏だし?」


「うん」


 恵瑠えるが俺の手をギュッと握るので、俺もその手を握り返す。


「私ね。今、生きてて良かったって思えてる」


「それは良かった。マイケルさんに感謝だね」


「うん。でも、一番は……」


 ワンワンッ! 門の向こうにいる飼い犬が俺達に向かって吠えた。まさか犬にまで気を遣わないといけないのか。


「私、ずっと死にたいと思ってた。あの時、マイケルさんに願いを聞かれて、もう少しだけ生きたいって答えた」


「うん」


「私の考えは変わってない。でも、最高の彼氏が見つかる前に死ぬのは嫌だったの」


「そっか」


 いざ死に直面すれば考えが変わると思っていたけど、恵瑠えるの意志は固いらしい。


「最高の彼氏ならもうちょっと大げさに悲しんでくれてもよかったんじゃないかな~?」


「いや、俺はその最高の彼氏じゃないし」


 俺はあくまでも練習台だ。努力はするけど恵瑠えるの希望に全て応えるのは難しい。


「それにね。もっと美しい死に方があると思うの。やっぱり病死はダメね。どうしても暗い気持ちで死ぬことになる」


「明るい気持ちで死ぬのもどうかと思うけど?」


 本人が明るい気持ちでも、俺や小山内おさないさんはものすごく暗い気持ちになるんだからな。


「だから、まだ死ねないって思ったの。最高の彼氏に看取られながら最高の死に方をするまで」


「死ぬまで死ねないって、なんだそれ」


 最高の死を迎えるために努力を続ける天使の瞳は生きる希望に満ちてるように感じた。


「それに、あなたと一緒なら、生き続けてもいいかなって思ったんだ」


「なんか言った?」


「ん? なんでもない」


 本当は聞こえていた。だけど、聞こえないふりをした。

 俺も恵瑠えるも不器用なんだ。これから一緒に生きていく練習をできたらいいなと思った。

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