第22話
「
浅倉先生の言葉にクラスは騒然とした。軽いめまいと言った
「昨日、天使ちゃんの様子はどうだったの?」
「会議の時は普通だった。でも、帰りに突然倒れて。救急車を呼んで……」
視界が涙で歪む。もし
いろいろな『もしも』が脳内をぐるぐると回っていく。
「あんたはしっかりやったんじゃない? 近くにいたのが
「え?」
意外な言葉にきょとんとしてしまう。
「
そんなこと考えもしなかった。だって
「あの、
「あ、はい」
声の主は浅倉先生だった。普段は明るい先生が、こんなことがあって少し顔が青白い。
「ここだと話しにくいから職員室に」
きっと
「
「それはつまり……」
「たいしたことがない。あるいは……ってことね」
「そんな……」
たしかに
「いや、まだわからないわよ? 入院したばかりで何も判明してないだけかもしれないし」
「そうですよね。え……
気が動転してうっかり
「それでね。折り入ってお願いがあるんだけど」
「俺がお見舞いに行ってもいいんですか?」
「ええ。まだクラスを持って間もない担任より、クラス委員で仲が良い
先生の目から見ると俺達は仲良しなのか。ちょっと気を付けないと他の男子から恨まれるかもしれないな。
「どう? 辛いなら無理はしなくていいわ」
「いえ。行かせてください」
「ありがとう。詳しい容体とかは聞かなくてもいいから、どんな様子だったかは教えてね」
「はい」
放課後、先生に渡された住所を検索して
面会拒絶だったらどうしようと不安もあったが、受付を済ませるとすんなり部屋に案内してくれた。
「失礼します」
ノックをして病室に入る。まるでホテルのような個室で、あの家に住んでいるだけのことはあると関心した。
「
「具合はどう?」
「うん。今は落ち着いてる。昨日はありがと。看護師さんから聞いたよ。救急車を呼んでくれた男の子って
「まあね」
不安で吐きそうだったけど、
「あはは。死んじゃうかと思った?」
「……うん」
「予定では高3だからね。まだちょっと早いよ」
「って、ことは、たいしたことないんだよね?」
「そうでも……ないかな」
俺は絶句した。あんなに元気だったのに。バスケをしたりゲームをしたり、あの時まで普通に会話もしてたのに。
「脳腫瘍なんだって。位置が悪いと手を付けられないって」
「そんな……でも、まだ詳しいことはわかってないんでしょ?
「今まではね。でも、そろそろ限界みたい。初めて
俺はこくんと頷いた。すごく濃密な時間を過ごしたけど、まだ2週間ほどしか経っていない。忘れるわけがない。
「やっぱり私の予想通りだったんだよ。ちょっと予定が早まっただけ。もう少しおっぱいを大きくして、周りから好かれて、それから死にたかったけど……仕方ないね」
「仕方なくない!」
隣の部屋の迷惑も考えず大声を上げてしまった。
「神様は見てたんだよ。私が死にたがってることを。あはは。神様からしたら2,3年は誤差の範囲なのかもね」
「……」
そんな顔すらも美しいと思えるけど、だからこそ死んでほしくないとい感情が溢れ出てくる。
「どうにかならないの? こんなに立派な病室に入院できるくらいだし、最新の医療とか」
「お父さんもお母さんも同じことをお医者さんに言ってた。でも、ダメみたい」
まだずっと先の話だと思っていた
高3までに考えを変えてくれるかもしれない。最高の彼氏が見つかったらそのまま生き続けるかもしれない。
そんな淡い希望すらも消えてしまった。
「ねえ、
「え?」
「死ぬことを鬼籍に入るって表現するだって。私はずっとその鬼籍ってやつを探してたんだ」
「そんな話はしないでよ! どうして
「……私だって」
俺は声を掛けず
「今は鬼籍じゃなくて、奇跡がほしい。この病気が治って、
「そうだよ! 諦めるのは早いって」
一度失敗しても練習して克服する。それが
「でも、奇跡なんて簡単には起きない。起こせない。私にはもう、無理なんだよ」
俺は何も言えなかった。奇跡は起こせるとか、俺が奇跡を起こしてみせるなんて軽々しく言えない。
「ごめんね。今日はもう帰ってくれないかな。お見舞い嬉しかった」
「……わかった。またね」
簡単に挨拶を交わして病室をあとにした。
だからと言って、その流れで何となく
体が重い。筋肉痛だからじゃない。うまく力が入らない。それに息も苦しい。
「ふぅ……」
ちょうど待合用のソファがあったので腰掛ける。
「参ったな」
いざ死を目の前に突き付けられると人はこうも疲弊するものなのか。
目を閉じると
「これじゃあまるで本当に死ぬみたいじゃないか」
思い出を振り返るのはやめて未来を考えるようにした。これからクラス委員の仕事で忙しくなって
少しずつ他のクラスメイトと話す機会も増えるといいんだけど、
「こんな未来があればいいのになあ」
自分の努力ではどうにもできない現実に涙が溢れる。
「ワオ! ナッキーじゃないデスカ」
涙を袖で拭いて声の方を向くと、ゲーセンで出会ったマイケルさんが白衣を着て廊下を歩いていた。
「え? なんでマイケルさんがここに」
「ボクはイシャなのデース。ナッキーこそどうしマシタ?」
「医者だったんですか? 石油王の息子とかじゃなくて」
「ハッハッハ! ナッキーのジョークおもしろいデスネ」
病院でも変わらぬマイケルさんの笑い声に少しだけ心が救われた。
「トコロデ、ナッキーはどうしてココニ?」
「実は……」
マイケルさんに
「ソレは大変デス。ソウデスカ。あの患者サンはエンジェルだったのデスネ。難しい患者サンが来たとミミにしてマシタ」
まさかマイケルさんが医者とは思ってなかったし、こうしてすぐに再開できたのも一つの奇跡だ。
でも、ちょっと運が良いレベルの奇跡じゃ
「ナッキー。エンジェルには会えマスカ?」
「あ、はい。いや……どうだろう。
「ボクならエンジェルを救えるとシテモ?」
「え?」
「エンジェルの願いを叶えると約束しマシタ。もしエンジェルが望むのならボクがタスケマス」
「できるんですか? すごく難しいって
「人間ナラネ。ボクは人間をコエタ医者なのでデス」
どこまで本気で言ってるのわからないけど、太鼓の鉄人で神業を見せてくれたマイケルさんならあるいは。そんな奇跡的な偶然に期待してしまう。
「急いで
「コラコラ。廊下は走ってはイケマセン」
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