第21話

「おはよう。金雀枝えにしだくん」


 翌日、学校に行くと円寺えんじさんは普通に登校していた。

 それはそうだ。俺が勝手に切なさを感じただけで円寺えんじさんには何の異常もないんだから。


「おはよう」


「……おはよ」


 ぶっきらぼうだけど小山内おさないさんも挨拶してくれた。

 たったこれだけのことだけど、昨日のことは夢ではないと確信できた。


「はぁ、今日は部活行かなきゃな~」


「やっぱり気まずい?」


「うーん。それもあるんだけど、天使ちゃんが入部しないとわかった途端、男子部のやる気が下がったっていうか、キラキラがなくなったのね」


 小山内おさないさんは円寺えんじさん一筋だと思っていたけどちゃんと男子にも興味があるらしい。


「でも、男子は男子。女子は女子じゃない? ちっちゃくてもバスケを頑張る万里花まりかちゃんとっても可愛かったよ」


「んん~~~~!!」


 円寺えんじさんが微笑み、小山内おさないさんが顔を赤くする。一日一回は見る光景だ。

 最高の彼氏ではなく、小山内おさないさんに最高の彼女になってもらえばいいんじゃないかな。

 まあ、死んだあとの小山内おさないさんがどんな風になっちゃうか心配だけど。


「あ、そうだ。今日の放課後はクラス委員の集まりがあるから忘れないでね」


「そうだった! 五月のオリエンテーションの件だよね」


金雀枝えにしだしっかりしなさいよ。行事はまだまだたくさんあるのに初っ端からこれじゃあ不安だわ」


「うん。気を付けるよ」


 クラス委員としてちゃんと仕事をすればいろいろと話すきっかけが増えて、リア充とまではいかなくても並の高校生活にはなるかもしれない。

 あんまり円寺えんじさんと仲の良い雰囲気を出すと反感を買うし、もっとこう気楽な友達を作りたい。


「天使ちゃん、何か困ったことがあったらウチに相談してね。なんならあのマイケルってやつを探し出してこいつを暗殺してもらうから」


「うん。ありがと」


「え? 暗殺のくだりには触れないの?」


「ふふふふふ」


 なぜか黒い笑みを浮かべる円寺えんじさん。

 まさか俺が見抜けてないだけでマイケルさんの正体は暗殺屋なの?

 普段は暇そうにしてるけど、太鼓のバチでターゲットを……。そう考えるとそんな風に見えなくもない。あのバチさばきなら人を殺せそうだし。


 もし暗殺屋なら円寺えんじさんが最高の死に方候補に入れてもおかしくない。

 顔や体は綺麗なまま一瞬で殺す。マイケルさんならできると言われたら信じてしまいそうだ。


「なーんてね。マイケルさんって本当に何者なんだろう」


「よかった。実は暗殺屋なのかと思っちゃった」


「バカねー。漫画の読み過ぎじゃないの?」


 それもそうか。暗殺屋なんて始めたらすぐに警察に捕まる。ちょっとナイーブになっていたみたいだ。

 放課後、円寺えんじさんと一緒に生徒会室に向かった。


「他のクラス委員とか生徒会の人と会うの、ちょっと緊張する」


「俺も。なんか真面目っぽい人が多そうじゃない?」


金雀枝えにしだくんは不真面目なの?」


「うーん。真面目にも不真面目にもなれない半端者」


 結局どちらにも振り切れなくてどのグループにも入れなかった。クラス委員になれば真面目グループには属せると思ってたけど、根が腐ってるからちょっと無理そう。

 だからと言って不真面目な方かと言われれば、進学校だけあってそういう感じの生徒はいない。本当に俺ってなんなんだろうな。


「それが金雀枝えにしだくんの良いところだと私は思ってるけどね」


「そう?」


「うん。どこにも属さないから私の秘密をバラさない。とっても安心できる」


「ぼっちを褒められてもあんまり嬉しくないんだけど」


「もうぼっちじゃないでしょ? 私がいて、万里花まりかちゃんがいる」


小山内おさないさんは友達にカウントしていいの?」


「その呼び方だと万里花まりかちゃん怒るよ?」


「別に本人がいないんだし」


「ダーメ。普段から呼び方はしっかりしておかないと」


「ま……万里花まりか……さん」


「よろしい」


 本人がいなくても女子を下の名前で呼ぶのは気恥ずかしい。

 そんな俺を姿を見て円寺えんじさんは満足そうだ。


「それでさ、万里花まりかちゃんだけ名前で呼んで、私が苗字っておかしくない?」


「別におかしくないって!」


 円寺えんじさんを下の名前で呼んだら男子との友情なんて築けなくなる。


「みんなの前では無理でもさ、今みたいに二人の時くらい……彼氏と彼女なら普通でしょ?」


「うぅ……」


 最高の彼氏じゃなくても彼女は名前で呼ぶと思う。だけど俺はあくまで練習台。そこまでしなくても……。


恵瑠えるって呼んでよ。な……夏希なつき


「っ!!!」


 不意打ちの名前呼びに俺も円寺えんじさんも顔を赤く染めた。

 相手に呼ばれたら、俺も呼ばないと不公平っていうか、逃げ場がなくなるじゃないか。


「早く。生徒会室に近付いたら誰かいるかもよ」


 今のところは近くに誰も居ない。でも、集合場所に近付けば近づくほど他の生徒に出くわす確率が上がる。


「え……恵瑠える


 たった二文字の名前を口にするだけで体温が上がっていくのがわかる。

 小山内おさないさんの名前を呼ぶのとは違う。なんだか特別な呪文を口にしたような感覚に襲われた。


「これから二人きりの時は、そうやって呼んで。ね、夏希なつき


「わかったよ。恵瑠える


 こうして俺達は彼氏彼女として少しだけ前に進んだ。いつか必ず別れの日がくると知っているのに。


「うーーーん。疲れたー」


 背伸びをしながら恵瑠えるが愚痴をこぼす。


「うん。そうだね」


 生徒会室ではあまりおもしろくない連絡事項が淡々と告げられていった。

 だけど、夏希なつき恵瑠える事件で頭がいっぱいで全く内容が入ってこなかった。

 今はまだ周りに他の生徒がいるので


円寺えんじさんは話の内容は入ってきた?」


「実はあんまり……でも、資料を読み返せば大丈夫だよ」


 恵瑠えるも俺と同じだったらしい。自分だけが浮かれていたらどうしようかと不安だったけど、恵瑠えるも同じ気持ちでいてくれたみたいだ。


「これから忙しくなりそうだね。バスケ部に入らずに済んで助かったー」


「本当に。部活と両立してる人、すごいよ」


 自己紹介の時、何人かは部活に所属するつもりだと言っていた。今日の会議で考えが変わらなければ両立を目指すのだろう。


「みんな、すごいよね。ゴールがずっと先にあって見えないのにがむしゃらに頑張れて」


「そんなことは……俺なんて何も頑張ってないしさ」


 自分で言ってて悲しくなる。それに俺は恵瑠えるの方がすごいと思う。死というゴールを決めて、それでもなお努力し続けるんだから。

 俺だったら死ぬまで楽をしようとどんどん堕落していく。


金雀枝えにしだくんだって頑張ってるよ。自分が気付いてないだけ……で……」


「え?」


 恵瑠えるが突然意識を失った。だらんと力が抜けて後ろに倒れる。

 咄嗟に腕を伸ばして恵瑠えるの体を支えるが、意識を失った人間は想像以上に重く感じた。


円寺えんじさん。円寺えんじさん! 恵瑠える!!!」


 必死に名前を呼ぶが返事がない。

 周りの生徒達も何が起きたのかとザワついて混乱している。


「誰か保健室! 救急車を!」


 俺が必死に叫んでも誰も手を差し伸べてくれない。

 それもそうか。恵瑠えるのことは知っていても、俺のことなんて誰も気に留めない。

 これが逆なら恵瑠えるに良いところを見せようとこぞって手伝ってくれるんだろうな。


 クソッ! 俺にもっと人望があれば。

 ゆっくりと恵瑠えるの体を廊下に下ろし、冷えないように自分のブレザーを掛ける。


「もしもし。すみません。救急車を。はい。はい」


 きっと保健室ではどうにもならない。

 もし軽症で救急車を呼ぶほどじゃなくても知ったことじゃない。俺が怒られれば済む話だ。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 救急隊の前に先生達が駆け寄ってきた。何の前触れもなく倒れたこと。救急車はもう呼んだことを説明した。

 引率は担任の浅倉先生が行くとのことで俺は帰宅するように指示を受けた。

 俺にできることは何もないので大人しく従う。


【どう? 大丈夫?】


 たった一言のメッセージを打っては消し、打っては消しを繰り返しているうち、いつの間にか朝になっていた。

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