第20話

 よ~い。スタートだドン!


 始まったのはかんたんモードでノーツはゆっくりと流れていく。

 先程のようなスーパープレイを期待していた人達はため息を付いて去っていった。

 しかし、それでもほとんどギャラリーの人数は変わらない。

 なぜならそこには天使が居るから。もはやゲームではなく人を見てるような状態だ。


「ここは……こうかな。うん。わかってきた」


 二度目のプレイ。そしてスーパープレイや他の人のプレイを見てイメージトレーニングを重ねた円寺えんじさんは遥かにうまくなっていた。

 それでも外国人はオールパーフェクトなのでスコアは到底及ばない。


「あの外国人がミスらないと天使ちゃん勝てなくない?」


「そうなんだよ。いくら円寺えんじさんが練習してうまくなっても、良くて引き分けなんだ」


「だったらなんで止めなかったのよ!」


円寺えんじさんがすごいやる気だったから……」


 こうなることは目に見えていた。でも、高3で死ぬと決めている女の子に後悔を残してほしくない。

 まずは死んでほしくないんだけど、それでも俺は円寺えんじさんの願いをできるだけ叶えてあげたかった。


「うう~~天使ちゃん」


 実際にプレイする円寺えんじさんの目は全然諦めていない。むしろそれを見守る小山内おさないさんの方が今にも泣き出しそうだった。


「スゴクうまくなってマス。だからワコウドはスキです」


「どういたしまして。では、二戦目お願いします」


 よ~い。スタートだドン!

 円寺えんじさんは確実にコツを掴んでいた。見てる限り、かんたんモードはノールがゆっくりな分、確実にど真ん中で叩かないとパーフェクトにならないらしい。

 勢いで誤魔化せない丁寧なプレイが要求されるようだ。

 ゲームに不慣れで高い集中力を発揮する円寺えんじさんだからこそ、この勝負の中で成長できるのかもしれない。


「天使ちゃん、どんどんうまくなってるね」


「うん。だけど、あの外国人もすごい。また全部パーフェクトだ」


 上級者が初心者を相手するゆえの油断や慢心が微塵もない。

 そんな人に勝てたらさぞ気持ち良いだろうし相手の印象にも残るだろうけど、勝ち筋がまったく見えない。


「ねえ、何か方法はないの?」


「方法って言われても、もう相手がミスする以外に勝ち目は」


「うう~~~」


 相手のミス……そうか! でも、これって反則というか卑怯だよな。


「……万里花まりかさん。円寺えんじさんが勝つ可能性があるなら何でもできる?」


「もちろん! 天使ちゃんのため悪にも手を染めるわ」


「いや、それは円寺えんじさんが悲しむから悪には染まらないでほしんだけど」


 俺はポケットからティッシュを一枚取り出し、細くねじってこよりを作った。


「自分でやっても効果は薄い。万里花まりかさん、これで俺の鼻の中をくすぐって」


「はぁ!?」


「たぶん効果があるのは1回だけ。できればノーツが多いサビだと良いけど、とにかく俺にくしゃみをさせて」


「……それが天使ちゃんのためになるのね?」


 無言でこくりと頷く。これは妨害じゃない。ただくしゃみをするだけだ。

 円寺えんじさんがシュート練習の時みたいに集中しきっているなら俺のくしゃみには気付かない。

 あとは外国人がくしゃみに驚いてミスするのを祈るだけ。


「エンジェルは本当にスゴイデス。次はオールパーフェクトなんじゃないデスカ?」


「それでも引き分けですけどね」


「ノンノン。何が起きるかワカラナイのが勝負の世界デス」


 その何かを俺は起こそうとしている。

 円寺えんじさんの集中力を信じて、俺がくしゃみを出せると信じて、外国人が驚いてくれると信じて。


 よ~い。スタートだドン!

 ゲームの開始と同時に小山内おさないさんは俺の鼻にこよりを突っ込んだ。


「ふぇ……ふわぁ」


「気持ち悪い声出さないでよ!」


 我ながら気持ち悪いと思う。だけど仕方ないじゃないか。こんな経験初めてなんだから。

 円寺えんじさんなら初めてで失敗するんだろうな。だけど俺は円寺えんじさんじゃない。要領は悪いけど、円寺えんじさんに彼氏の練習役を任された男だ。

 まだ慌てる時間じゃない。サビのタイミングで大きなくしゃみをかましてやる!


「おおー! あの女子高生もここまでパーフェクトだ」


「外国人の方も3連続オールパーフェクトでしょ? すごくない?」


 くしゃみを出すことで手一杯なのでゲームの様子を見られないけど、ギャラリーの反応を聞く限り二人ともパーフェクトで進んでいるようだ。


 あとは俺のくしゃみ次第。くしゃみで彼女をアシストなんてカッコ悪いけど何を今更。

 最高の彼氏じゃないからスマートさなんていらないんだ!

 頑張れ俺の鼻。くしゃみを出してくれ!


「あ、ごめ……なんか、ウチの方が……」


 小山内おさないさんの手が止まる。


「え? ちょっ!」


「ぶわっくしょん!!!」


 曲がサビに入ると同時に、その小さい体からは想像できないようなオヤジっぽい大きなくしゃみを小山内おさないさんが放った。


「ワッツ!?」


 外国人の手が一瞬とまり連続ノーツを叩き損ねる。

 一方、円寺えんじさんは集中を乱すことなくパーフェクトのコンボを繋いでいた。


「ビックリした……」


「さすがにあの外国人さんもコンボ切れちゃったね」


「だけどあのJK。全然ペース変わらないぜ」


 うん。作戦は成功だね。思ってたのとちょっと違うけど。


金雀枝えにしだ……」


「うん?」


「ウチのくしゃみのこと、誰かに言ったら殺すから」


「は、はい」


 安心してほしい。俺にはそれを言いふらす友達が居ないんだ……。


 ドドドンッ!

 最後の連続ノーツを処理してゲームは終了した。

 オールパーフェクトを達成した円寺えんじさんと、途中でミスをした外国人。

 勝ったのはもちろん


「うおおお!! JKが勝ったぞ!」


「可愛くてゲームがうまいとか最高じゃん!」


 ギャラリーは歓喜の声を上げている。


「ハッハッハ! あのビッグくしゃみに驚かないなんて、エンジェルは鉄のハートデスネ」


「え? くしゃみ?」


「ワッツ!? まさかキヅイテないのデスカ? すごい集中力デス」


 外国人は目をくわっと見開いて円寺えんじさんを見つめている。よほど衝撃的

だったんだろう。


「すごーい! 天使ちゃんおめでと~」


 ものすごい勢いで抱き付く。本当は俺の役目であってほしんだけど、この勝利の功労者は小山内おさないさんだ。これくらいのご褒美があってもいい。


「ハッハッハ! まさかボクが負けるとは。ヤクソク通り何でも願いを叶えてアゲマス」


「う~ん。急にそんなことを言われても……ねえ?」


「ゲーセン通いできっとお金なんてないわよ」


万里花まりかちゃん、失礼だよ」


 平日からゲーセンに居る外国人。それもかなりの腕前となるとかなり怪しい。実は石油王の道楽息子とかなんじゃないか?

 だとしたらこの人が最高の彼氏?


「今スグじゃなくても、今度会った時もカマイマセン」


「そんなこと言って逃げる気でしょ?」


「ノンノン。ボクはしばらくこの辺にスンデマス」


「それなら今日のところは何もなしってことで」


「天使ちゃん本当にいいの? 逃げるかもしれないよ!」


 あくまで権利は円寺えんじさんにあるというのに小山内おさないさんがグイグイくる。最初はものすごく怪しんでいたくせに手の平返しがすごい。


「それよりもちょっと人が集まり過ぎてるかな。また変な人に絡まれるかもしれないから、今日のところは帰らない?」


 天使のような女子高生がスーパープレイでギャラリーを魅了した。

 そんな情報がSNSで拡散した可能性がある。これ以上の長居は無用だ。


「いい? ウチはあんたの顔覚えたからね!」


「あの、すみません。すごく楽しかったです」


「ハッハッハ! コチラコソ」


「そうだ。お名前を伺っていいですか? 俺は金雀枝えにしだ夏希なつきって言います」


 円寺えんじさんとの約束の件もあるし、それになんだかまた会いそうな気がした。


「オウ! そういえばマダ名乗ってませんデシタ。マイケルとイイマス」


「私は円寺えんじ恵瑠えるです。それでこちらが」


万里花まりかよ。フルネームは明かさないでおくわ」


「ワーオ! マリカ! ヒャッフー!」


 マイケルさんはマリカと聞いてさらにテンションが上がった。あのレースゲームも好きなんだろうな。


「うう~~! 絶対天使ちゃんの願いを叶えてもらうんですからね! 覚えてなさい」


「それでは、失礼します」


 まるで悪役のように去る小山内おさないさん。さすがにこんな別れ方では日本の高校生の品位を問われなけないのできちんと頭を下げた。


「ナッキー、エンジェル。またオアイシマショウ」


「ちょっとウチは!?」


「ハッハッハ! もちろんマリカもデス」


 悪い外国人に絡まれたのかと思ったけどマイケルさんはすごく陽気で良い人だった。


「ゲームセンターって楽しいね」


「今日のはすごく特別な感じだと思うよ?」


 普通はあんなスーパー外国人に絡まれないしギャラリーも集まらない。


「さすがは天使ちゃんね。学校だけでなくゲームセンターでも天使だった」


「それも万里花まりかさんのおかげだよね」


「うん。ありがと万里花まりかちゃん」


「んふふふふ」


 小山内おさないさんの顔がデレッデレになったのも束の間、俺をギロリと睨みつける。


「あのことを言ったら殺す。オーケー?」


「お、オーケー」


 今日の勝負のことはあまり話題に出さないようにしよう。うっかりくしゃみのことを話したら円寺えんじさんが死ぬ前に俺が殺されてしまう。


「あー、本当に楽しかった。二人とも今日はありがとう」


「なに言ってるの。これから暇な日は絶対に遊びに行くわよ」


「うん。その時は金雀枝えにしだくんも一緒にね」


 小山内おさないさんがマジで? みたいな露骨に嫌な顔する。


「いや、二人で遊びに行きなよ。女同士水入らずでさ」


「……たまになら」


「え?」


「たまになら、あんたも一緒でいいわよ。天使ちゃんも楽しそうだし」


 ちょっと不満そうだけど、今までよりも少しだけ表情が柔らかくなって気がする。


「っていうか、天使ちゃんと二人きりで遊びに行くのは禁止ね。ウチが見てないところで何するかわからないから!」


「あー、はいはい。わかりました」


「わかってなーい!」


 キーっと両手を上げて怒る姿もだんだん可愛らしく思えてきた。

 きっと円寺えんじさんと二人で遊びに行ってあらぬ誤解を生まないようにフォローしてくれてるんだ。


 実は先週末に二人で会ったことは絶対に秘密だと改めて天に誓った。

 なんだか円寺えんじさんと小山内おさないさんそれぞれに秘密ができてしまって人間関係の難しさを高校生にして知った気がする。


「ふふ。万里花まりかちゃんと金雀枝えにしだくんが仲良くなったみたいでよかった」


「別に仲良くないから!」


 仲良くはないけど、敵対関係ではなくなった。

 友達のいないぼっちの俺からしたら、斜め後ろの席に座る人の関係が少し改善したのは喜ばしいことだ。


「あ、それじゃあ、私と万里花まりかちゃんはこっちだから」


「うん。また明日」


「今日はあんたを誘って少しは役に立ったわ。ウチの采配が光ったわね」


「さすが。万里花まりかさんはすごいなー」


「なんで棒読みなのよ!」


 俺もだんだん小山内おさないさんの扱い方がわかってきた。適当にあしらうのが一番だ。


「今日は楽しかった。ありがとう」


 夕陽に照らされる笑顔はとても綺麗で、それなのにこのまま消えてしまいそうな切なさも感じた。

 今このまま別の道に進んだら二度と会えないかもしれない。そんな不安がよぎった。

 だけど俺には勇気がなくて、円寺えんじさんの手を掴むことはできなかった。


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