第19話

 ドコドコドンドン、カッカッ! ドコドン

 ゲームセンターに到着するなり太鼓を鳴らす男が聞こえた。

 筐体が入口付近に設置してあり道行く人がプレイをチラ見していく。


「なんか恥ずかしいな」


「天使ちゃんの華麗なプレイを独り占めできないのは悔しいけど、世間に天使ちゃんの素晴らしさを広めるチャンス。ぐぬぬ……どうすれば」


 本当に小山内おさないさんは円寺えんじさんの何なんだ。


「とにかくあの人が終わったら遊んでみようか。二台あるから対戦してみる?」


「私は天使ちゃんと争えない。金雀枝えにしだ、あんたに譲るわ」


「ありがとう。お手柔らかにね。円寺えんじさん」


「こちらこそだよ。初めてだけどちゃんとできるかな」


 楽しさ半分、不安半分と言った顔だ。

 かんたんモードならそんなにノーツが流れないはずだし、円寺えんじさんの運動神経なら練習なしでもそれなりにプレイできるだろう。


「あ、終わったみたい」


「よし。それじゃあやろうか」


 腕まくりをして気合を入れる。もしかしたら俺が円寺えんじさんに勝てるチャンスだ。 

 別に勝ったから何をしてもらうわけじゃないけど、人生で一度くらいは勝ってみい。


「ふふ。よろしくね」


 筐体に100円硬貨を2枚入れてゲームスタート。


「曲は円寺えんじさんが選んでいいよ。好きな曲あるんでしょ?」


「ありがとう! お言葉に甘えて」


 円寺えんじさんが選んだのは小学生の頃に放送していた魔法少女アニメの主題歌だった。


「こういうの好きなんだね」


「子供っぽいって思った?」


「ううん。俺も見てたから懐かしいなって」


「ウチも! ウチも見てた!」


 急に話に割り込んで必死にアピールする小山内おさないさん。こういう所はちょっと幼いというか可愛らしい。


「それなら俺と交代する?」


「天使ちゃんとは争えない~~~!!」


 苦悶の表情を浮かべてうなだれた。一緒に遊びたいけど対戦はしたくない。円寺えんじさんと小山内おさないさんペアはゲーセンで遊ぶのに向いてない気がしてきた。


 よ~い。スタートだドン!

 筐体からゲーム開始を知らせる声が響いた。

 小山内おさないさんの相手をしていたので一瞬反応が遅れる。一方、円寺えんじさんはゲーム画面を真剣に見つめ、タイミング良く太鼓を叩いて……いなかった。


「くっ! なんか微妙にタイミングがズレる。このカッ! てやつも反応しないし」


 ゲームなら苦戦しないと思っていたが、それは俺の勘違いだったようだ。

 かんたんモードでこの体たらく。円寺えんじさんは本当に不器用らしい。

 出だしこそ遅れたものの、ゆっくりと画面に流れるノーツに合わせて太鼓を叩くだけなので余裕で逆転できた。


円寺えんじさん、どうだった……?」


 接戦の末に勝ったのなら素直に喜べるけど、終始ボロボロだった円寺えんじさんの姿を見るとまったく喜べなかった。


金雀枝えにしだ! あんたこのゲームのプロね!?」


「プロじゃねーよ! 俺みたいのと比べたらプロに失礼だわ!」


 超むずかしいモードなんてクリアするだけでも難しいと聞く。それをハイスコアで、さらにプレイの仕方も美しいのがプロプレイヤーらしい。


「天使ちゃんのカタキはウチが取るから」


「っと、その前に次の人に交代だ」


「そ、そうね。ふふ。勝者の余裕ってやつかしら」


 なんだかド素人相手にイキってるみたいで恥ずかしい。

 俺自身は全然イキってないのに小山内おさないさんがそういうキャラに仕立てあげようとしている。やっぱり俺、小山内おさないさんが苦手だ。


「まあ初めてだし仕方ないよ。他の人のプレイを見ると参考になるかもよ」


 そう言って俺達は一旦筐体の前から去った。

 次のプレイヤーは金髪で背の高い外国人男性だ。まるでハリウッド俳優のようないで立ちでゲーセンに似つかわしくない。


「サンキュー。ボクのプレイ。見ててクダサイ」


「お、おう? イエス」


 ちょっとイントネーションはおかしいけど流暢な日本語を話す男性。

 それなのに思わず英語で返事をしてしまった。

 彼が選択したのはさっき俺達が遊んだ曲。しかし、その難易度は超むずかしいモードを選んでいた。


 俺はゴクリと唾を飲む。もしかしたら超一流のプレイヤーなのかもしれない。

 そんな世界レベルのプレイを間近で見られると思うと全身に緊張が走った。


 よ~い。スタートだドン!

 スタートの合図と共に大量のノーツが高速で流れていく。

 ドンッ! とカッ! が入り乱れ、ただ見ているだけなのに脳内で処理が追い付かない。

 俺がゲーム画面の目まぐるしさに困惑する一方、謎の外国人は華麗にノーツを処理していた。


「す、すごい」


 思わず感嘆の声が漏れる。


「マジであの叩き方で合ってんの? 適当に叩いてるんじゃない?」


 小山内おさないさんの疑問はもっともだ。だが、


「スコアがどんどん伸びてる。あと、体力も減ってないでしょ? 早くてよく見えないけど全部パーフェクトで叩いてる」


「ごめん金雀枝えにしだ。あんた全然プロじゃないわ」


「わかってくれて嬉しいよ」


 あの程度でプロなんて本当におこがましい。ゲームの世界だってスポーツみたいに練習を積んだトッププレイヤーがたくさんいるんだ。


 ダダダンッ!


 最後の連打を終えてプレイ終了。スコアはこの店のトップを記録したらしい。


 パチパチパチパチ


 いつの間にか店の周りに集まっていたギャラリーが外国人に拍手を送る。

 どんなゲームかを知ってる人はもちろん、ゲームを知らなくても芸術的なバチさばきが心に刺さったんだと思う。


「フフ。どうだい。ボクのプレイは?」


「凄すぎて見えなかったです」


「ハハハハ。練習すればキミたちもデキルヨ」


「いや、ウチらは普通の高校生なんで……」


 小山内おさないさんがちょっと引いている。たしかにあのレベルに到達するにはたくさんの時間と100円玉を使わないといけない。


「ドウデスカ? ここで会ったがヒャクネンメ。ボクと勝負シマセンカ?」


「「勝負!?」」


 俺と小山内おさないさんが同時に声を上げた。


「いや、俺達じゃ話にならないって言うか、初めてなんです。このゲームで遊んだの」


「モチロン。チョーむずかしいじゃないです。カンタンで勝負デス」


 超むずかしいモードでパーフェクトを出せるってことは、かんたんモードなんて目を瞑っててもパーフェクトを出せるレベルだ。

 つまり俺達に勝ち目はない。


「初めて会ったウチらに勝負を挑むなんて、あんたの目的はなに!?」


 自分よりはるかに大きい相手にひるむことなく小山内おさないさんが睨みつける。

 頼もしいと思う反面、ただオドオドするだけの自分が情けない。


「キミ達がプリティーだから一緒に遊びたいだけデスヨ」


「プ、プリティーって。見る目はあるじゃない」


 たぶん子供みたいって言われてるだけだぞ。なんて野暮なツッコミはしない。


「あの、でも、かなり注目されてますし。俺達じゃ釣り合わないっていうか」


「ソウデスカ? そこのエンジェルはそうは思ってナイみたいデスケド?」


 円寺えんじさんは真剣な眼差しで他の人が遊んでいる様子を見つめていた。

 画面に合わせて太鼓を叩くような動作もしている。


「3回遊んで、1回でもボクに勝てたらキミ達の勝利デス。キミ達が勝ったら何でもお願い叶えてアゲマス」


「ウチらが負けたらどうするつもりよ? まさか……」


 円寺えんじさんはもちろん、小山内おさないさんだって美少女に分類される。

 俺はどこかの地下施設で強制労働させられ、二人は……。


「ハッハッハ! ナニもしませんよ。キミ達にデメリットなしデス。ボクはただジャパニーズエンジェルと遊びたいのデス」


「うーーー」


 この外国人、すごく陽気で礼儀正しいけど、どこか胡散臭くもある。

 だけどあのプレイを見ると純粋に俺達と遊びたいだけとも思える。


「ねえ、二人とも。私が3回勝負してもいいかな?」


「え?」


「超むずかしい……だっけ? あれを今すぐ覚えるのは無理だけど、かんたんモードなら練習すればいける気がする」


 負けず嫌いというより、この外国人の記憶に自分を刻みたいのだろう。

 きっと今日しか会わない相手だし、死んだとしてもわからない。

 それでも、死んだあとに『あの女子高生は強かった』と想いを馳せてもらえるかもしれない。円寺えんじさんは最高の死に方に向けてどんな準備でもする女の子だ。


「天使ちゃんマジ?」


「うん。巻き込んでごめんね。でも、万里花まりかちゃんが見てくれたら私、頑張れる気がするから」


「ん~~~~!!!」


 ポーっと湯気が出んばかりの勢いで顔が真っ赤になった。

 円寺えんじさんは本当に小山内おさないさんの扱いがうまい。


金雀枝えにしだくんもごめんね」


「いいよ。それにもしこの人が危ないやつだったら……全力で警察官呼んでくる」


「あはは。金雀枝えにしだくんが倒してくれるんじゃないんだ」


「こいつが戦うよりお巡りさんの方が安心よ。あんたにしては賢明な判断ね」


 うん。これはお褒めの言葉として受け取っておこう。


「エンジェルがボクと遊んでくれるデスカ?」


「はい。よろしくお願いします」


 深々とお辞儀をする円寺えんじさん。それに合わせるように外国人もぎこちなく頭を下げた。


「ねえ、なんで天使ちゃんのことをエンジェルって呼ぶの? 実は知り合いとか?」


「おさ……万里花まりかさんが天使ちゃんって呼ぶから名前だと思ってるんじゃない?」


 あるいは外国人の目から見ても円寺えんじさんはまさに天使、エンジェルなのか。

 もしそうなら円寺えんじさんの努力は海を超えていることになる。本当に死んでしまうなんてもったいない。


「曲は……同じヤツでイイデスカ?」


「はい。そうじゃないと練習の成果を出せないので」


 リズムゲームはその特性上、ノーツがランダムになるパターンは少ない。

 目では追えない高速譜面は体で覚えて反応しているらしい。

 華麗なバチさばきを見せた外国人と天使のような美少女のような対決に続々とギャラリーが集まってきた。


「ちょっと。なんか騒ぎになってない? 大丈夫?」


「注目の対戦になるとゲーセンではよくあるらしいよ」


 だから学校で問題になるようなことはない……はずだ。そう信じて今は見守るしかない。

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