第18話

 放課後、再び小山内おさないさんに声を掛けられた。


「ねえ、昨日のお詫びってわけじゃないけど、天使ちゃんとウチの3人に遊びに行かない?」


「ええ!?」


 まさか小山内おさないさんからお誘いを受けるなんて思ってもみなかったのでオーバーリアクションになってしまった。


「そんなに驚かなくてもいいでしょ!」


「いや、だって、小山内おさないさん俺のこと嫌いかなって」


「別に嫌いじゃないわよ。天使ちゃんを守ってくれたし」


 もじもじしながら話す姿は完全に小学生だ。


「部活はいいの? バスケ部って毎日練習してそうなイメージだけど」


「まだ仮入部だし今日はいいの。それに、ちょっと気まずいし」


 円寺えんじさんの話によると、小山内おさないさんが先輩に怒ってくれたんだっけ。

 仮入部の一年生が、それも男子部の先輩に怒るってそりゃあ気まずいよな。


円寺えんじさんは予定ないの?」


「私は平気よ。クラス委員の仕事が本格的に始まったら放課後に遊びに行くのは難しくなるかもだし」


 円寺えんじさんはとっても楽しそうだ。放課後に友達と遊びに行くのは練習が不要だからなのか、それとも中学時代に遊びもたくさん練習したのだろうか。

 いつも初めてのことは緊張しがちな円寺えんじさんがすごくリラックスしてるように見えた。


「で、どうなの? 行くの? 行かないの?」


 昼休みの時は多少しおらしかった小山内おさないさんがまた高圧的に感じに戻っている。

 ちっちゃい体に謎の威圧感。これぞ小山内おさないさんって感じでもはや安心感すら覚える。


 チラリと円寺えんじさんの方を見ると、子犬のように目をウルウルさせていた。

 ああ、一緒に来てほしいって顔だな。至らぬ点も多いけど一応は最高の彼氏として振舞わないといけないので返事はもちろん


「二人の邪魔にならないなら……」


 ここで華麗な返事ができないのが俺だ。小山内おさないさんは罪悪感から俺を誘ってるだけで、きっと円寺えんじさんと二人きりが良かったんだ。

 俺は自分の立ち位置をちゃんとわきまえてるんだ。


「よかった。金雀枝えにしだくんと遊びに行くの初めてだから楽しみ」


「ああ、うん」


 余所行きってわけでもないんだけど、全人類が惚れてしまいそうな天使の笑顔を見せつけられた。

 本当は一緒に公園にも行ってるし、円寺えんじさんの部屋にも上がってるけど、設定上は初めて遊びに行くのか。

 さすが円寺えんじさん、状況設定に抜かりがない!


「ちょっと金雀枝えにしだ。天使ちゃんと一緒に遊びに行けるのよ? もっと喜びなさい。やり直し」


「え?」


「え。じゃないわよ。ウチがクラスのみんなを説得して『これはデートじゃなくて視察。政治家の人達がやるような視察だから』って納得してもらったのよ!」


「ちょっと待って! どういうこと!?」


「天使ちゃんと放課後に遊びに行くなんて全男子の夢。その相手があんたみたいなヘボい男だとしたらどう思う?」


「……殺意が沸く?」


「その通り」


 正解したのに全然嬉しくない。


「それをクラス委員としてある程度は連携を取るために視察と称して遊びに行けるように説得したわけ。言うなればウチはブレーンね」


 ドンッ! と薄い胸を自慢げに張る小山内おさないさん。


「つまり、円寺えんじさんと一緒に遊びに行ける喜びと、小山内おさないさんへの感謝をもっと表現しろと?」


「あら、察しがいいわね。そうよ。ウチへの感謝も忘れてはいけないわ!」


 頼んだわけでもないのに勝手に根回しされて、それを感謝しろとはずいぶんと傲慢な話だ。

 だけどまあ、こんな奇跡みたいな状況になったのは小山内おさないさんのおかげなのは間違いない。


「それと、小山内おさないって呼び方はやめろって言ったでしょ?」


「あ、ごめん。万里花まりか……さん」


 仮とは言え彼女である円寺えんじさんですら苗字にさん付けなのに、女子を下の名前で呼ぶのはものすごく恥ずかしい。


「なんか金雀枝えにしだにそう呼ばれるとむずかゆいわね。苗字で呼ばれるよりマシだけど」


「まあまあ。それより早く行こう?」


「そうね天使ちゃん」


 相変わらず変わり身が早い。二重人格なんじゃないと疑うレベルだ。


「ほら、ボーっとしてないでさっさと付いてくる」


「は、はい」


 思わず敬語になってしまう。体は小さいくせに妙に威厳があるんだよな。


「それと、ちゃんとウチらと並んで歩きなさいよ」


「私達、三人で遊びに行くんだもんね?」


 仕方なくといった雰囲気を醸し出す小山内おさないさんと、なんだか嬉しそうな円寺えんじさん。全く対照的な二人なわけだけど、間に入るのは忍ばれる。

 左に立てば隣には不機嫌な小山内おさないさん。右に立てば隣には上機嫌な円寺えんじさん。

 普通に考えれば右に行きたいところではあるんだけど


「廊下であんまり広がると邪魔になると思うんだけど」


「それは臨機応変に金雀枝えにしだが避けなさいよ」


 小山内おさないさんの隣に立つことを選択した。うかつに円寺えんじさんの横に立つと怒られそうだし。それに並んで歩けと言ったのは小山内おさないさんだ。


「天使ちゃんの隣に行くと思ってた」


「どうして?」


「あんただってウチのこと嫌いでしょ?」


「そんなことはないよ」


「ふーん」


 邪険に扱われてるけど、円寺えんじさんと俺のことをちゃんと考えてくれてる。好きとか嫌いとか簡単には言い表せない関係だとは思う。


「こうして三人で並ぶと親子みたいだよね」


 円寺えんじさんが笑顔でとんでもない爆弾を放り投げてきた。


「ちょっと天使ちゃん。どういう意味かな?」


 さすがの小山内おさないさんもややキレ気味だ。


「だって万里花ちゃんちっちゃくて可愛いんだもん」


「か、かわっ!」


 理由になってないし言い訳にもなってない。だけど円寺えんじさんに可愛いと言われた小山内おさないさんは顔が爆発しそうなくらい赤くなっている。

 それにしても親子か。仮に今この瞬間に子供を生んだとしても高3で死んだら小学生の娘と一緒には歩けない。

 絶対にあり得ない未来だと決めているから、この三人の並びを親子のように感じたのかもしれない。


「天使ちゃんの子供になれたら嬉しいけど、父親が金雀枝えにしだじゃ台無しね」


「うぅ……ひどい」


 学校の天使と、その天使となぜか一緒にいる底辺ぼっち。この組み合わせから生まれる子供の人生はとてもじゃないけど想像できない。

 水と油が混ざらないように、本来なら俺と円寺えんじさんの人生はここまで深く交わらないはずなんだ。


「ああ、でも。たまにすごく綺麗な奥さんとハゲ散らかした旦那の組み合わせっているわよね。何か弱みでも握られてるのかしら。は……っ! まさか金雀枝えにしだ


「ないない! 弱みなんて握ってない!」


 ものすごい疑いの目で見られたので首を全力で横に振って否定した。

 いや、秘密を知ってはいるから完全否定も嘘にはなるんだけど……。


「大丈夫だよ万里花まりかちゃん。もし金雀枝えにしだくんに脅されたら万里花ちゃんに助けてもらうから」


「うん! 全力で助けるね!」


 円寺えんじさんに頼られてよほど嬉しいのか満面の笑みを浮かべている。こうしていれば可愛いと思うんだけどな。


「ちょっと金雀枝えにしだ。なにいやらしい目で見てるのよ」


「いやらしい目なんてしてないから!」


 右にいる円寺えんじさんに話す時と、左にいる俺と話す時で表情が全然違う。

 これだけ表情がコロコロ変わると周りの人達も楽しいんだろうな。

 いろんなわがままが通るのもある種の才能なんだと実感する。


「ところで、どこに遊びに行くの?」


「本当は天使ちゃんと洋服を見に行きたいんだけど、今日は金雀枝えにしだもいるから」


 ギロリと俺を睨みつける。誘ったのは小山内おさないさんの方じゃないか。


「ゲームセンターに行こうと思う。金雀枝えにしだ、ゲーム得意でしょ?」


「まあ、人並みには」


 勉強も運動もできない。おまけに運もない俺はガチャの引きも悪い。

 基本プレイ無料のソーシャルゲームもやるにはやるけど、ソフトを買えばちゃんと遊べる家庭用ゲーム専門だ。

 だからゲームセンターにはほとんど足を踏み入れたことがない。とは言えゲームはゲーム。どうにかなるだろう。


「せっかくあんたのホームに連れていってあげるんだから感謝しなさい」


「別にホームって訳では……」


 外見だけでゲーム好きと判断したのは間違えじゃないけど、どこかちょっとズレてる。

 陽の者が陰の者の生態なんて知るはずないもんな。


「私、ゲームセンターってちゃんと行くのは初めてかも。プリクラを撮るくらいかな」


「実はウチも……というわけで、あとは任せたわよ」


「ええ……」


 そんなに期待されても困る。俺だってゲーセン初心者だぞ。


「実は私やってみたいゲームがあるんだけど、それで遊んでもいいかな?」


「もちろん! どんなやつ?」


「太鼓のやつなんだけど。ゲームセンターの前を通った時に私の好きな曲が流れてたんだ」


「ああアレね。たまにすごい人がいるわよね」


 太鼓の鉄人。見た目通りリズムに合わせて太鼓を叩くゲームだ。家庭用にも移植されている人気シリーズで、極めた人の動きはもはや人間技を超えている。


「あのゲームならどこのゲーセンにもあると思うよ」


「本当! 楽しみ」


 初めてのゲームなんて練習なしで大丈夫かと心配になるけど、失敗しても学校の成績に影響するわけじゃない。


 それに失敗しても、円寺えんじさんの秘密を知ってる俺や大ファンの小山内おさないさんなら何も気にしない。

 努力や練習とは無縁のところで純粋に楽しめる場所ができるなら、それは俺にとっても嬉しいことだ。


「そうと決まれば急ぎましょう。高校生だけだと制限時間あるらしいから」


金雀枝えにしだくん走れる?」


「今日だって学校に来たんだから走れるでしょ」


 小山内おさないさんは俺が筋肉痛になっていることを知らない。その理由を知ったら発狂しそうだから本当のことは言えない。

 あくまで俺は昨日ちょっと運動しただけで筋肉痛になっていない設定なんだ。


「もちろん。大丈夫だよ」


 鉛のように重くなった太ももを一生懸命動かして走る。

 俺が満身創痍なのを差し引いても円寺えんじさんと小山内おさないさんは足が速かった。


「ひぃ~~~辛い」


 やっぱり俺みたいなやつが放課後に女子と遊びに行くなんて分不相応なんだと実感した。

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