第16話
「着替え終わりました」
更衣室に入ったらいきなりボコられるとか、罠が仕掛けてあるとか想定してたけど何事もなく着替えられた。
俺が思っていたよりは悪い人達ではないらしい。
「おせーぞ! まずは体育館10周してこい」
「はい!」
他の部員はボールを使っているのに俺だけ走らされる。きっとみんなすでに走り終わってるだけなんだ。
それにボールを使わない方が気が楽だ。筋肉痛の脚が重いけどこのまま時間が過ぎ去ってくれるのを信じて走り出した。
すると女子バスケ部の方がざわめいた。
「キャー! 天使ちゃん超似合ってる」
ひときわ大声を出しているのは小山内さんだ。
あんな声を出したら先輩に怒られそうなものだがそんなことはなく、むしろそれをきっかけに男子部員も一旦練習の手を止めて女子の方に駆け寄っていった。
髪はポニーテールにしてうなじが見えている。
借り物のユニフォームからは細くて長い腕が伸びて、制服の時よりも胸の膨らみがはっきりと見て取れる。
「うお! マジだ」
「ユニフォーム似合うね。もう完全に部員じゃん」
「このまま入部しない?」
もはや不健全とも言えるユニフォーム姿にチャラい男達が
そんな様子に女子部員達は不満げな表情を浮かべていた。
「せーんぱーいー? あんまり天使ちゃんを困らせたらウチが怒りますよ?」
「ははは。それは恐いな」
「ごめんね天使ちゃん」
小山内さんがほっぺを膨らませると男達は練習に戻っていった。
その小学生みたいな怒り方に場が和んだのか女子の先輩も機嫌を取りも出したようだ。
「万里花ちゃん、ありがとね」
「なんのこと? 私は天使ちゃんを困らせるやつが許せないだけ。あのクラス委員とか」
ずいぶん離れた位置にいるはずなのに殺気を感じた。
ああいう風にすごく好いてくれる友達がいるのも
「一年ぼーっとしてんな!」
「すみません!」
練習を止めてたのはみんな同じなのに俺だけ怒られた。ユニフォームじゃなくて体育着なのはたぶん同じ一年生。
やっぱり俺の扱いだけ以上に悪いんだと確信できた。
小山内さんは徹底的に俺を部活という名目の元でいじめたいらしい。
「天使ちゃんうまーい! すぐレギュラー入りだよ」
「そんなことないよ。私、体力ないからずっと走れないよ」
女子部の方ではすでに
あそこまでいくとむしろ小山内さんが部内で浮くんじゃないかと思うが、あの小学生みたいなマスコット感が受けているらしい。
同級生だけでなく先輩からも嫌われない立ち位置を確保できるように努力したである
小山内さんが
「えにしだー。いやらしい目でこっち見てないで走ってくださーい」
俺のことなんて無視すればいいのに、わざと男子部にも聞こえるような大声で叫ぶ。
「おい! 走る気ないならこっちこい」
「はい! すみません」
何か悪いことをした覚えはないが、チャラ男に大声で呼ばれると反射的に謝ってしまう。
謝ってその場が収まればそれでいい。下手に反抗してもこっちは一人、相手はたくさんの味方がいる。
俺は勝てない戦いはしない主義なんだ。
「こっちもミニゲームやるから。特別に交ぜてやるよ」
「ありがとうございます」
お礼を述べたものの内心では嫌で嫌で仕方なかった。
絶対に俺をおもちゃにして楽しむ気だ。そんな意志がニヤついた表情から見て取れる。
「仮入部するくらいだから少しはできるんだろ?」
「いえ……そんな……」
「そう謙遜するなら一年」
さっきから一年、一年って。そう言えば自己紹介をしてない。小山内さんからは苗字で呼ばれてるけどそれを覚える気はないらしい。
「あまりお役に立てないと思いますがよろしくお願いします」
無礼な相手とはいえ一応先輩。一年生らしく礼儀正しく対応した。
そんな様子を
きっとカッコ悪いところを晒すだけだから見ないでくれ。あと、このチャラ男達が活躍するところを見てほしくない。
嫉妬ではなく、こいつらの目的が果たされるのが嫌だった。
「ま、せいぜい頑張れよ」
「……」
すごく見下されている。実際俺より背が高くて威圧感もある。
一矢報いてやりたい気持ちが芽生えたけど、それを恐怖心が上回って体が強張る。
筋肉痛も相まって自分がこのコート内で動く姿を全くイメージできなかった。
「特別にジャンプボールさせてやるよ」
ニヤニヤと笑いながらコートの中央に行くように促す。
相手はこの中で1番大きな先輩だ。仮に万全の状態だったとしても競り勝てるとは到底思えない。
「悪いな。天使ちゃんに良いところを見せるのは俺だ」
周りには聞こえないように小声でつぶやく。そんなことは言われなくてもわかって
る。俺はお前らのサンドバッグなんだろ?
「じゃあ始めるぞ」
ピーーーっとホイッスルの音が体育館の中に響くとボールが高く上げられる。
一応自分なりの全力でジャンプしたものの完全に体格差で負けた。
「うわっ!」
ボールに触れることすらできないどころか突き飛ばされてしまう。
「おら! 早く立て!」
味方チームの先輩にどやされる。
胸を打ったので息が苦しくて返事もできない。だけどこのまま倒れていたらどさくさに紛れて踏みつけられるかもしれない。
痛みを我慢して立ち上がると
「邪魔だ!」
今度は相手チームの先輩に突き飛ばされた。
これはもう完全にファールなんじゃないかと思ったが、審判だってバスケ部の人間だ。
もはやこのコート内に俺の味方はいない。
そうとわかれば逃げ続ければいい。ボールからも人からも。とにかく逃げる。そうすれば露骨なタックルもできないはずだ。
「ほれ、一年」
逃げると決めた途端にパスが回ってきた。
「うわっ!」
反射的に避けてしまった。
「なにしてんだ!」
この怒りはもっともだ。普通のバスケの試合なら俺が完全に悪い。
「すみません!」
とりあえず謝った。声を出すのも辛い。
逃げ続けるにしても一応チームメイトとして扱われていてパスが回ってくる。
もちろんそれは俺よりもうまいことを
相手チームはラフプレイで俺を潰そうとしてくる。
「一年! ボーっとすんな!」
「すみません!」
味方が声を掛けるのは俺を怒る時だ。だから反射的に謝ることしかできない。チームとして機能していない。
ただただ辛い地獄のような時間。
ちらりと女子部の方を見ると
彼女にあんな顔をさせるんじゃ、やっぱり俺じゃ最高の彼氏は務まらないな。
土日があまりにも良い日過ぎたんだ。その反動が今日。運の釣り合いが取れてるじゃないか。
「クソ一年! なにしてんだ!」
「すみません」
もう誰が敵で誰が味方なのか区別が付かない。
俺はこういう時に死にたいって思う。そういえば木曜日はゲームの発売日だ。まだ生きていられる。
こうやって浮き沈みを繰り返しながら這いつくばって生きていくんだろうな。
あれ? なんだか視界がぼやけてきたぞ。
本当に誰が誰だかわからない。でも、こっちに近付いてくる人影は……
こっちに来たら危ないよ。それとも最高の彼氏候補でも見つけたのかな?
それなら良かった。俺には荷が重い。
「おい! ボール行ったぞ!」
敵か味方かわからない先輩の声が聞こえた。その声に驚いたのか
このままだと
俺ではボールを華麗に受け止められない。それでも壁になることはできる。
体を大の字にして
「ふごっ!」
ボールは見事に顔面に当たった。つまり、
意識が遠退いていく。仮入部もこれでおしまいかな。へへ、やったぜ。
「
なんて綺麗な声なんだ。こんなにも透き通った声に呼ばれながら死ねたら、それは最高の死に方ってやつかもしれないな。
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