第15話

 翌日、特に成長を感じられないままバスケ部仮入部の日を迎えた。


「本当に仮入部するの?」


「もちろん。自分の彼氏が浮気したらイヤだけど、全くモテないのも私の評価が低いみたいで悔しいもの」


 それは暗に活躍しろってことだよな。周りには俺達が練習で付き合ってることは秘密だ。

 だから別にカッコ悪くても何も影響はないはずなんだけど……。


「早く金雀枝えにしだ無様ぶざまな姿を世に晒し、クラス委員をクビにしてやるわ」


 などと小山内おさないさんは張り切っている。別に仮入部で失敗してもクラス委員はクビにならないんだけどな。


「高校のバスケ部って中学から続けてる人ばかりでしょ? そんな人達と比べるのは可哀想だよ」


「いいえ。現に天使ちゃんはあんなに運動ができるじゃない。つまり、それに釣り合う男じゃなきゃクラス委員は務まらないの!」


 とんでもない理論だとは思いつつ、一理あるなとも思ってしまう。

 誰がどう見ても、そして自分でも、俺と円寺えんじさんは釣り合ってないと思うんだから。


金雀枝えにしだ、最期に何か言い残すことは?」


「俺は死刑囚かよ」


「それが最期の言葉ね。実にあんたらしいわ」


 体は小さいくせに腕を組んで堂々と薄い胸を張る姿はなんとも偉そうだ。偉そうってだけで別に偉くも何ともない。


「ちなみにバスケ部は男女で別れてるんだけど、どっちも今日は張り切ってるわよ」


「バスケ部は人気があるからもう部員いっぱいじゃないの? 仮入部の人が来るのがそんなに嬉しいんだ?」


「違う違う。天使ちゃんが来るからよ。もちろんウチもその喜んでる一人なんだけど」


 キャーっと頬を赤らめ身悶えする小山内さん。俺に対する態度と全く違う。


「天使ちゃんはウチと同じチームだからね。バスケが苦手ならサポートするし、得意ならばんばんシュートを決められるようにアシストするから!」


「あはは……ありがと」


 目をキラキラさせてグイグイ来る小山内さんにさすがの円寺えんじさんも戸惑いを隠せない。


金雀枝えにしだは男子チームだから。天使ちゃんに良いところを見せてやるって気合が入ってるわよ。せいぜい生きて帰られるといいわね」


「まあ、頑張るよ」


 そんなことだとうと思った。うまい男子部員に俺を放り込んでカッコ悪いところを円寺えんじさんに見せる。

 あわよくばラフプレイでボコボコにってとこだろう。

 下手に普段の生活で手を出せば円寺えんじさんに嫌われる可能性がある。だけどスポーツの試合中ならノーカンと考えたんだろう。

 健全なスポーツマンシップなんてありゃしない。


「さ、体育館に行くわよ!」


 小山内さんは鼻歌を歌いながら上機嫌で教室をあとにした。


「私が言い出したこととは言え、なんか変な展開になってごめん」


「いいんだよ。円寺えんじさんは悪くない。ここらで一旦憂さ晴らしでもさせておかないと後が恐いし」


「……」


「ほら、行こう。円寺えんじさんは疾風怒濤の活躍をして俺の方を見ないでくれると助かる」


「そんな訳にはいかないわ。せっかくの活躍の場だもの」


 どこまで本気で言ってるかわからないけど、円寺えんじさんはまだ俺が活躍すると信じているらしい。

 廊下はそれぞれの目的地に向けて歩く生徒で溢れていた。

 円寺えんじさんは誰にも悟られないようにそっと耳元で囁く。


「これじゃあ手は繋げないね」


「っ!」


 不意打ちに体温が上がる。


「あんまり距離が近いと怪しまれるよ?」


「変かな? クラス委員が並んで歩いてるだけだよ?」


「そうだけどさー」


 円寺えんじさんはクラス、学年どころか学校中で可愛いと話題になっている。

 そんな天使と並んで歩くのがこんなショボい男じゃ反感の一つや二つ余裕で買ってる。


円寺えんじさんが気にならなくても俺が気になるの。先に行ってるね」


 正直体育館には行きたくないけど、今こうして殺意の目を向けられて廊下を歩くのも辛い。

 どうせ行き先が地獄なら、道中の地獄は早く通り過ぎてしまいたかった。


「そんな筋肉痛の脚で早く歩けるの?」


「うぅ……」


 結局、マッサージしてもらっただけでは運動不足の脚は筋肉痛から解放されなかった。

 なんなら腕を上げるのだって辛い。まともにバスケをできる自信は皆無だ。


金雀枝えにしだくんは力が入り過ぎだから、今のコンディションの方がかえって良いかもだよ?」


「本当に? 気休めではなく?」


「ふふ。どうだろう」


 笑顔ではぐらかされてしまった。いい感じに脱力するどころか動くのもままならないんだけどな。


「ほら、着いたよ。最初が肝心だからね」


「う、うん」


 まだ数度しか見てないけど、体育館の扉がいつもより大きく、そして禍々しく見える。

 スーッと深呼吸をして声を張る準備をする。


「すみませーん。仮入部なんですけどー」


 自分なりに声を張ったつもりだけどボールが床にぶつかる音でかき消されてしまった。

 一応体育館には来たわけだし、これで仮入部終了ってことにならないかな。


「そんな小さい声じゃダメよ」


 円寺えんじさんはスーッと息を大きく吸った。


「すみませーーーん! 仮入部でーーーす!」


 よく通る声が体育館に響き渡る。目の前のボールに集中していた部員たちが一斉にこちらを向いたと思うと、一気にその表情がゆるむ。


「きゃー! 天使ちゃん。待ってたー」


 真っ先に駆け寄ってきたのは小山内さんだ。同じクラスなのを活かして一気に距離を詰めて抱き付く。


「ごめんね。もう練習始まってるのに」


「いいのいいの。天使ちゃんが来てくれただけで嬉しい」


 まるで小学生と高校生の姉妹のようで微笑ましい。

 なんてことを考えていたら小山内さんがギロリと俺を睨む。『なんでここにいるの?』みたいなオーラを出してるけど、仮入部に誘ったのは小山内さんだ。

 まったく理不尽極まりないクラスメイトである。


「おい! 一年。さっさと着替えろ」


「は、はい!」


 髪をツンツンに立てて、これ見よがしに太い腕をアピールするチャラ男。

 先輩と思しき人に急かされて更衣室へと急ぐ。

 なんだか初対面から印象が悪い人だ。


「天使ちゃんはユニフォームを用意したらかね」


「え、でも……」


「去年卒業した先輩のなんだけど綺麗に洗濯してあるから。あ、使い終わったあとはウチが洗濯するから気にしないで」

 随分と円寺えんじさんに対しては用意がいい。というかそのユニフォーム本当に洗濯するんだろうな? 小山内さん息が荒いし目が血走ってるぞ。


「うーん、そういうことならお言葉に甘えて」


 小山内さんはグッと小さくガッツポーズする。本当にこのクラスメイトは大丈夫か? 


「ほら、金雀枝えにしだもさっさと着替えて。先輩を待たせない!」


 挙句同級生にも急かされていそいそと更衣室へと向かった。

 やっぱり運動部とは馬が合わないというか居心地が悪い。円寺えんじさんのおまけみたいなポジションなのも風向きを悪くしてるんだろうけど。

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