第14話

「ところでさ、私もちょっと肩が凝ってるんだ」


「それはつまり」


「私の肩も揉んでほしいな」


 満面の笑みでお願いされたら叶えてあげるのが最高の彼氏だ。一方的にマッサージされるだけじゃ申し訳ないし、肩揉みくらいなら俺にだってできる。


「あんまり痛くしないでね」


 円寺えんじさんはクッションの上に正座して、うなじが露わになった背中を俺に差し出す。

 言葉を選ばずに言うとめちゃくちゃエロい。

 肩揉みくらいできると思っていたけど、この白い肌に俺が触れてもいいのかと躊躇ってしまう。


「ねえ、早くしてよ」


「本当に……いいんだな?」


「いいに決まってるでしょ。自分で自分の肩を揉んでもあんまり気持ちよくないし」

 

 ゴクリと唾を飲み込んで覚悟を決めた。これは本人了承済みなんだ。同意があっての行為なんだ。

 脳内で繰り返しその手を肩へと伸ばす。


「んんっ!」


「ごめん! 痛かった?」


 もはや喘ぎ声のような悲鳴を上げたのでパッと手を放す。


「違うの。すごくいい力加減だったから。もっと……して」


 こちらに振り向くその瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて色っぽさが増していた。

 円寺えんじさんの言葉と表情をうまい具合にコラージュさせたら脳内で初体験の映像ができあがってしまう。

 落ち着くんだ俺。俺はただのマッサージ師……エロ展開に持ち込むマッサージ師モノって世の中にたくさんあるよな。


「これくらいの力加減でいいんだね?」


「あんっ! んっ!」


 円寺えんじさんは男の欲望を刺激するような声を上げ続ける。『変な声出さないで』なんて言ったら逆にマウントを取られそうだし、ただひたすら耐えるしかない。


「す、すごい。誰かにしてもらうのってこんなに気持ち良いんだ」


「いつか最高の彼氏にも揉んでもらうといいよ」


 その彼氏はきっとおっぱいを揉むんだろうな。ちくしょう! 生殺しだ!


「ん! こうやって任せられるのは金雀枝えにしだくんだからだよ」


「え?」


「きっと他の男の子なら絶対変なことする。金雀枝えにしだくんだから安心できる」


「ま、まあ俺は紳士だからね。彼女でもない女の子に手は出さない」


 カッコいいのかヘタレなのか自分でもよくわからない。だけど円寺えんじさんに喜んでもらえたのは素直に嬉しかった。


「ありがと。ごめんね。私がマッサージするはずが逆にしてもらったりして」


「いいんだよ。俺も貴重な経験ができた」


「それならよかった」


 さっきまでヒィヒィ言っていたとは思えないくらいいつもの天使に戻る円寺えんじさん。

 俺なんていまだに興奮が冷めなくてそれを必死に隠してるのに。やっぱり円寺えんじさんには遠く及ばないし、対等な彼氏彼女にはなれないと悟った。


「今日はありがとう。お陰で疲れは取れたよ……仮入部で動ける自信はないけど」


「本番は明日なんだから練習の成果見せてよね?」


「ずっと練習風景見てたよね? ダメそうだってわかるよね?」


「それでもいいの。一生懸命頑張ってくれたら」


 ニコッと微笑む天使。その笑顔を見たらやる気だけは湧いてくる。


「まあ練習に付き合ってもらったりマッサージしてもらったり、いろいろしてくれたわけだし。やれることはやってみるよ」


「その意気だ! さすがは私の彼氏」


「彼氏の練習台ね」


 俺はあくまで彼氏の練習台。この意識だけは忘れてはいけない。きっと円寺えんじさんには相応しい最高の彼氏が世の中にいるはずだから。


「送ってこうか?」


「平気。それにそのセリフって彼氏側のやつじゃん」


「実は私はイケメンな一面も持ち合わせているのだ」


 にかっと得意げな顔でピースサインをする。顔はいつもの美少女なのにどこか少年のような無邪気さを感じた。


円寺えんじさんは女子からの人気もあるからきっと喜ばれるよ」

 きっと女子から嫌われないための努力をした結果、イケメンな部分も出せるようになったんだろう。


 死んだ時に女子からも悲しんでもらえるように。

 円寺えんじさんにはものすごく振り回されるし欲望に耐えるのは辛いけど楽しい。

 それと同時に、この円寺えんじさんの魅力は全て死ぬためのものだと考えるとすごく悲しくなった。

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