第13話

「さて、それじゃあ早速マッサージに入りますか」


 円寺えんじさんはおもむろにカーディガンを脱ぎ、髪を結んでポニーテールにする。まさに臨戦態勢と言った雰囲気だ。


金雀枝えにしだくんベッドに横になって」


「ふぇ!?」


「変な声出さないでよ。マッサージするんだから寝ないと無理でしょ?」


「それはそうだけど」


 部屋に入るだけならともかく、おそらく昨夜も円寺えんじさんが使ったであろうベッドを使うなんて、さすがの俺も何か行動を起こすかもしれないぞ。


「本当にいいの? あとで法外な金額を請求したりしない?」


「私をなんだと思ってるのよ」


「死ぬために努力を惜しまない女子高生」


「まあそうだけど……ほら、親が帰ってくると面倒だから早くして」


「おじゃまします」


 円寺えんじさんに促され、体は渋々、心はウキウキドキドキでベッドに上がる。

 見た目だけならごく普通のベッドなのに、これを毎日円寺えんじさんが使っていると考えるだけで体が熱くなる。


「それじゃあうつ伏せになって、顔は枕に埋めて」


「ええ!?」


「いちいち声を出さなくていいから」


「いやいや! さすがに枕に顔を埋めるのはマズいでしょ!」


 円寺えんじさんの匂いが染みついた枕に顔を埋めるということは、それは円寺えんじさんのおっぱいに顔を埋めるも同義!

 いくら本人の許可が下りているとは言えそれは一線を超えてる気がする。


「でも、そうしないと体に負担が掛かって意味がないよ?」


「いや、ですがね。本当によろしいのでしょうか?」


「いつまでもグチグチ言ってないで早くする!」


 円寺えんじさんは俺の頭を掴んで枕に沈めようとする。その時、勢い余ってなのかなぜか円寺えんじさんもベッドにダイブしてしまう。


「きゃー!」


 そうなると当然、俺の顔は枕に埋もれた状態になる。これは円寺えんじさんが求めていた状態だ。

 そして同時に、円寺えんじさんは俺の背中に覆い被さっている。おそらくだがこれはマッサージの姿勢ではない。事故だ。


 おっぱいが思い切り背中に当たっている。

 昨日思い切り谷間や揺れを見てるだけあって、視覚と触覚の情報が脳内で統合されて今までにない興奮が俺の体を駆け巡っている。


「ん゛ん゛ー! ん゛ー」


 枕に顔が沈んだ状態ではろくに声も出せない。

 一応形だけでも「円寺えんじさーん。どいてー」と叫んでいる。

 背中が幸せなのでこのままでもいいのだが、紳士としては一応そういう反応を見せておく。

 かく言う円寺えんじさんはと言うと


「うぅ……やっぱり失敗した」


 おっぱいが当たっていることよりもマッサージを施術する前に失敗したことを嘆いていた。

 俺としてはこのまま悲しんでもらって結構なんだけどね。


「だけど、練習段階で失敗できてよかった。次はマッサージの練習を」


「ぷはっ!」


 気を取り直した円寺えんじさんが俺の頭から手をどけてくれたのでようやく枕から顔を上げることができた。


「あっ! ごめん。ずっと押さえてた」


「大丈夫。ちょっと苦しかったけど」


 おっぱいを堪能したことには触れないでおく。


「このままマッサージするけど、いいよね?」


「うん。こうなったら仕方ない」


 どうやら円寺えんじさんは俺の変化に気付いていないようだ。それもそうだ。うつ伏せになってるんだから。

 この状況で股間が反応しない方がおかしい。うかつに立ち上がろうものなら、男子トイレの悲劇の再来になってしまう。


「初めから素直に受け入れてればこんなことにならなかったのに」


「はいはい。すみませんでした」


 とりあえず平謝りして心と股間を落ち着かせようと試みる。しかし、


「それじゃあいくよ」


「んひゃ!」


 ふくらはぎを揉まれて思わず奇妙な声を出してしまった。


「だから変な声を出さないでってば」


「仕方ないでしょ。慣れてないんだから」


 マッサージに不慣れなのもあるけど、女の子に体を触られることになれていない。

 自分の意志とは無関係に揉みほぐされる奇妙さと円寺えんじさんの手の柔らかさが相乗効果となって体全体に興奮と刺激が走る。

 落ち着け俺。落ち着くんだ。そうだ。会話をして気を紛らわそう。


「初めはビックリしたけど円寺えんじさんマッサージうまいね。足の疲れが取れていくよ」


「本当!? 自分の脚で練習していたとは言えこんなにうまくいくなんて」


 自分で自分を揉むのと人のを揉むのじゃ全然やり方も違うだろうに、このマッサージに関しては今のところ順調だ。


「次、肩から背中いくね」


「ん? お願いします」


 ずっとシュート練習をして肩も重くなっていた。肩ならそんなに妙なことにならないだろうと油断してしまったのがよくない。


「重いとか言わないでよ?」


「え?」


 腰のあたりにズンッ! と何かが乗った。その何かとは間違いなく円寺えんじさんだ。


「あの、何をしてるの?」


「こうしないと肩と背中のマッサージができないでしょ?」


 円寺えんじさんの太ももが俺の脇腹をしっかりとホールドしている。とは言えここはベッドの上。多少は体が動いてしまうのだがこれが問題だ。

 股間がこすれる……!


「それじゃあ肩からいくね。痛くても変な声出さないでよ?」


「いや、ま、待って!」


 まさか股間が刺激されて危険だから一旦止めてほしいとは言えず、円寺えんじさんは問答無用でマッサージを開始した。


「んっ! んっ!」


「っっっ!!!」


 肩を指圧するたびに円寺えんじさんの吐息が漏れ、それと連動するように体を揺らす。

 その揺れは俺の体へと伝わり、結果的に最もコリコリになっている股間がベッドにこすり付けられている格好だ。


「ふー。ふー」


 もはや俺にできるのは深呼吸をして意識を無にすることのみ。肩や背中がほぐれているかなんて関係ない。

 これ、俺じゃなかったら絶対に円寺えんじさんを襲ってるよ。練習相手が俺でよかったね。


金雀枝えにしだくんどうかな? ほぐれてる?」


「すっかり軽くなったよ! あんまりやると円寺えんじさんが筋肉痛になるんじゃない? ありがとう。もう十分だよ」


 とにかく褒める。褒めて褒めて、もうこれ以上のマッサージは必要ないことをアピールした。


「そう? たしかに人にマッサージするのって思ってたより疲れたかも。こちらこそ練習に付き合ってくれてありがとう」


「ど……どういたしまして」


 終わった。天国のような地獄が終わった。俺は耐えたんだ。目の前の快楽に自分を見失わなかった。

 解放感から思わず枕にぼふっと顔を埋めてしまい、数秒してとんでもないことをしていることに気付いて飛び上がった。


「ご、ごめん。いつまでもベッド使ってたら悪いよね」


「何を今更。そういう風にさせたのは私なんだし」


 円寺えんじさんのNGラインがどこにあるのか全然わからない。これは誘われてるのか? 俺を男として見てないのか? うー、わからん!

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