第11話

「あぁ~疲れた」 


 自室に戻ると何も考えずにベッドに全体重を預けた。

 一向に入らないシュートを打ち続けて心も体も疲労感でいっぱいだ。


「おっぱいは残念だったな……」


 円寺(えんじ)さんの貞操を守ったという自負と、おっぱいチャンスを逃したという悔しさが脳内でせめぎ合っていた。

 現在の時刻は夕方5時。

 練習後に食事をすることなく、それどころか昼食も抜きでひたすらボールを投げ続けていた。


「あー体が重い」


 体育の授業も本気を出して失敗するのが恥ずかしていつも手を抜いているので、こんなに真剣に動いたのは久しぶりだった。

 本気でやってあの結果じゃあ明後日の仮入部もどうなるか簡単に想像できる。


「本当に仮入部するのかな……」


 俺の惨状を見て円寺(えんじ)さんが考えを変えたかもしれない。あるいはいっそ別の練習台を探すとか。

 そうなったら少し残念だけど俺に円寺(えんじ)さんの彼氏役は荷が重い。

 『本当に仮入部するの?』この一言をメッセージで送るだけなのに、体も気も重くてなかなか動き出せずにいた。

 ピンコーン

 メッセージの受信を知らせる音がスマホから鳴った。


【今日はお疲れ様】


【もう筋肉痛になってる?】


 円寺(えんじ)さんからのメッセージだ。俺が筋肉痛になるのを見通している。


【早くも筋肉痛。明後日動けないかも】


【ええ!? それは大変】


 なんか演技っぽいというか、文字だけなのにわざと大袈裟なリアクションをしてるように感じる。


【もし良かったら明日うちに来ない?】


【マッサージしてあげる】

 は? うちって円寺(えんじ)さんの家? そこでマッサージ? なにそれ。

 あまりにも唐突に軽々しく家に招待されて夢でも見てるんじゃないかと錯覚する。

 ありきたりだけど自分のほっぺをつねってみたけどメッセージは変わらずスマホに映し出されている。


【円寺(えんじ)さんの家でマッサージ?】


【マジで?】


 本当は違う意味が含まれている可能性も鑑みて確認のメッセージを送る。

 すると既読が付いて一瞬で返信がきた。


【いやらしい意味じゃないから!】


【私、自分の体をマッサージするのが得意なの】


【それを金雀枝(えにしだ)くんにしたら疲れが取れるかなって】


 マッサージといやらしさを結び付けるなんて円寺(えんじ)さんはなかなかのむっつりなようだ。

 男に好かれるために努力してると言っていたしこれもその成果の一つなのかもしれない。

 この努力の理由を知らなければ俺は円寺(えんじ)さんをビッチ認定して一目惚れから一気に冷めていただろう。


【それは嬉しいけど】


【本当に良いの?】


【ご両親にはなんて説明すれば】


 『彼氏の金雀枝(えにしだ)です』とは言いにくいし、友達と言うにはあまりにカーストが違い過ぎる。

 話を聞く限り円寺(えんじ)さんの両親もハイスペックのようだし俺のような底辺を娘が連れて来たら卒倒する可能性すらある。


【大丈夫。明日も親はいないから】


【変な意味じゃないからね!】


 両親が居ない日に家に招いておいて変な意味じゃないとは。まあ俺も何かする度胸はないし、円寺(えんじ)さんも初めての来訪で失敗する姿が目に浮かぶんだけど。


【いつか最高の彼氏を家に招く練習なんでしょ?】


【付き合うよ】


【マッサージもありがたいし】


【さすが金雀枝(えにしだ)くん話がわかる!】


【また駅で待ち合わせしましょう】


【10時にしてあげるから】


【遅刻しないでね】


 今日は俺が遅刻したせいで無用のトラブルに巻き込まれてしまった。俺が先に着くくらいのことをしないとな。


【その節はご迷惑をお掛けしました】


【明日は遅れないように気を付けます】


【よろしい。期待しているぞ】


 こうやって妙な文体のやり取りをできるってなんかいいな。暗黒の中学時代を思い返すと今は本当に奇跡みたいな時間だ。

 あんまりダラダラとメッセージを送り続けるのも悪いかなとか考え始めた時、母さんの呼ぶ声が聞こえた。

 しっかり夕飯を食べて明日に備えよう。変な意味ではなく、遅刻しないための準備だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る