第6話

  その日の放課後


「天使ちゃんは部活入らないの? バスケ部どう? その身長をウチらと一緒に活かそうよ」


 小山内さんがバスケ部の勧誘をしていた。

 話を聞く限り小山内さんはバスケ部に入部するつもりらしい。


「なに金雀枝えにしだ? ウチがバスケ部で文句あるの?」


 こいつは人の思考を読む能力でもあるのだろうか。

 小学生みたいな体型で高校生のバスケ部に入るなんて無謀だなと考えていたのがバレたかのごとくギロリと睨まれた。


「バスケは背が高い方が有利だけど、ウチは小さい分、相手の意表を付けるの」


 ふふんと自慢げに薄い胸を張る。


「ごめんね万里花ちゃん。私はクラス委員の仕事が忙しくなったら部活に出られそうにないし」


 申し訳なさそうに円寺えんじさんは言う。

 新学期が始まってまだ一週間。まだ高校生活に慣れていく段階なのもあって授業も部活も委員会も本格始動という感じではない。

 浅倉先生の話によると学年のクラス委員が集まる日や学校行事があれば実行委員の手伝いをしたりと案外忙しいらしい。

 だから俺もクラス委員を口実に部活に参加してないんだけど……。


「もったいないよ! 軽く体を動かすつもりで入部したら案外イケるって」


「え~、でも……」


 小山内さんの勢いに円寺えんじさんが押されている。やはり陽の者は圧力がすごい。


「クラス委員はこれから忙しくなるって浅倉先生も言ってたよね?」

 自分一人では対処できないと踏んだのか俺に助けを求めてきた。練習台とは言え彼氏としては困っている彼女を助けるしかない。


「うん。学校行事が始まると特に」


「それなら!」


「「ひいっ!」」


 小山内さんが机をバンッと叩く。俺たちは二人仲良く悲鳴を上げた。


金雀枝えにしだも一緒にバスケ部に来なさい」


「え?」


「こんなに可愛い天使ちゃんと金雀枝えにしだが同じクラス委員なんて釣り合いが取れてない。天使ちゃんと一緒なら少しは体を動かす気になるでしょ?」


「ごめん。全然話が見えないんだけど」


「委員の仕事がある日は他の人の目がある。だけど、ない日は? ウチは天使ちゃんに金雀枝えにしだの毒牙が掛からないように守りたいの」


「俺は魔獣か!」


 あまりの言われように思わずツッコミを入れてしまった。

 小山内さんには俺が円寺えんじさんに手を出す獣にでも見えてるのだろうか。だとしたら人を見る目がなさすぎる。


「うーん。金雀枝えにしだくんがバスケするなら私もやってみようかな」


「ちょっと!」


 最高の彼氏は勉強も運動もできそうだけど、残念ながら俺はどちらも得意ではない。

 練習台になるとは決めたものの、俺自身が最高の彼氏を目指して努力する道理はないはずだ。


「忙しくなるってことは体力が必要だと思わない? レギュラーを目指して必死に練習しなくても、体力作りくらいの運動はした方がいいと思うの」


「うっ……それは確かに」


 突然のことだったとはいえ、女の子一人の体重も支えられないもやし男だ。運動部に入るのは人生の選択として正しいことだとは思うんだけど。


「あー、でも。今日は体育なかったわね。二人とも体操着持ってる?」


 小山内さんの問いに俺達は首を横に振る。


「だよねー。それじゃあ来週から。仮入部だけでもいいから来てね。天使ちゃんだけでもいいから」


「……なら俺は遠慮」


金雀枝えにしだくんも一緒に行こうね?」


「は、はい」


 笑顔なのに瞳の奥にメラメラと炎のようなものが見えた気がする。


「天使ちゃんとバスケ、楽しみだな~」


 満面の笑みを浮かべ小山内さんは教室を後にした。


「ちなみに円寺えんじさん、バスケの経験は?」


「中1の体育でバスケをやったわ。その時に猛練習をしたから、あの感覚を思い出せば大丈夫……なはず」


「そっか……」


 円寺えんじさんならバスケが下手でもなんか絵になりそうだ。それに対して俺みたいな地味メンがへっぴり腰でドリブルする姿なんて目も当てられない。


「はぁ……」


 思わず深いため息が漏れる。


「あの……金雀枝えにしだくん。よかったらなんだけど」


「うん?」


「一緒にバスケの練習しない? ほら、私も勘を取り戻したいっていうか」


 円寺えんじさんは顔を赤くして手をわたわたと動かしている。

 普段見せてる『私、何でもできます』みたいなクールな美しさも好きだし一目惚れもしたけど、こっちのちょっと抜けてる顔の方が好きだったりする。


「そうだな。お願いしようかな。俺も中1以来だけど、バスケ漫画を読んで脳内イメージが成長してるから案外できるかもしれない」


「漫画を読んだだけでうまくなるなら苦労しないわ。私の猛特訓を金雀枝えにしだくんにも叩き込んであげる」


 フフっと口元が妖しく動く。一瞬だけなんか青春っぽいなって思ったけど、やっぱり首を突っ込むべきじゃなかったかもしれない。

 陰の者は大人しく部屋にこもるのが1番なのだ。

「それじゃあ明日、うちの近所にバスケゴールがあるからそこで」


「え? 明日?」


「ごめん。何か用事あった。それなら日曜日でも」


「そうじゃなくて!」


 他のクラスメイト達は部活に行ったり友達と話していてこちらの会話に聞き耳を立てている様子はない。助かった。


「学校が休みの日に二人で会うってこと?」


「うん。だって来週から仮入部なら土日しか練習できる日ないじゃない」


 さも当然のように土日にバスケの練習をするつもりのようだ。学校の外でも会うなんてそれじゃあまるで本当の彼氏彼女みたいじゃないか。


「何か用事があるなら無理にとは言わないけど」


 円寺えんじさんは声のトーンを落としてそっと顔を近付ける。


「彼氏なら休みの日に会うのだって普通でしょ?」


 耳元で優しくささやかれて思わず身震いしてしまった。息が耳に掛かるのってとてもゾクゾクする。


「耳、弱いんだ。なるほどなるほど」


「変なことは覚えなくていいから! まあ、予定はないけど、本当にいいの? 休みの日に俺と二人でなんて」


「大丈夫。同じ中学の人はいないし、あんまり人通りがない公園だから」


円寺えんじさんがいいなら……」


 と、円寺えんじさんを気遣う風を装ったけど、内心胸を撫で下ろしたのは俺の方だ。万が一、二人で公園に居るところなんて見られたらクラスでの居場所を失いかねない。

 いや、すでに居場所がないような気もするけど……これ以上の環境の悪化は望ましくない。


「何もプロを目指すわけじゃなくて、それなりに動ければいいんだからそんなに気負わないで」


「うーん。それはそうなんだけど」


 運動全般が苦手だけど特に球技は苦手だ。一度自分の手から離れるボールを自在に操るなんて人間技じゃないと思う。

 バスケ部はもちろん、なんとなくバスケがうまい陽の者達はきっと何か特殊な能力を備えているんだ。俺は生まれが違うだけなんだ。


「待ち合わせする時に知らないと困るから。はい」


 円寺えんじさんはスマホを取り出すと、その画面にはQRコードが映し出されていた。


金雀枝えにしだくん読み取って」


「う、うん。……えーっと」


 あれ? QRコードの読み込みってどうするんだっけ? 友達登録なんてスマホを買った時に両親を登録して以来だから忘れちゃった。


「……もしかして、わからない?」


「いやー、ちょっと久しぶりで。あんまり使わない機能だしね。ははは」


「ちょっと見せて」


 円寺えんじさんはスッと立ち上がると俺の横に移動した。甘い香りがふわっと鼻孔をくすぐる。


「この友達登録ってところをタップして、次はQRコード、最後に読み込みを選んで」


 スッと円寺えんじさんのスマホが俺のスマホの下に写り込む。QRコードを認識すると円寺えんじさんの自撮りアイコンが画面に表示された。


「L?」


恵瑠えるだからアルファベットのL。単純でしょ?」


 表示する名前は本名でもニックネームでも好きに設定できる。

 最近はどこから個人情報が漏れるかわからないので、こうやって名前をぼかすのも大切なことだと思う。

 俺は両親としてやり取りしないからバリバリのフルネームだけどね!


金雀枝えにしだ夏希なつきって字面が強いね」


「なんだよ字面が強いって」


「強いものは強いの。うーん。フルネームってなんか面白みがないな~」


「こんなのに面白さなんていらないでしょ?」


 友達登録が終わったのに円寺えんじさんは俺の隣から移動しない。正直、表示する名前よりもこの距離感の近さが気になって仕方がない。


「そうだ。『彼氏』にしちゃおう」


「はっ!?」


 思わず大声を上げてしまった。教室に残っていた何人かのクラスメイトの視線が俺に集まる。

 それと同時に、円寺えんじさんと妙に距離が近いことがバレてしまった。すると、


「ありがとう! おかげでスマホが直ったよ。金雀枝えにしだくんが大声を出すくらい変な状態だったもんね?」


 二人の手にはスマホ。陰の者はなぜかパソコンやスマホに詳しいと思われがち。

 この状況を切り抜ける最適解を円寺えんじさんは咄嗟に導き出したのだ。


「ど……どういたしまして。直ってよかった」


 なんとなく怪しまれながらも、あの天使が言うのだから本当だろうという空気になり事なきを得た。


「急に大声を出すからビックリするじゃない」


「それは円寺えんじさんのせいでしょ」


「だって彼氏でしょ? 彼氏を彼氏って登録して何が悪いの?」


 自分は何も悪くありませんと言わんばかりの澄み切った綺麗な目で見つめてくる。


「勝手にすれば。別に俺には影響ないし」


 なんだかんだちゃんと彼氏扱いしてくれるのは嬉しいけど、あくまで練習台という名目があるためどうも素直になれない。


「それにしても円寺えんじさんって嘘を付くのがうまいよね」


「まあね。私の言葉を信じてもらえるように普段から振舞ってますから」


 果たしてそれは褒められることなのかは置いておいて、この域に達するまで円寺えんじさんはとてつもない努力をしてきたのはわかる。

 練習していないことはあれだけポンコツなのに、こんなにうまく空気を変えられるんだから。


「待ち合わせ場所とかはあとで連絡するね。くれぐれもドタキャンはしないように」


「しないよ。俺だってバスケがうまくなったら何か変わるかもしれないし」


 体育の授業で活躍したら誰か話し掛けてくれるかもしれない。

そもそもパスが回ってこないかもだけど。そんなことを気にしていたら何も始まらない。


「体育で活躍して友達ができるといいね」


「なっ!?」


 女子高生ってみんな相手の思考が読めるの? エッチな目で見た瞬間に人権失うじゃん。


「え? 本当にそんなこと考えてたの? 体育で活躍する前に誰かに話し掛けなよ。クラス委員の立場を利用してさ」


「…………」


 思考を読まれていたわけではないみたいだけど、ぐうの音も出ない正論だ。

 クラス委員なら何か理由を付けて声を掛けられるはずなのに、その一歩を踏み出せずに一週間が終わってしまった。


「……私の練習が終わっても友達でいてあげるから」


「ありがとよ」


 別れる前提だし、友達になっても高3で円寺えんじさんは死ぬつもりだし。このままだと卒業する時にはぼっちじゃん!

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