モブ子息はうっかり呟く

山吹弓美

モブ子息はうっかり呟く

 尊い、という言葉がある。


 本来なら、地位が高くて近寄りがたい相手とかのことをいう言葉なんだっけ。いや、意味としては間違ってないか、ただの子爵家三男の俺にしてみれば。

 けどさ、第一王子殿下の婚約者としておられる公爵令嬢、めっちゃ尊くね? 礼儀作法完璧、言葉遣いもちろん、聞いた話じゃテストの成績もトップスリーから落ちたことないって言うし。あ、同率一位が三人いるんだよね、上位貴族クラス。

 もちろん容姿端麗なんてのは前提としてある。あの髪の艶やかさ、整えられた唇とか指先とか。皆同じものを着用する制服姿だって、彼女だけこう輝いて見えるもんな。これが私服だとどうなることやら。


「公爵令嬢! お前との婚約を、この場で破棄する!」


 この学園はだいたい貴族の子供、たまに商人の跡継ぎとか近くの国からの留学生とかが在籍してる。いずれにしろ、卒業した後の進路に向けてそれぞれ交友関係育んだりいろんな技能学んだりする場ではあるんで、ありがたく通わせてもらってる。

 俺はまあ子爵家なんで下位貴族クラスで、上位とは学ぶ科目も違う。三男で家継げないから、実務の方伸ばして就職先考えないといけないしね。そのため、公爵令嬢のことを見られるのはたまに構内で行き違ったり食堂で遠目に見たり、くらいなんだけど。


「理由を、お伺いしても?」


 ああ、いくら何でも公爵令嬢に妻になってほしー、とか夢物語は口にしないぞ。殿下の婚約者なんだから……なんてこと、最近は言ってられなくなったんだよな。

 当の第一王子殿下の方が最近、うちとは別の子爵家の養女に入った子といちゃいちゃしてやがんの。殿下だけでも大概だけどさ、取り巻き……殿下が王位にでもついたら国の重要なところに行くだろうっていう連中まで、まとめて。

 下位貴族クラスの俺たちとしては、何やってんだバカ殿下というのが正直な感想なんだよ。

 子爵家の娘、な時点でこっちのクラスだっつーのに彼女、授業ろくすっぽ出てきてないんだぜ? だから当然、テストの成績なんてトップ……じゃねえな、ワーストワン。公爵令嬢見習えってんだよな。ちなみに俺は真ん中辺だけどさ。


「貴様は我が愛しの子爵令嬢に、様々な嫌がらせをしたそうだな! いくら公爵家の娘とはいえ、その悪行は許せん!」


 なんだかんだあって、その結果がアレなー。なんすかねあれ、卒業記念パーティの出し物にしちゃ演技クッソ下手だし。

 つーか卒業生本人が出し物とかねえし。特に第一王子殿下、あんた卒業したら国王陛下の補佐の仕事に入りつつ公爵令嬢と結婚すんじゃなかったのかよ。何やってんだ、本気で。


「まったくもって、思い当たりませんわ。そもそも殿下、その方をどうなさるおつもりですの?」


 対して公爵令嬢、やっぱかっこいいよなあ。

 こう背筋がピンと伸びて、深い色のドレスがめっちゃ似合ってる。口元を隠してる扇、あれたっかいやつなんだよな? 俺はあんまり詳しく知らないけど、うちのクラスの女の子たちがカタログ見てはああとため息ついてたやつだもん。多分、値段見てのため息。

 その値段に負けないレベルで、令嬢ご本人が輝いている。あっちの子の周囲にいる連中以外だいたい、公爵令嬢に見惚れてんじゃないかなあ。もちろん、俺もだけど。あーかっこいい令嬢めっちゃ尊い。

 あとな、公爵令嬢のそばにいる彼女。令嬢のお側付きで、当人はたしか伯爵令嬢。下位貴族クラスの成績トップスリーの常連さん。公爵令嬢が殿下に嫁ぐときには多分、侍女としてくっついていくんだろうなーと皆考えてる。

 その伯爵令嬢と主である公爵令嬢の前で、子爵家の養女が、公爵令嬢の婚約者である第一王子殿下の腕にべったりくっついてる時点で、ないわー。

 つか殿下、殿下じゃなかったら多分、伯爵令嬢がノックアウトしてるね。物理的に。国王陛下あたりから許可が出たら、今すぐやってくれる気がするけど。なんで陛下、入場遅れてるかねえ。


「殿下、あの人いっつもあんな感じでわたしを見下すんですう! この前の移動教室のときだって、わざわざ上の階から見下ろして来られた上に突き飛ばして!」


 殿下はともかく、子爵家養女の演技は本気で棒だなあ。対する公爵令嬢が見事に演じておられるだけに、ほんっと残念、

 いや、演技でも何でもないんだろうけどさ。そうでも思わなきゃ、こんな茶番見てられるかよ。


「貴様との婚約を破棄し、改めてこの者を我が妃とすべく婚約を結ぶ!」


「無茶言うな」


 ……あ、あれ? なんで皆の視線、こっち向いてんだ?

 あ、もしかして今の本音、口から出ちゃったか?


「そこのお前! 何か異議でもあるのか!」


「へ?」


「あるのなら、申し立ててみろ。俺は寛大だからな!」


 おお、何か知らんが王子殿下からお許しが出た。マジかー……状況まるでわかってないだろ、馬鹿王子。

 まあ、寛大だとおっしゃるんだからちゃんと話聞いてくれるだろ。聞かなけりゃ……うん、父上母上兄上ごめん。家から追い出してくれてかまわねえから。


「ありがとうございます。それじゃあ……公爵家の方が子爵家の者に害意を抱いていたとして、別に自分が手を出す必要なくないですか?」


「何?」


「家から圧力かけりゃ済む話ですよ。特にそちらの方の場合、王子殿下との婚約を邪魔されてるわけですから、ご当主様ががっつり協力するんじゃないですかね?」


 ていうか、こんなの言わなくちゃ分からないのか? 大体この連中揃いも揃ってえらいさんとこの息子どもなんだから、親が何やってるか知らないわけでもないだろうに。

 ……知ってるよな? なんて思ってたら、ある意味この状況の諸悪の根源と目が合った。涙目してやがんの、めんどくさいなあ。


「ひっどーい! その人、きっと向こうの味方なんですよお! きっと自分も偉い家の人だから!」


「いえ、うち子爵家なんで。その彼女と同じ、下級貴族クラスですよ」


「へ?」


 ぽかん、と目を丸くする彼女の周りで、殿下や取り巻きたちも同じ顔をしてる。それから、視線が彼女に集中した。

 ふふふ、公爵令嬢を陥れようとする小娘め、しっぽ出しやがったな。そりゃ、まともに教室に顔だしてないもんなー。クラスメートの顔、覚えるわけないよなあ。


「何、クラスメートの顔も覚えてないんですか? つーかさっき、教室移動の途中に突き飛ばされたとか言ってましたけど……そもそも、その授業あんた一度も出てませんよ?」


「まあ。それは本当なの?」


「はい。彼女がまともに授業に出席したのは、入学初日のオリエンテーションくらいではないでしょうか」


 公爵令嬢が、おつきの伯爵令嬢に確認とっている。彼女も同じクラスだし、ぶっちゃけ俺の周りにも証人たるクラスメートは山ほどいて全員がうんうんと頷いてるわけだ。


「だ、だって殿下や皆が、わたしは生徒会室にいればいいからって言うからあ」


「学生の本分をおろそかになさって、授業も出ずに生徒会室で何をしておられたのかしら」


 小娘、涙目。檻に入ってる小動物とかなら可愛いかもしれないけれど、あれ曲がりなりにも子爵家のご令嬢だぜ? 公爵令嬢が呆れたようにため息着くのもわかるわ~。

 にしても、生徒会室ってあの連中が生徒会だったよな、確か。本気で何やってたんだおめーら。

 つか、憂い顔の公爵令嬢も麗しい。あーまじ尊い、拝みたくなる。……いやいや、あのような才色兼備その他諸々持ちまくりの方に憂い顔させたらいかんよな。主に第一王子。


「だ、だまれだまれだまれえ!」


「お前が黙らんか、愚か者!」


 当人である第一王子殿下のわめき声にかぶせるように、国王陛下の怒鳴り声が響いた。あーよかった、出し物終わりそうだ。

 ……なんてこと考えてたら、公爵令嬢と目があった。うわ、こっち見てくれてる。つーかにっこり笑って軽く頭を傾けられた。

 あれってこれか! お礼か、お礼してくださったのか! あの公爵令嬢が!


 ま、まじ尊過ぎて俺、今すぐ昇天しても悔いないわー!

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