第361話 放牧


 三毛色の髪を三つ編みにし赤いロングコート姿のフキちゃんと、黒色の髪を三つ編みにし紺色ロングコート姿のフキちゃんの友達。


 その友達の名前はユカリちゃんと言うんだそうで……ユカリちゃんもまたテチさんの教え子であるらしい。


 おそろいの魚型ヘアピンをして、同じような髪型コートを着て……よく見てみるとブーツまでが同じで、相当仲が良いことが伺い知れる。


「早速牧場案内する? 今ちょうど皆外に出てて元気に遊んでるよ!」


 と、フキちゃんがそう言うと、ユカリちゃんは肘でもってフキちゃんの脇腹を小突き、


「まず挨拶が最初でしょ、おじーちゃんのとこいかないと」


 と、そんな突っ込みを入れる。


 そうしてユカリちゃんがお爺さんのいるらしい事務所への案内を始めると、フキちゃんは頭の上の耳を垂れて少しだけ不満そうな顔をするが、すかさずユカリちゃんが後頭部辺りをよしよしと撫でたことで機嫌を取り戻し、両耳をピンと立て踏み鳴らした雪道を、なんとも器用なスキップでもって進んでいく。

 

 その途中で消毒用のプレハブ小屋があり、そこで靴やら服やらの消毒をし……そこを出て先に進むとログハウスのような作りの事務所があり、その玄関というか入り口の辺りで猫耳の老人が待っていた。


 元々は三毛色だったのか、濃淡の分かれた白髪を伸ばし首後ろでしっかりと縛ったその老人は、孫可愛さのためかくしゃりとシワを寄せた笑顔を浮かべていて……俺達が挨拶をし、コン君達が持ってきた菓子折りを渡すとよりシワを深くして口を開く。


「こりゃこりゃ気を使わせたようですまないねぇ。

 フキの友達ならいつでも遊びに来ていいからねぇ……いや、しかしリスの子も可愛いねぇ。

 いや、もちろんフキ達の方が可愛かったけどねぇ、特に小さい頃のフキはキレイな毛並みの三毛猫で―――」


 流れるように孫自慢を展開し始めたお爺さんに対し、嫌がるかと思っていたフキちゃんは、照れて顔を掻いてのまんざらでもない反応を見せはじめ……どうやらフキちゃんとお爺さんは相思相愛であるらしい。


「―――おっと、話ばかりしていても退屈させちゃうな。

 動物達は放牧場に出ているから、そっちに行くと良い……基本的なことはフキに聞けば良いが、乗馬をしたい場合は事務所まで来てワシに声をかけておくれ。

 それじゃぁフキ、お友達と楽しんでおいで」


 ある程度の孫自慢を終えてお爺さんがそう言うと、照れ倒していたフキちゃんの耳をユカリちゃんがペシンと叩き、それを受けて再起動したフキちゃんが放牧場の方へと案内してくれる。


 フキちゃんとユカリちゃんが先頭を行き、コン君とさよりちゃんが物珍しそうに辺りを見回しながら駆け回り、俺とテチさんがそれを追いかける形で足を進め……そんな中でテチさんが声を上げる。


「こんな寒さでも放牧はするんだなぁ」


 するとフキちゃんが元気いっぱいな声を返してくる。


「むしろ寒い方がうちの動物は元気だよ! なんだっけ……草を消化すると発酵がどうので熱くなるらしくて、寒いくらいの方が気持ちいいみたい。

 元気な子なんかホカホカ湯気上げながら駆け回ってるよ、どんなに雪が積もっててもかき分けながら出ていくしねー。

 雪の中に寝転んだり、雪食べたり……楽しみ方はそれぞれかな」


 そうこう言っているうちに放牧場が見えてきて……馬のエリア、牛のエリア、羊のエリアと立派な柵で区切られた形となっているようだ。


「はい、ここが放牧場……って、なんか困ってる子がいるみたいだから、ちょっとまってて!」


 両手を広げて紹介をして、それから柵の扉を開けて中に入るという段階で、モォォォと牛の声が聞こえてきたかと思ったら、フキちゃんがそちらの方へと駆けていく。


 少し遅れてユカリちゃんもそれを追いかけていき……コン君とさよりちゃんは手を振ってそれを見送ってから、放牧場に入れないことを残念がりながらも、動物の姿を見られるだけでも面白いのか、手近な柵に張り付いて中の様子を眺め、あれやこれやと声を上げる。


「すげー、でっけー! あれ全部牛肉になるんだー!」


「内蔵とかもあるはずですから、全部じゃないはずですよ」


「でも内蔵も食べられるじゃん! ソーセージとか!」


「確かに……牛のモツとかも聞きますね」


「そうそう! でっかいし元気そうだし、絶対においしいよ! あれ全部食べたら何日分になるのかなー」


「コン君のおうちなら3・4日くらいでなくなりそうですね」


 なんて会話をしていると、興味を抱いたのか一頭の牛が近付いてきて、モォォォと低い声を上げてくる。


 それに反応してコン君とさよりちゃんが声を返し、再び牛が声を上げ……と、そんなやり取りが繰り返され、俺はもしかして獣人は動物と会話が出来るのか……? なんてことを考えるが、口に出して良いものか迷って言葉を飲み込む。


 するとそんな俺の表情を見てかテチさんが、微笑みながら声をかけてくる。


「獣人と言っても動物ではないからな、会話は無理……だが、耳が良いからな、その声の微妙な変化を聞き取ることは出来る。

 機嫌が良いのか悪いのか、こちらを好いているのか嫌っているのか……仲良くしたいのか警戒しているのかと、その辺りのことは分かる感じだな。

 フキのように一緒に暮らしていればもっと細かな部分も聞き分けられるのかもしれないな。

 そうなると会話をしているといっても過言ではないレベルになるかもしれないな」


「あぁー……なるほど、声の微妙な変化とかを聞き分けているのか。

 俺には全部同じに聞こえるから、そこら辺は流石獣人って感じだなぁ……。

 しかしそうすると、何かあっても動物が声を上げてくれさえすれば、すぐに異変を察知出来るから、獣人向きの仕事というか産業なのかもしれないねぇ。

 ……獣医さんとかにも向いてそうだなぁ」


「力と体力でも優れている獣人なら尚の事だろうな。

 猫の獣人はどちらもそこまでではないのだが、相手の表情の変化を読み取るのが得意で、気まぐれだが温和で……動物に好かれやすい、らしいな」


「なるほど……そういうのもあるんだねぇ」


 なんて会話をテチさんとしていると、フキちゃん達がこちらに駆け戻ってきて、元気に両手を振り回し、何も問題無かったことを伝えてくる。


 そして今度こそ放牧場の扉が開かれることになり……開かれた瞬間コン君達が駆け込み、それに続いて俺とテチさんも放牧場へと足を踏み入れるのだった。



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