第358話 アイスバインともどき
アイスバインはハーブや香辛料などを一緒に塩漬けにした豚のすね肉を、じっくり煮込んだ料理だ。
味付けとしては塩豚の亜種と言えて……じっくり煮込む以外はほぼほぼ塩豚だ。
じっくり煮込むことで肉が柔らかくホロホロになり、ついでにある程度の塩抜きも出来て、少ない手間で美味しく仕上げることが出来るのが特徴だ。
そうやって茹でた肉をそのまま食べても良いのだけど、大体は付け合せと一緒にとか料理にして食べるもので……ポトフなどが好相性だ。
香辛料を多めにしてスパイシーにして、湯で時間を程々にして輪切りにしたらドイツらしくビールに合う仕上がりとなったりもする。
正直に言ってしまうと、そこまでおしゃれでもなく、慣れ親しんだ味の料理でもあるのだけど……せっかくフキちゃんがやる気になっているので、それっぽく仕上げるとしよう。
と、いう訳でまずイノシシのすね肉を用意する。
すね肉は骨がしっかりしていることから、いかにも骨付き肉という感じに仕上がっていて、これをアイスバインにしたなら、結構インパクトのある見た目になってくれるはずだ。
コラーゲンたっぷりの部位なので茹でることでぷるんとした食感になり、骨……つまり豚骨がしっかりしていることから旨味がたっぷりと出てくる……と、これがアイスバインの美味しさの秘訣だったりもする。
そんなすね肉を用意したならそれを流し台に置いたまな板の上にどーんと置き……フォークを手に取り構え、口を開く。
「と、言う訳で、まずはこのすね肉を塩漬けにしていくよ。
以前塩豚を作った時のようにフォークでざっくり穴をあけて、塩をしっかり塗り込む。
塗り残しがないように丁寧に、全体に塗り込んでいって……終わったらローリエを2枚程軽く叩いた上で貼り付けて……あとはただ漬け込んだら良いんだけど、衛生とかのことを意識して食品用のぴっちりしたシートで包んでいこうか。
全体を包んで……包んだらステンレストレーに置いて、今の季節なら廊下とか玄関で放置でも良いかな。
出来るだけ空気の通りが良いとこに置いておきたいね」
なんてことを言いながら作業をしていると、隣に立ってそれを手伝ってくれていたフキちゃんが声をかけてくる。
「えっと、これで後は漬け込むって、どれくらい漬け込むんですかー? 1時間くらい?」
「いや、4・5日とか長ければ10日かな。
まぁ今回は5日くらいのつもりだよ」
と、俺がそう言うとフキちゃんは、物凄い表情を作り上げて「え? そんなの待つの?」と伝えてきて……俺はそれに笑いながら手を洗い、道具を洗い……フキちゃんにも綺麗に手を洗ってもらった上で、別のまな板を用意し、ついでに冷蔵庫からかなり前に作っておいた塩豚を取り出す。
「すね肉程は美味しく仕上がらないだろうけど、この塩豚でもそれっぽく仕上げられるはずだから、今日はこれを使おうか。
これはある程度塩抜きしてあるやつだから……さっと流水で塩抜きをしたなら、これを鍋で煮込んでいくよ。
煮込む際には色々野菜を入れるといい感じで……セロリなら旨味、玉ねぎなら甘み、ニンジンでも甘みが追加されるって考えると良いかな。
本来は野菜くずとかでやるんだけど……今日は贅沢に切り分けたものを使おう。
という訳で、セロリ、玉ねぎ、ニンジンを切り分けたものを鍋に入れて、水を入れて……ついでに風味のために粒胡椒も多めに入れておく。
そうしたら塩豚をこの鍋の中に沈めて……弱火と中火の中間くらいの強さで、大体3時間程煮込んで……冷やしたら完成だね」
「うわ、また長っ。
……一度冷ますのはなんでですか?」
作業をしながらの俺の言葉にフキちゃんがそう返してきて、俺は作業を進めながら言葉を返していく。
「そうすると煮込み汁に溶け出した旨味が肉に戻っていくらしいよ。
それと仕上がりがしっとりとして、柔らかくなるんだとか……乾燥防止なのかもね。
で、こうやって煮込んだらそれで終わりなのがアイスバインで、そのまま食べても良いんだけど、今回はおしゃれに……ってことだから付け合せも作っていくよ。
アイスバインはドイツ料理、ドイツ料理と言えばザワークラウトだから、ザワークラウトを作りたい……とこなんだけど、これもまた数日漬け込むもので、時間がかかるから、今日はザワークラウトもどきにしようか」
「ザワー……? なんか格好良い名前ー」
「うん……まぁ、うん、名前は格好良いかな」
ただのキャベツの漬物なんだけどね。
キャベツを塩もみして漬け込んだもの、キャベツの酢漬けなんて言う人もいるけど、ザワークラウトの酸味はあくまで発酵で出来上がったもの、乳酸の酸味なので塩漬けが正しかったりする。
そんなザワークラウトを手短に作ろうと思った場合、酢に漬けてしまえばそれっぽくなる訳で……その場合は酢漬けと呼ぶのが正しいのだろう。
で、今回作ろうとしているのは酢漬け、発酵の工程を大胆にカットしてのお手軽漬物だ。
「キャベツを刻んで、ジッパー付きの調理用保存袋にいれて……少しの塩を入れて袋の上から揉み込む。
水分が出てきたら酢を入れて香り付けにクミンシードを入れて、更に揉み込んで……あとは冷蔵庫で寝かせたら完成、これは1時間くらいで良いかな。
味を落ち着かせるのが目的だから、すぐ食べても平気だけどね……食べてみる?」
と、小皿に取り分けるとフキちゃんは完成してからと首を振って断り……いつもの椅子で様子を見守っていたコン君とさよりちゃんはコクコクと頷く。
そんな二人に小皿を差し出すと、二人はちょいとつまんでザワークラウトもどきを食べ……まだまだ酢がこなれずきつかったのだろう、酸っぱさに目をぎゅっと閉じて口をモゴモゴとさせる。
「あはは、まぁ寝かせたら美味しくなるから安心して良いよ。
あーとはー……ドイツらしく蒸しジャガイモかな。
ジャガイモを用意して、あとは葉物野菜……今回はサラダ菜で良いかな。
色合い考慮でニンジンを茹でたものも添えて……最後に粒入りマスタード、アイスバインを食べるときはこれが決め手らしいね」
と、そんなことを言いながら付け合せの用意をしていく。
ジャガイモを蒸し、ニンジンを茹で、サラダ菜を洗い……あとは大きくおしゃれな模様付きの皿を用意し盛り付けていくだけだ。
「盛り付けはフキちゃんがやってごらん」
と、そう言ってフキちゃんに任せたなら茹でておいた塩豚を取り出す。
この部位は脂肪分もコラーゲンも少なく、そこまで良い仕上がりとはなっていないのだが、包丁で切ってみると柔らかくほろっと肉が崩れて……少しだけぷるんとした肉質にもなってくれている。
とりあえずもどきとしては成功したかなと肉を切り分けていくと、それをフキちゃんが包丁で器用に掴んで並べていって……用意した皿の上に、独特な絵面を作り上げていくのだった。
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