第357話 大きな期待


 しかし牧場かぁ……イェトストを作れるということはヤギがいて、牛や豚もいるんだろうし、もしかしたら馬もいるのかもしれないなぁ。


 この辺りは夏場でも涼しい方で、暑さに弱い動物を飼うには良い場所なのだろうし、特に牛や馬は多いのかもなぁ。


 そう言えばここに来てからスーパーで買った獣ヶ森印の牛乳を飲んでいるのだけど、やたらと濃厚で美味しくて……あの美味しい牛乳はフキちゃんのお爺さんの牧場のものかもしれないなぁ。


 そうすると……牛乳チーズやバター、アイスクリームなどなども作ってそうで、うん、牧場直産のものなら美味しいに違いない。


「お爺ちゃんの牧場は、なんでも美味しくて牛乳とかお肉とか凄く美味しいし、良い堆肥が手に入るからって野菜もたくさん作ってて、野菜も美味しいんだー。

 おかげで食べ物には困らなくって……お爺ちゃんに頼り切りのお父さんとお母さんはぽっちゃり気味になっちゃってるね。

 まー、あたしはそこら辺気をつけてるから大丈夫だけどね、お爺ちゃんとこで暮らすんだから更に気をつけないとやばいかもなー」


 牧場のことをあれこれと考えていると、フキちゃんがそんなことを言ってきて……コン君とさよりちゃんがジュルリと口の中で食欲の音を唸らせる。


 そんな中俺は、どうしてフキちゃんがお爺ちゃんの所で暮らすことになったのかな? なんてことが気になってしまうが……俺くらいの付き合いの浅さで、そんなことまで聞いて良いものかなんとも言えず、テチさんへと視線を送る。


 するとテチさんはイェトスト・トーストを頬張って膨らんでいた口をモグモグッと動かし……ゴクリと口の中のものを飲み下してからフキちゃんへと問いを投げかける。


「そう言えばフキ、どうしてお爺さんのとこで暮らすことになったんだ?

 ご両親はどうしたんだ?」


 するとフキちゃんは「んー……」と唸りながら頭を悩ませ「ま、いっか!」と、そう言ってからあっけらかんとした表情で口を開く。


「神林さんがね、うちの両親のやり方が良くないって怒ってくれてー……それでも怒った様子は見せずにやんわりと両親に注意してくれたんだけど、両親はそれが気に入らなかったみたいで、ぎゃーぎゃー騒いちゃってさー。

 で、それをお爺ちゃんが聞きつけて、駆けつけてくれて……神林さんから事情を聞いて、今度はお爺ちゃんが怒っちゃって、あたしの面倒はお爺ちゃんが見るんだーって、言ってくれたの。

 神林さんもそうした方が良いって言ってくれて……後のことはお爺ちゃんと神林さんがなんとかしてくれるらしー」


「おお、それは良かったじゃないか。

 味方……というか、フキのことを一番に考えてくれている人がいて、安心したよ。

 お爺さんならご両親のこともなんとかしてくれそうだな」


「うんー、お爺ちゃんに任せておけば良いってのはあたしとしても安心かな。

 それとお婆ちゃんが実椋さんみたいに家事を教えてくれててさー……まぁ、うん、実椋さんと違って便利な家電は使わない感じなんだけど、それでも楽しくて良い感じだよ。

 古い家電の使い方もちゃんと勉強させてもらったしねー」


 と、そんな会話をテチさんとしてから、フキちゃんがこちらにウィンクをしてきて……俺はなんと返したものかと苦笑する。


 俺はそこまで道具に頼っていないというか、我が家には普通の家電しかないと思うのだけど……まぁ、あれかな、お爺さんの家では5年物10年物の古い家電を使っているとかなのかな。


 そうなるといくつかの便利機能が無いはずで……掃除機辺りは特に顕著なのだろう。


 うちの掃除機はコードレスで軽く、ハイパワー。


 古い掃除機となるとコードがあって重くて……パワーもそこそこだ。


 廊下や部屋を掃除する分にはそこまで困らないが、階段や二階を掃除するとなると、結構な手間で……その辺りのことなんだろうなぁ。


「そっか、お爺さんのとこでは古めの道具も多そうだからねぇ……ここでの授業が少しでも役に立ったなら幸いだよ。

 これからお婆さんにあれこれ習うなら、ここでの授業はもう必要ないかな?」


 と、そんな無難な答えを返すとフキちゃんは、顔を左右にブンブンと振ってから言葉を返してくる。


「ううん、これからも教えて、特に料理とか!

 お婆ちゃんの料理はとっても美味しいんだけどー……古くて地味なのが多いからさー。

 実椋さんって結構おしゃれなご飯とかお菓子作るから、そこら辺を習いたいかな。

 あ、でもチーズとかはお爺ちゃんお婆ちゃんもおしゃれなんだよ! このチーズとかもあれでしょ、ヨーロッパのやつなんでしょ? 最先端だよねぇ」


 いや、うん、伝統的なチーズだから最先端ではないのだけど……フキちゃんのような女の子からするとヨーロッパは流行の最先端ってことになるんだろうなぁ。


 服装とか芸術関連とかはそうなのかもしれないけど……まぁ、うん、いちいち否定してもしょうがないし、スルーすることにしよう。


「それならまぁ……見栄えの良いおしゃれな料理を教えるようにはするけども、俺もそこまでは詳しくないからね?

 キレイに盛り付けるとかは、普通の料理とはまた別のセンスがいるからねぇ……そこら辺はネットで勉強しても良いかもしれないな。

 動画とかもレシピさえ書いてくれているのなら、十分参考になるからねぇ。

 フキちゃんなりに趣味に合いそうな動画を探してみると良いよ。

 もし動画を見て分からないこととかあれば、言ってくれたら出来る限り教えるよ」


 そう返すとフキちゃんは、満面の笑みとなってスマホを取り出し、早速とばかりに動画を探し始める。


「んー……んんー……んー、これかなぁ?」


 と、そんなことを言ってからフキちゃんはその動画を再生させ……早送りで大体の内容を確認したなら、スマホを持ち直し、画面をこちらに向けてきて……その動画を見てくれと、動作で示してくる。


「あー……アイスバインか。

 これはおしゃれっていうかー……いやまぁ、盛り付けはおしゃれだけども、実際にはもう少し野趣溢れるというかね?

 肉肉しい料理ってことは分かっているかな?」


 と、俺がそう言った瞬間、テチさんやコン君達の目が食欲で光る。


 どうやら肉肉しいという言葉だけでそんな反応をしてしまったようだが……正直アイスバインはそこまでの料理ではないというか、普通の家庭料理と言うか……味の組み立て的には何度か作っているものでもある。


 それをそんな風に期待されてしまっても困るのだけど……テチさん達の食欲の瞳はどんどんと食欲と期待で光を増していく。


「分かったよ、じゃぁこれから教えてあげながら作るけど……そこまでおしゃれな料理でもないからね?

 盛り付けとかも頑張って教えるけど、難しい訳でもないし……普通だよ、普通の料理だからね?」


 期待の光を瞳に宿し始めたフキちゃんにも視線をやりながら、俺がそう言うと一同は……目の光はそのままに力強く頷くのだった。



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