第356話 イェトスト


 それから数日が経って、そろそろ学生の冬休みも終わりかなというある日の昼過ぎ。


 数日間雪が降ったかと思ったら一転、この時期には珍しい日本晴れとなって気温も上がり、一気に我が家の周辺の雪が溶け始めたとなって俺達は、雪下ろしやら雪かきに精を出していた。


 テチさんには安全な玄関周りを頼み、俺は屋根を中心に担当し……10時を過ぎた頃にやってきてくれた、実家の雪かきを終えたというコン君達にも屋根での雪下ろしを手伝ってもらうことになった。


 身軽で木登りなんかが得意なコン君達が手伝ってくれるとあっという間に雪下ろしが完了となり……最後に下ろしたりした雪を集めて、森へと押し込んでしまう。


 まだまだ春は遠く、これからもどんどん雪が降るはずであり、そうやって敷地外に雪を捨てないとあっという間に敷地内が雪まみれとなってしまうからだ。


 そのための道……というか、雪のない空間は前々からしっかり作ってあって、スノーダンプで押し込むだけで良く、それらが終わったなら昼食をとって一旦休憩し……今度は畑に向かう


 クリ畑にクルミ畑、どちらも必要な木には冬囲いや防雪ネットなどをしてあるし、現時点の積雪なら心配の必要はないのだが、それでも念のための見回りを行う。


 帽子に手袋、コートを羽織って防寒長靴で雪を踏み進んで畑へと向かい……俺とテチさんは木の幹の確認を、コン君達には枝の確認をしてもらう。


 冬にしては暖かく風もなく、穏やかな空気の中をちょっとした散歩気分でそうした仕事を片付けていく。


 そうしてから自宅に戻ると、玄関にフキちゃんの姿があり……以前とは見違える程明るい表情となったフキちゃんが、元気な声をかけてくる。


「せんせー! 今度は相談とか修行じゃなくて遊びにきたよー!

 ちゃんとお土産も持ってきたからー!」


 そう言ってフキちゃんは手にしたトートバックを振り回してみせて……どうやら色々なことが解決して本来持っていた元気を取り戻したようだ。


「ああ、いらっしゃい。

 ……しかし、そんな風に振り回して、そのお土産とやらは平気なのか?」


 フキちゃんが元気になったことが嬉しいのだろう、いつも以上に柔らかな笑みとなったテチさんがそう返すと、フキちゃんは更に振り回すことで問題ないらしいことを示してくる。


 生物や壊れやすいお菓子ではないらしいなぁと、そんなことを考えながら玄関の戸を開けて皆で入り……手洗いうがいやら暖房のスイッチ入れやらを済ませてから、皆でこたつに入り込む。


 するとフキちゃんがトートバックの中から色々な物を取り出してきて……その包装を見るにどうやらフキちゃんはたくさんのチーズを持ってきてくれたようだ。


「これねー、お爺ちゃんの牧場で作ってるチーズ! 色んなのがあっておいしーんだよー。

 今お爺ちゃんとこで暮らしててさ、保存食大好きな人のお世話になったって話たらこれもってけーって。

 なんか全部、長期保存出来るやつらしーよ」


 と、そう言ってフキちゃんはその中の一つ、手のひらサイズのサイコロといった感じのブロック状のチーズを手に取り、その包装紙を剥がし始める。


 するとまるでキャラメルみたいな色と質感のチーズが姿を見せて……それを見た俺は「おっ」と声を上げる。


「あ、やっぱ知ってた? これおいしーんだよね、チーズなんだけどチーズっぽくなくて……。

 とりあえずこれ、皆で食べない? それとももうご飯食べちゃってお腹いっぱい?」


 続けてフキちゃんがそう言ってきて、そういうことならと立ち上がって準備を始める。


 まずはチーズを薄く切り分け、食パンを用意してトーストに、それから人数分のコーヒー……カフェインレスのものを淹れて、それらを居間に持っていく。


「これはねー、イェトストって言ってー……なんだっけ、なんかのチーズなんだよ。

 ミルクをクリームと一緒に煮詰めてあってー、見た目のままキャラメルみたいでおいしーんだ。

 その動物に花とかハーブとか、良い香りのを食べさせるとミルクもほんのりその香りがして、それがチーズになるから良い香りのするキャラメルって感じなの。

 あ、もちろん甘くはないからね、ミルクのおかげでほんのり甘く感じることはあるけど!」


 するとフキちゃんがなんとも自慢げにチーズ……イェトストについてを語っていて、俺はそれに耳を貸しながら皆にトーストとコーヒーとチーズを配っていく。


「ノルウェー語でイェトがヤギ、オストがチーズ、繋げてイェトスト。

 つまりはヤギのチーズだね、ヤギミルクと生クリームを混ぜて煮詰めて……カラメル状にしてからチーズにするから、見た目だけじゃなく作り方もキャラメルそっくりで……砂糖を入れちゃえばもうキャラメルそのものなんだよね。

 そのまま食べても良いし、トーストに乗せても良いし……温めてももちろん美味しいんだけど、今回はとりあえずそのまま食べてみようか。

 ノルウェー産のを輸入して食べたことはあるんだけど、国産のは初めてだなぁ……フキちゃんのお爺ちゃんは珍しいというか中々良いチーズを知っているんだねぇ」


 配りながらそう説明すると、フキちゃんは自慢げな顔をし、ふふんと鼻息を鳴らし、それからチーズに手を伸ばし食べ始める。


 いただきますと声を上げたコン君やさよりちゃん、テチさんもそれに続き……俺もまずはチーズだけで楽しむかと手を伸ばす。


 イェトストはチーズかと思って食べると違和感があるし、かといってキャラメルでもないし、独特の味がするチーズだ。


 食べ慣れてくるとこれがイェトストの味と言えるようになるのだろうけど、全く食べ慣れていない現状、一口食べて始めに思うのは違和感だった。


 いや、うん、甘いようで甘くない、塩気があるかと言われるとそうでもない、食感もチーズのようなキャラメルのような……チーズキャラメルと言っても良いのかもしれないなぁ。


 それでいてフキちゃんのお爺ちゃんが上手く作ってくれたのだろう、花の柔らかな香りがしてきて、それがまたイェトスト元来の香りをマッチしていて……うん、美味しい。


 以前食べたものとは全く違うってくらいに美味しいなぁ……まぁ、手作りなのだろうから量産品とは違って当然かな。


 いや、それにしても美味しいな……これなら色々な料理に使っても良さそうで、あれこれとレシピが思い浮かんでくる。


「美味しいっしょー? これで保存が効くんだから凄いよねー!

 お爺ちゃんったらどれくらい保つのか試すって、冷蔵庫に5年も入れっぱなしにしてんだからー。

 それでもカビたりしないんだってさ! ねー、すごいっしょー?」


 するとフキちゃんがそんなことを言ってきて、俺達全員の顔を見回し……嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑むのだった。



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