フキちゃんの結論
結局フキちゃんは、婚約破棄でも継続でもなく、一時停止という道を選んだ。
婚約状態を一時停止し、相手とは婚約者でもなんでもない間柄となり、一人になって自分の人生を見つめ直したい。
獣ヶ森の中でそういった選択肢を選ぶ人は、男女問わず結構な数がいるんだそうで……何度かそういった相談を受けた経験があり、手続きとかに慣れていた神林さんの助力もあって、フキちゃんが決断した後は何もかもがテンポ良く進むことになった。
フキちゃんの家族の了承を得て、相手の家族の了承を得て、慰謝料どうこうといった面倒な話は一切なし。
婚約状態を一時停止し……いつ再開するかは両者相談の上で決める。
そしてどちらかが婚約を破棄したいと思ったなら、いつでも出来るという約定も交わされて……まぁ、うん、いつ終わるかも分からない一時停止という微妙な状態になるのだから、相手にとってもフキちゃんにとっても必要な約定なのだろう。
と、そんなこんな慌ただしく日々が過ぎていって……3日後。
手続き諸々を終えた神林さんが遊びにきて、居間のこたつに入りながら問題なく手続きが終わったとの報告をしてくれる。
「しかしそうすると、家事修行だなんだは、あまり意味なかったのかなぁ」
そんな神林さんにお茶を出しながらそんなことを呟くと、神林さんは手を左右にひらひらと振って「いやいやいや」と笑いを含んだ声を上げてから言葉を返してくる。
「大事大事、家事がいかに重要で大変なものかを知ったからこそ、専業主婦になるべきか悩むことになって、悩んだからこそ答えを出せたんだからさ。
大変な家事でも大好きな家族のためなら頑張れる、納得出来る形の家族のためなら頑張れる、理想の家族を構築するために頑張れる訳だけど……相手がそうじゃないとねぇ。
それにほら、フキちゃんから聞いたけどフキちゃんはそもそも結婚後の夫婦がどういうものか、妊娠後の夫婦がどういうものか、その目で見るためにここまで来たんでしょ?
そういう意味でも大成功だったと思うなー……森矢さん夫婦の在り方をしっかりと見ることが出来た訳だしね」
「まぁー……ありのままの姿を見せることは出来ましたけど、それで良かったのかどうか……。
結局ただ家事を教えただけって感じも……」
俺がそう返すと神林さんは、またも「いやいやいやいや」と声を上げてから言葉を返してくる。
「新婚で妊娠中の奥さんのためでも、普通はそこまでしないから。
奥さんの友人知人との付き合いとか、面倒くさがる旦那さん多いんだから。
それでいて若い女の子だーみたいな変な欲も出してなかったみたいだし……そういう旦那さんもいるんだって知ることが出来たのはフキちゃんにとっても大きかったと思うよ。
フキちゃんの家の相手の家もちょっと問題がある感じだったからねー……良い関係の夫婦って言うか、普通の家を見られたことは意義のあることだったと思うよ。
家事を覚えて無駄にならないっていうのもその通りだしー……これからフキちゃんは、お互いに支え合える良い相手を探すんじゃないかな。
その相手を見つける前に元婚約者が変われればそれで良いんだけど……あの様子じゃなぁ」
と、そう言って神林さんは、神林さんなりに調べた元婚約者のことを教えてくれる。
フキちゃんと同じ猫の獣人で……年相応に遊びたいざかりの男の子。
猫の獣人はただでさえ気ままというか、我儘な所があり……そこに年頃ということが重なってフキちゃんのことよりも遊びのことを優先してしまっていたらしい。
遊べるは今だけ、馬鹿が出来るのは今だけ、テレビの向こうの若者達みたいに明るく楽しい青春を謳歌したかった……とかなんとか。
15・6歳であることを思うと、まぁ年相応……俺もそのくらいの頃は馬鹿だったなぁと思ってしまう訳だけど、獣ヶ森という特殊な環境と婚約しているという状態ではそれも許されないのだろうなぁ。
と、言うかそのくらいの年頃だと異性に興味津々というか、遊ぶにしたって婚約者と遊びたくなるものだと思うのだけど……そういった気持ちはなかったのだろうか?
その辺りのことを神林さんに聞いてみると、神林さんは目を細めながら言葉を返してくる。
「獣ヶ森の婚約は幼い頃にするのが大体だからねー……婚約したら自然と仲良くなって遊ぶようになるんだけどー……年がら年中同じ異性と一緒っていうのは上手くいかないこともあるからね。
幼い頃に色々あると疎遠になっちゃうパターンもあって……フキちゃんの場合はその成りかけかな。
疎遠という程じゃないんだけど距離があって……そんな婚約者というか幼馴染よりは同性の友達が良いと、相手はそう考えちゃったようだね。
フキちゃんはフキちゃんで仲の良い女の子の友達がいて、そちらばかりと遊んでいたと。
まぁこれ自体は珍しいことでもなんでもなくて、異性の幼馴染がいる子にはよくあることなんだけど……両家がそれを放置しちゃったのが悪手だったかなぁ。
年末年始とか、そういうイベントですら一緒にいないのには危機感もたないとね、こうなっちゃうよね」
関係者の中でそんな婚約状態に危機感を持っていたのがフキちゃんだけで……フキちゃんだけが動いた結果、そうなったと……。
他にも誰かが動いていたら、もっと早く動いていたら、違う形になっていたのかもしれないけど、今となってはもう後の祭りなのだろう。
「なるほど……。
まぁどういう形であれ決着ということになったのなら、家事修行もおしまいですかね。
フキちゃんも遊びたいざかりなんだろうし……これからは冬休み満喫ってことになるのかな」
と、俺がそんなことを言うと神林さんはなんとも言えないニヤケ顔となって言葉を返してくる。
「いんやぁ、それがまたここに家事をならいにきたいってそんなこと言ってたよ?
なんでもコン君達みたいな小さな子達に負けているのが悔しいんだってさ。
知らないこと出来ないことが多くて……このままじゃ良い相手を見つけられないかも、見つけても良い関係になれないかもって思ってるみたいで、幸せな未来のために頑張りたいー……らしいよ?
それは何も家事に限ったことじゃなくて、勉強とか運動とかも美容とかも頑張りたいって言っててー……良い旦那さん見つけるために気合入れ直すみたいだね。
あ、そうそう、資格勉強も頑張って将来私みたいな仕事にも就きたいんだってさ。
う~ん、若者ってば夢が多くて良いよねぇ、どれか一つくらいは上手くいくと良いんだけど」
と、そう言って神林さんはからからと笑う。
若い頃は色んなものに憧れは挫折するもので……全てが上手くいくことは稀だけど、それでもフキちゃんならなんとかしそうではある。
そういう強い気持ちがなければそもそも我が家にやってきたりはしなかたんだろうし……その結果、フキちゃんにとって未来が少しでも良いものになってくれたなら、俺としても嬉しい限りだ。
「まぁ、うん、俺もフキちゃんのためにできる限りのことはしますよ。
……しばらくはテチさんが最優先ですけど」
と、そう言って俺は隣で眠っているテチさんへと視線をやる。
こたつに入って丸くなって、俺の隣にすり寄って……最近はよくそうやって眠るようになっている。
そんなテチさんのことを微笑ましく思いながら見つめていると神林さんが、
「あーあー、私もいい相手みつけないとなー!」
と、そんな声を上げて両手を振り上げ……そしてテチさんのようにこたつに入ったまま寝始めてしまうのだった。
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