第345話 家事


 ジャーキーを用意し……お客さんがいるのにそれだけというのもアレだなとチーズも用意する。


 それと燻製にしたミックスナッツと……お酒は出せないし、ここでジュースというのもアレかなと、フルーツフレーバーの炭酸水を用意することにし、それらをおぼんに乗せて居間へと持っていく。


 そして配膳すると、テチさんの手が素早く伸びてジャーキーをもくもくと食べ始め……それを見てフキちゃんもジャーキーへと手を伸ばす。


「うまっ!」


 一口食べてそんな声を上げたフキちゃんは物凄い勢いでジャーキーを食べ……チーズやナッツも食べて炭酸水を飲んで、笑みを浮かべて頬を上気させて、満足そうなため息を吐き出し、声を上げる。


「はー……美味しかった。

 これ市販のじゃないよね? こんなの食べたことないしー……せんせーの手作り?

 やっぱり結婚したら料理とかもしなきゃ駄目なのかなー」


 するとテチさんが居心地悪そうに視線を反らし……フキちゃんがまさかという顔をしてからこちらを見てくる。


「テチさんも料理したりするけど、普段は俺がしているかな。

 ジャーキーとかも俺が作ったもので……結婚するしないに関わらず、料理が出来ると色々と便利だし、楽が出来ると思うよ」


 そんなフキちゃんに対し俺が当たり障りのない答えを返すと、フキちゃんは露骨なまでに面倒くさそうな顔をする。


「一人暮らしでも必要になってくるし、家族と暮らすのならやっぱり必要となってくるし……自分な好きなものを食べられるとか、食費を節約出来るとか健康にも良いだろうし、覚えておいて損のないスキルが料理だね。

 料理だけじゃなく家事全般出来るようになっておくといいよ」


 更にそう言葉を続けるが……フキちゃんにはあまり届いていないようで、表情が変わることはない。


「……と、言うかフキ、結婚するとなったとして、結婚後はどうするつもりなんだ?

 どこかに就職するのか? 主婦になるのか? フキはどうしたいと考えているんだ?」


 そんなフキちゃんに対しテチさんが問いを投げかけるとフキちゃんは、きょとんとした表情となって言葉を返す。


「え? そりゃもちろん主婦だけど……あ、そっか、主婦なら家事できなきゃ駄目なのか。

 うーん……面倒くさいなぁ」


 そんなフキちゃんの言葉を受けてテチさんは呆れ顔となり、俺は苦い顔をする。


 主婦になってから家事を覚えてこなしている人もいるし、悪いことではないのだけど……フキちゃんはそもそも主婦になること、結婚することをそこまで真剣に考えていない様子だ。


 相手の男の子に不安があって結婚にも不安があって……ならばその先の生活のことについても不安を覚えていてもおかしくないんだけど……そこまで深くは考えていないらしい。


 まぁ……フキちゃんくらいの若さなら、そんな考えでいることもよくあること……なんてことを思うが、それはあくまで門の向こうの話、こちら側は就職も早ければ婚約も結婚も早いみたいだし、もう少しだけ真剣に考えても良いのかもしれないなぁ。


 なんてことを考えているとテチさんが、こたつの天板をバシンッと叩いてから立ち上がり、何故だか拳を握って力強い声を上げる。


「よく分かった……フキ、お前の悩みごとについては私に任せておけ。

 まず相手の男との話し合いの場には、私の友人の中から良さそうなのを一人選んで、立ち会わせるとしよう。

 事情もしっかり説明した上で、頼りになる人選をするから安心すると良い。

 そして……結婚するにせよ、しないにせよ、フキが今のままではいけないことが良く分かったから、フキはしばらく我が家で実椋から家事を学ぶと良い。

 ……最低限のことを覚えて、私を満足させるような食事を作れるようになったら合格ということにしよう。

 距離が遠いし、学校があるから毎日学びに来いとは言えないが……土日祝日、そして冬休みは全てそのために使ってもらうぞ」


「は? え? む、無理無理、無理だよ、せんせー!

 学生の休みは貴重だってせんせーも知ってるでしょ!?」


 テチさんのそんな言葉を受けてフキちゃんが大慌てで立ち上がって抗議の声を上げる……が、テチさんはその勢いをさっと受け流し、淡々とした言葉を返す。


「ああ、知っているとも。

 だからこそ真剣に学ぶんだ、真剣に学んでさっさと合格したなら、それで授業は終了……残りの休日は自由に遊ぶことが出来るぞ。

 よし……早速親御さんに電話して許可をもらわないとな……えぇっと、昔の子供達の連絡先はどこにしまってあったかな……」


 なんてことを言ってテチさんはスタスタと自室の方へと歩き出し……そっと抱きついてそれを止めようとするも簡単に振り払われてしまったフキちゃんは、涙目……というか、涙がこぼれた泣き顔でこちらに救いを求めてくる。


「……いやまぁ、家事くらいは真剣に学べば1日もかからないだろうし……料理もそれなりのものならすぐ覚えられるはずだよ。

 たくさんのメニューを覚えて実践とか、プロレベルとかになると俺でも無理ってくらいに難しいけど、簡単なおかず作りと味噌汁作りくらいなら、家庭科の授業レベルな訳だし……今日のうちに合格をもらえる可能性もあるんじゃないかな?

 ……どうあれテチさんに相談したってことは、こうなる可能性も覚悟の上だったんだろうし、やるしかないと思うよ」


 真っ直ぐでパワフルで、子供達のこととなると真剣かつ頑固で。


 子供達のことをよく考えているからこそ、テチさんが突き進みだしたら止めることは難しく……そんなテチさんを頼ったのだから、フキちゃんもこうなることは覚悟の上だったはずだ。


 ……と、思うのだけど目の前のフキちゃんは涙目のままで……ううん、そこまで真剣には考えてなかったのかな?


 なんとなく不安になって、なんとなく誰かに愚痴りたくて、なんとなく結婚の話を聞いたテチさんのとこに来た……とか?


 そうなると……なんとも不運だとは思うけども、俺に止められることでもないし、受け入れてもらうしかない……のだろうなぁ。


「……出来るだけ簡単で栄養バランスの良い……テチさん好みの料理とかを中心に教えていくからさ……頑張ると良いよ。

 あ、そうだ、コン君とさよりちゃんっていう子供達も一緒に学ぶことになるだろうから、よろしくね」


 と、俺がそんなことを言うとフキちゃんは、恨みがましいというか、なんとも言い難い酷い顔となってこちらを見やり、渋々といった様子で腰を下ろす。

 

 その表情には先程まであったメソメソした気配は一切なく……もしかして嘘泣きだったんだろうか?


 まぁーうん……そんなしたたかさがあるのなら、結婚でもなんでも、なんとでもなると思うよ……と、そんなことを考えているとテチさんが戻ってきて、なんとも良い笑顔で、


「許可が取れたぞ!」


 と、元気いっぱいの宣言をするのだった。




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