第344話 相談


「……ここに赤ちゃんが……あの、撫でても良い?」


 そう言ってフキちゃんはテチさんのお腹を撫で……目を輝かせながら口を開き、感動していることを表情で示す。


 それからしばらく撫で続け……、


「赤ちゃん……赤ちゃんかー、結婚したらそうなるよねー……」


 そう言葉を続けたフキちゃんはどこか浮かない表情をし……それを見たテチさんがこちらに視線を送ってくる。


 どうやらフキちゃんはテチさんに何か相談したことでもあるらしい、そのためにわざわざここまで来たようで……ここに俺がいると話しにくいことなのかもしれない。


「少し家事をしてくるよ、ゆっくりしていってね。

 テチさん、お湯は沸かしてあるからそば茶のティーパックでお茶を淹れてあげて」


 そう言って立ち上がったなら、そそくさとその場を後にしてふすまをしっかり閉めて、言葉の通り家事をこなしていく。


 掃除や片付け、倉庫の在庫確認……ついでに掃除道具の手入れなんかをして、一時間少し時間を潰してから居間に戻る。


 すると腕を組んで頭を悩ませているテチさんと、不安そうにしながらこたつの天板に頬をつけているフキちゃんの姿が視界に入り……まだまだ相談は続きそうかな? なんてことを考えていると、テチさんが手招きをし、こたつに入るよう促してくる。


 それに従いこたつに入るとテチさんは、フキちゃんに俺に相談内容を話しても良いかとの確認を取り……それにOKが出るとテチさんは、フキちゃんの悩み事を話し始める。


「実椋も知っての通り、この辺りではかなり早い時期から婚約することがある。

 フキも当然婚約をしている訳だが……相手の男とあまり上手くいっていないらしい。

 私も知らない相手で、悪い人柄ではないらしいのだが……あまり一緒の時間を過ごせていないというか、男だけで遊ぶことが多く、フキのことを構うことはほとんど無いそうだ。

 フキはそんな相手と結婚して良いのか……そもそも本当に良い結婚相手なのかが分からなくて悩んでいるそうなんだ。

 向こうは高校卒業後に結婚することを望んでいるそうだから……残された時間はあまり無いな」


 そんな説明を受けて俺は……大事な相談だからとその内容を頭の中で反芻し直し、よく考えてから言葉を返す。


「まず質問なんだけど、仮に相手と結婚したくないとなったとして、婚約解消って出来るものなの? して良いものなの?

 それともそう簡単には出来ない感じ?」


「いや、そんなことはない、不幸な結婚となれば当人達はもちろん、両親や親戚も不幸に巻き込まれてしまうからな……安易には出来ないが、真剣に考えて決断したことであれば許される」


 俺の問いに対しテチさんがそう答えてくれて……俺は頷いてから今度はフキちゃんに問いを投げかける。


「フキちゃん、今抱えているその不安のこと、相手の男の子に相談したことはあるかな?

 本人じゃなくて男の子のご両親とかでも良いんだけど」


 するとフキちゃんは顔を起こして左右にふるふると振り、相談したことはないと返してくる。


「それなら……婚約解消をするくらいならダメ元で相談してみたら良いんじゃないかな?

 自分はそういう不安を抱えていて、このままでは結婚出来ない、男の子は一体どういうつもりで、どう考えているのかって。

 それで駄目なら婚約解消に向けてご両親に相談って感じでさ。

 そういったすれ違いや不安は……結婚したからなくなるってものじゃなくて、長い一生の中で何度か起きるもののはずで、その都度相談して歩み寄るなり、一緒に解決していくなりするのが結婚するということだと思うから、まず相談してみると良いよ」


 俺はその男の子のことを知らない、フキちゃんのことも今日が初対面でほとんど知らない。


 そんな俺に出来るアドバイスはその程度のものだけど、それでも大事なことであり結婚生活を上手く続けるための真理であるとも考えていて……それを受けてフキちゃんは、おでこをすとんとこたつの天板におでこをこつんと突きつけ……ボソボソと答えを返してくる。


「……でも怒られるかも……文句言われるかも。それは嫌なんだけど……」


 相手になのかどちらかの両親になのか……まぁ、ぶっちゃけた相談するのが怖いという気持ちは分かるけども、将来的に夫婦になるのなら、それが出来る関係じゃないといけないからなぁ。


「それで怒ったり文句を言ったり、相談に応じない相手なら婚約を解消したら良いと思うよ。

 それも立派な理由になると思うし、フキちゃんのご両親や親戚も納得してくれると思う。

 逆に相談も何もなしに婚約解消っていうのは問題になるかもね。

 ……どうしても怖いのなら、他に人がいる場所、どこかの喫茶店とかで話し合いをするとか、あるいは誰か信頼出来る人に同席してもらうとかだね。

 ……あとはまぁ、許可取った上で会話を録音するとかかな、録音されているとなると変に怒ったり出来なくなるものだし、その後の婚約解消の際に役立つこともあるかもね。

 許可得ずにこっそり録音とかは夫婦になるかもしれない相手にはしない方が良いかな」


 と、俺がそう言うと、フキちゃんは一瞬だけテチさんを見てから、こちらに視線を向けて俺に同席してくれとそんな表情になるが、俺はすぐさま首を横に振る。


 まず俺はフキちゃんと初対面だ、そして俺は男だ。


 これから婚約解消に関わる相談をしようとしている所に俺みたいな若い男なんか連れていったら……どう考えても余計なトラブルにしかならない訳で、そんなのは御免被る。


 今この時期にテチさんに余計なストレスは与えたくないし……断固として断らせてもらおう。


「うーん……テチせんせーは赤ちゃんいるし、うちの両親はこういう時頼りにならないし……。

 そうなると誰が良いんだろ……」


 そう言ってフキちゃんはモジモジとし始め……三毛色の尻尾をくねらせる。


 こういう時に頼りになる人物というと芥菜さんだけど……この辺りの町会長の芥菜さんをそんな場所に引っ張り出してもなぁ。


「誰か親戚で頼れる人とか……あとは町会長さんとか、そこら辺になるかなぁ。

 ……まぁ、そういう人材を探すというのも、良い社会経験になるだろうからやるだけやってみると良いよ。

 やってみて駄目なら、その時は俺達もなんとか出来るように手伝うよ」


 と、俺がそう返すとテチさんも同意見なのか頷いてくれて……天板の上に両手を組んで枕を作ったフキちゃんはそこに顔を埋めて「うー!」と唸り声を上げる。


 その直後、フキちゃんのお腹がぐーとなり……それを受けて俺は遠出やらでお腹が空いているらしいフキちゃんのためと、おやつを待ち遠しそうにしているテチさんのために、ジャーキーを用意するかと立ち上がり、台所に足を向けるのだった。




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