第343話 新たな……
翌日。
目覚ましアラームで目覚めて身支度を整え、朝食の準備をしている中で、いつもならとっくに目を覚まし、居間に来ているはずのテチさんが未だに部屋から出てきていないことに気付く。
何かあったのか、それともただ寝坊しているだけなのか……心配になってテチさんの寝室に向かうと、布団の中で丸まって自分の尻尾を抱き抱えているテチさんの姿が視界に入り込む。
顔色は良い、変な汗もかいてない様子。
そっと額に手を触れてみても特に問題は無さそうで……これならば心配ないかと寝室を出ようとすると、テチさんがぐっと俺の手を掴んでくる。
「おきるぅー……」
そう言いながら布団から出てこようとしないテチさん……。
布団の中でモジモジとし続け……どうやらただ寒さに負けただけのようで、仕方無しに俺はその手、というか腕を掴んで体を抱えてテチさんを引き起こし……テチさんの身支度を手伝っていく。
着替えをさせ、洗面所に向かわせ、洗顔やらスキンケアやらを手伝い……いつもの薄化粧は流石に自分でやってもらう。
そうしたら居間にテチさんを連れていって座らせ……朝食を消化吸収の良いものにしてあげた方が良いかなとメニューの変更を行う。
レンコンとショウガを用意してすり下ろし、大根の葉を細かく刻み……それらを混ぜ合わせる形でおかゆを作り、味噌でもって味をつける。
茶碗に盛り付けたなら刻み梅肉をちょこっと乗せて……味噌汁の代わりにモズクと茎ワカメのお吸い物とそば茶を用意する。
するとテチさんは寝ぼけ眼でもってもそもそと食事を始め……ちょっと物足りないとの視線をこちらに送ってくるが、
「ちゃんとスイッチが入ったならおやつにジャーキーを出すからさ、今はそれで我慢してよ」
と、俺がそう言うと納得してくれたのか、おかゆをゆっくりと食べていく。
そうして食べあげる頃にはテチさんのスイッチが入ってくれて、瞳に力が入り……やっぱり物足りないという顔をしつつも、一応の満足をしてくれて、二人で片付けやら歯磨きやらをし……それから今日の日課をしようかとしていると、玄関の呼び鈴が鳴る。
「テーチせんせー!」
それに続いて元気な声、一瞬子供達の声かとも思ったが、どうにも聞き慣れない声で……テチさんも首を傾げて誰だ? という顔をしている。
テチさんが子供の声を聞き間違うはずもないし……一体誰だろうかと玄関に向かい戸を開けると、なんとも派手な髪をした、高校生くらいの女の子がニコニコ笑顔で立っていた。
白いマフラーに紺色のジャケット、そして黒の肉球柄の……なんだっけ、ジャンパースカートって言うんだっけ?
とにかくそんな服装で……三つ編みにした長めの髪をド派手に、茶色黄色白色の3色まだら模様に染めている。
一体どんな染め方をしたらそうなるんだとその頭を眺めていると……ふわっと盛り上がった髪の毛の中に隠れた耳を発見し、そこでようやく目の前の女の子が何の獣人であるのか察する。
「ああ、三毛猫の獣人なのかぁ」
「そー! 三毛猫の
あなたはテチせんせーの旦那さんでしょ! テチせんせーいる?」
俺がなんとなしに口にした言葉に、蕗菜と名乗った女の子は元気な声を上げてきて……俺がテチさんを呼ぼうとしていると、テチさんがさっとやってきて……蕗菜ちゃんのことを視界に入れるなり目を丸くし、声を上げる。
「フキ! どうしたんだ、こんな所まできて!
確かもう、高校に入学する年齢だったはずだぞ!」
「うん! ちゃんと入学したよー……で今冬休みで、せんせーが結婚したて聞いて様子見に来た!
せんせー、元気だった?」
元気な声でとんでもないことを言う蕗菜ちゃん、それを受けてテチさんは更に目を丸くし、パチクリとさせ……それからとにかくまずは体を温めろと家の中へと案内する。
居間へ通し、こたつに入ってもらい、冷えただろうからと昨日に引き続きSTMJを淹れて飲んでもらって……そうやって温まってもらっている間にテチさんが、蕗菜ちゃん……皆にフキと呼ばれていた女の子のことを説明してくれる。
テチさんが預かっているのは基本的にリス獣人の子供達だ。
だからといってリス獣人しか預からないと決めている訳ではなく……ご両親と本人の希望があればどんな獣人の子供でも預かるんだそうだ。
そしてフキちゃんは、そんな獣人の子供の一人で……幼い頃から数年間、預かっていたそうなんだけど、家庭の事情で引っ越すことになり……それからは手紙のやり取りくらいしかしていなかったんだそうだ。
猫の姿から人間の姿に、獣人としての成人をしたフキちゃんのことをテチさんが一目見て分かったのは、手紙のやり取りの際に写真のやり取りもしていたからで……そんなフキちゃんは今年で15歳、成人し子供としての仕事をやめて、社会人になる一歩手前の難しい勉強をする時期らしい。
詰め込み教育と言うかなんと言うか……今まで勉強をしてこなかった分を取り返すためのその勉強は中々ハードなものであり……その分だけたまの休みとなる長期休みは貴重なもので……それを使って森の反対側からフキちゃんがやってくるということは、中々の騒動であるらしい。
「えっと……森の反対側というと、あのホテルがあった辺り?」
説明を聞き終えた俺がそんな問いを投げかけると、テチさんが首を横に振ってから言葉を返してくる。
「いや、更に向こうだ。
扶桑の木を中心とした獣ヶ森の真逆、ここらと同じように門に接する森の縁に住んでいるはずだ。
……フキくらいの年の子が、ここまで来るのはそう簡単なことではないはずなんだがなぁ……」
するとフキちゃんが頬をぷくーと膨らませて抗議の声を上げてくる。
「せんせー、あたしもう大人! ちゃんと大人だから! バス乗ってここまで来れるから!
……せっかくさー、せんせーが結婚したって聞いてお祝いに来たのにさー!
……あ、そうだ、赤ちゃんどこ? 赤ちゃん? 赤ちゃんできたんでしょ??」
そして抗議の声の中で、そんな勘違いをぶちかまし……どう返したものかと頭を悩ませたテチさんは、ここにいるぞと示すためか、少し膨らみ始めたお腹を優しく、そぉっと撫でて見せるのだった。
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