第342話 STMJ
「しかしアレだな、食べられる物、飲める物が減っていくのは変な感じだな。
この紅茶も少し物足りなく感じるし……」
ドライフルーツ入りの紅茶を皆で楽しんでいると、テチさんがそんな声を上げる。
最近は声を出すのも億劫と言うか、出来るだけ会話をせずに過ごしていたテチさんの突然の声に少し驚きながら、俺は手元の紅茶を見る。
カフェインレスの紅茶……俺からすると普通の紅茶と全く変わらない味なのだけど、テチさんには物足りなかったらしい。
獣人にしか分からない味とか香りの問題なのか、それともカフェインの問題なのか……テチさんは特にカフェイン飲料を好むという訳でもないから、やっぱり味か香りの問題なのかな?
「まぁ、健康のためにはどうしてもそうなっちゃうかな。
前にも言ったけど色々と制限があるからねぇ……紅茶の場合はカフェインの問題だね。
こればっかりはどうしようもないから……減った分だけ新しい物を口にするようにしたら良いよ。
まだ飲んだことも食べたこともない、新しくて安全な物を楽しむようにしていけば……きっと満足出来るはずだよ」
俺がそう返すとテチさんは「ふーん」とそう声を上げて考え込み……言葉を返してくる。
「改めて考えてみると実椋が来てからは新しい物ばっかり口にしていた気がするなぁ。
外の世界から来た人間だから当然……と、最初は思っていたが、外の人間どうこうじゃなくて実椋だから、なんだろうなぁ。
そんな実椋がそう言うのだから、当然期待して良いんだろう?」
そう言ったテチさんの目は期待のためか輝いていて……俺はどうしたものかなと頭を悩ませる。
真新しい何か、今まで出していないもので……今のテチさんが喜ぶ飲み物。
今日は特別冷え込んでいて、昼間の今でも外の気温は0度前後……リフォームの際に、かなりの対策をした我が家の中であってもかなり冷え込む。
こたつに入って紅茶を飲んで……それなりに温まったはずだけども、更に体が温まる飲み物が良いかもしれないなぁ。
「じゃぁ早速温まる飲み物を用意してくるよ、すぐに出来ると思うから、そのまま待っていて」
と、その言葉はコン君やさよりちゃんにもかけた言葉だったのだけど、それでも二人はこたつから抜け出て俺の後を追いかけてくる。
そしていつもの椅子に座り……そんな二人に苦笑しながら材料の準備を始める。
まずは卵、人数分の卵の殻を割って卵黄の分離機を使って卵黄だけを使うことにし、卵白はタッパーに入れて冷蔵庫へ。
それからショウガ……おろしショウガだと少し癖が強くなるので、ショウガパウダーを使う。
そして牛乳とハチミツを用意したなら、牛乳以外を鍋に入れてゆっくりかき混ぜる。
しっかり混ざったなら牛乳を入れて鍋をコンロに置いて火にかけて……中火でゆっくり加熱し、沸騰したなら完成となる。
4人分のカップを用意し、ゆっくりと注ぎ……おぼんに乗せたなら居間へと運ぶ。
「え? もう完成? 簡単なんだね?」
テテテッと俺の前を駆けながらコン君がそう言ってきて、俺は笑い返しながら足を進め……配膳を済ませてこたつに入り、一口それを飲んでから言葉を返す。
「うーん……甘くてショウガが効いていて、美味しいねぇ。
という訳で我が家ではあんまり出さないテイストの、インドネシアの飲み物だよ。
名前はSTMJ、インドネシア語で牛乳、卵、ハチミツ、ショウガの頭文字を取った名前らしい。
ちょっと変化球のホットミルクと言うかミルクセーキみたいな感じで、簡単で美味しくて、体が温まるから冬にはオススメの飲み物だね」
俺のそんな説明を聞きながらテチさん達も飲み始め……気に入ったのだろう、目を丸くしながらも少しずつ少しずつ、STMJを冷ましながら飲んでいく。
「スパイシー系とかハーブティ系はうちではあんまり出さないから、そっち系を出していけば新鮮さを感じられると思うよ。
まぁ香辛料もハーブも、駄目なやつがあったりするから気を付けながら使っていかないとだけどね。
とりあえずSTMJは全部体に良い材料だから安心して楽しめるよ」
と、説明を続ける間も皆は飲み続けていて……俺の説明を聞いているやらいないのやら、余程好みに合ったようだ。
香りが強いからこそ獣人の好みに合うのかな? ショウガ焼きとかも好きだったみたいだし……。
と、そんなことを考えているとテチさんが綺麗に飲み干し……それで満足したのか満足げな表情でコップを置いて声をかけてくる。
「牛乳の匂いが少しきつくてな、最近はあんまり飲めていなかったんだが、こうやって飲むと全然気にならなくてとても良い感じだな。
改めて牛乳の美味しさを知ったというか、本当に新しい発見をしたというか……うん、驚かされたよ」
あー……そうか、ショウガの匂いが好みというのもあるけど、元々の牛乳の匂いがきつかったのか。
人間にはそこまで感じない匂いでも、獣人にはきつく感じるものがあった、という感じなのかな?
……でもコン君達は今まで普通に牛乳飲んでいたような?
「オレもびっくりした! 牛乳ってこんな感じになるんだ!
かーちゃんがたまに、ホットミルクとかハチミツミルクとか作ってくれてたけど、それより全然美味しい!
牛乳もっと好きになった!」
「私も! 牛乳ってこんな感じになるんだって驚きました。
続けてコン君とさよりちゃん。
ふーむ……匂いがきついはきついけど、それでも味は好きで飲んでいて、そこからきつさが抜けたおかげで夢中になって楽しめると、そんな感じだったのかな?
なるほど……じゃぁこれからしばらくは臭み消しというか、臭いを消すことで美味しくなるとか別物になるとか、そういった感じのをごちそうしていけば楽しんでもらえるかもしれないな。
「流石実椋だなぁ」
「ほんと、にーちゃん凄い!」
「こういうのもっと飲んでみたいです」
なんてことをあれこれ考えていると3人にそう褒められてしまい……全く意図していなかったことで褒められてしまった俺は、照れくさいやら何やらでなんと言葉を返したものかと困ってしまい……とりあえずSTMJに口をつけて、テチさん達が絶賛する味と香りを頭にしっかりと刻み込んでおくのだった。
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