第340話 進む準備


 ふと思うに、町会長の芥菜さんは先進的というか、若者の挑戦を応援してくれる人なんだと思う。


 俺みたいな外の人間をあっさり受け入れてくれて、加工肉についても協力してくれて……そして高校生達の取り組みについても、やれるとこまでやってみろとそう言ってくれたらしい。


 もちろん怪我人を出さないよう作り方を工夫しろだとか、しっかり見張って子供達が安全に遊べるように指導をしろよとか、注意すべき点は注意していて……こういう時にああいう人が上にいてくれると、本当に頼りになると思う。


 獣ヶ森には様々な種族が暮らしていて、その種族が種族ごとのコミュニティを形成していて……そのコミュニティをまとめ上げる町会長という立場は、もしかしたら門の向こうで聞くそれよりも重要かつ責任ある立場なのかもしれないなぁ。


 三賀日が過ぎて5日、その芥菜さんが我が家にやってきて、お互いに年始の挨拶を済ませると話があるからと家に上がることになり……こたつに入ってもらい、お茶を出すと一口つけてからゆっくりと口を開く。


「加工肉の話な、概ね許可は取れたぞ。

 ただ個人で市販用の解体は難しいとなって、町内会で解体場を持つことになった。

 そっちで解体場の建築話を進めてもらってた所に悪いが納得してくれ。

 調理場はここに作って良い、定期的に保健所の検査があるが……まぁ、お前さんなら大丈夫だろう。

 町内会の解体場に肉を持ち込んでくれたら、職員の方で解体、真空パックした上で各家庭に配送となる。

 料金は町内会費でまかなわれるが、商売する連中からは一部もらうことになった。

 当然お前さんからも貰うことになるが、そのくらいは構わんよな?」


「はい、衛生的に解体してもらえるならありがたいばかりですよ。

 肉からの加工なら手間もかなり減りますし……子育てしながらでもやれそうですね」


 と、俺がそう返すと芥菜さんは頷いて、残りのお茶を一気に飲み干してから言葉を続ける。


「販売ルートに関してはまずはスーパー、それとお前さんが前に行ったホテルが受け入れてくれた、この辺りの土産物として売り出すつもりらしい。

 その関係で保健所の検査は少し厳しくなるが……その分だけ売れるもんだと思って諦めてくれ。

 おっつけ試食会があるから、その時までに試作品をいくつかこしらえておけ。

 なんか道具とか買いたいなら町内会から予算が下りるから申請しとけよ……ああ、それと調理場の建設も町内会でもつから、お前はどこに建てるのか場所だけ決めておいてくれりゃぁ良い。

 ここら一帯お前の土地だからな、まぁどこでも好きな場所にしたら良いさ」


 その言葉に俺は、驚きすぎて言葉に詰まってしまう。


 役所への許可出しだけでなく販売ルートの確保までしてくれていたとは……。


 いつのまにか地域の土産物になることまで決まっているし、試食会までやることになっているし……やることが早いというかなんというか、そつが無さすぎるなぁ。


「あ、ありがとうございます。

 そこまでしていただけるなんて……なるべく早く試作品を用意しておきますよ」


「ああ……まぁ、試食会は来月になるだろうが、数が足りねぇとなると厄介だからな、今から準備をしておくことに越したことは無いだろう。

 ……肉が足りねぇと思うなら猟期のうちに狩っておけと言いたい所、だが……とかてちはどうなんだ? もう狩りは難しいか?」


 どうにかこうにかお礼の言葉を口にすると、芥菜さんは頷きながらそう言ってテチさんへと視線をやり……こたつに足を突っ込みながら横になってダラけていたテチさんは、問題ないと言いたいのか、親指をぐっと上げてのサムズアップだけをしてくる。


「……妊婦を狩りにってのは、あんまり良くねぇんだが……まぁ、本人がやる気なら良いか。

 いくらとかてちでも実椋や産婦人科の先生の言うことには逆らわないだろうしなぁ。

 ……とかてちがいよいよ狩りに出られなくなって、それでも肉が欲しいなら声をかけろ、うちの親戚連中の若いのを貸してやるからよ、クマ程じゃねぇが、狐も中々の狩人だからな」


 そんなテチさんを半目で見やりながら芥菜さんがそう言うと……ズザザッと雪の上を何かが滑る音が聞こえてきて、庭にその音の主が滑り込んできて……そして縁側から家の中に入ってくる。


「きーたよ!」

「きましたー!」


 いつも通りにコン君とさよりちゃんがやってきて、手洗いうがいのために洗面所に駆けていって……そして戻ってきた所で芥菜さんが言葉を続ける。


「コン、さより、お前達もとかてちの体調には気を使ってくれ。

 いざとなったらとかてちの両親に告げ口するって手もあるからな、まずいと思ったら容赦なくやるんだぞ」


 するとコン君とさよりちゃんは、一切躊躇することなく『はい!』と声を上げて背筋をビシッと伸ばしての手を額に当てての敬礼のようなポーズを取る。


 ……その慣れた様子を見るに、今までも芥菜さんが二人にお願い事をすることがあったのだろうなぁ。


 ちょっとしたお手伝いとかおつかいとか……コン君達にとっても芥菜さんにとっても、それは日常のことなのだろう。


 そしてテチさんもそのことを知っているようで……だらけながらも苦い顔をするが、特に反論したりすることはなく、素直にその状況を受け入れる。


 ……テチさんがこんな風になるのは中々見られないというか、初めてのことかもしれないなぁ。


 もしかしたらテチさんも子供の頃から芥菜さんのお世話になっていたのかもしれないな。


 おつかいとかも度々頼まれていて……その都度お小遣いをもらっていたりして。


 そうなると……芥菜さんは子供の頃のテチさんのこともよく知っている訳か。


 ……それは少しだけうらやましくなるなぁ。


「ああ、そうだ、忘れてたが実椋、お前は来週町内会館に顔を出してくれ。

 そこで子育てに関する講座があってな、父親連中は全員顔を出すことになってるんだ。

 そのうち夫婦でも参加してもらうがとりあえず父親だけで……そこで赤ん坊の抱き方、世話の仕方、その種族ごとの注意点なんかを学んでもらうことになる。

 特にお前は外の人間だからな、欠かさず参加するようにしろよ」


「はい、分かりました、あとで日時の詳細教えてください」


 反対する理由もないのでそう言うと、芥菜さんは満足そうに頷き……それで用事が終わったのか、こたつに深く入って体を温めてから、ゆっくりと立ち上がり軽い挨拶の後に玄関へと足を向けるのだった。



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