第338話 すべり台


 元気いっぱい、クマ獣人の高校生3人の手を借りてのすべり台は、かなりの完成度となっていた。


 まず大きい。


 作業をしているうちに楽しくなってきた高校生がそこら中から雪を集めて、それだけは足りないと畑の雪まで集めてきての大山が出来上がっていた。


 駐車していた車を畑の駐車スペースに移動させてまで作ったそれは、屋根くらいの高さになっていて……そこから滑る為のスライダーも中々の出来だ。


 そこまで凝った造りには出来ていないが、ソリで滑れるように広くなっているし、トンネル状になっている部分があり、大きくうねっている部分があり、素人なりに頑張ったスライダーとなっている。


 上に登るための階段もしっかりと作っていて……スライダーの終点には出来るだけ固めないようにしながら集めた雪山があり、そこに飛び込むような形となっている。


 たったの2時間でよくこれだけのものを作ったものだと感心する出来上がりで……完成となった瞬間、言葉もなく駆け出したコン君とさよりちゃんは、笑顔と笑い声を絶やすことなく、すべり台を滑り続けている。


「いやぁ、疲れたねぇ」


 その様子を居間から眺めながらそんな声を上げると……コタツに足を突っ込んでぐったりと仰向けになった3人が弱りきった声を返してくる。


「いや、ほんと疲れました……」


「なんであんなに立派に作っちゃったんだろ……」


「楽しくなりすぎちゃったな……」


 本当に疲れたのだろう、目をつむり今にも寝てしまいそうな3人に苦笑した俺は、温まった手足をコタツから引っ張り出して台所へと向かう。


 そうして3人のためのお汁粉と、クマと言えばということでハチミツ醤油餅とハチミツクルミ餅を用意する。


 それとお茶を淹れたなら居間に持っていき……配膳を済ませた途端、3人は上半身のバネのみで飛び起き、箸を手に取って『いただきます!』と元気いっぱいな声を上げて食べ始める。


 その横ではずっと体を休めていたテチさんが食欲の目を光らせていて……その光に負けた俺は仕方無しにテチさんの分も用意する。


 そして……3人に約束のお年玉を、バイト代を追加した多めのものを用意して、それぞれの前にポチ袋を置いていく。


「あざます!!」

「あざっす!!」

「ありがとうござ……多!?」


 すぐに声を上げる3人、最後の一人はお礼を言いながら袋を開けて、中身の多さに驚き悲鳴に近い声を上げる。


「まぁ、頑張ってくれたから、お年玉とバイト代みたいなものだね。

 それだけあればそれなりに遊べるんじゃない?」


 俺がそう声をかけると3人は足りるか足りないかとあれこれ話始め……そうしながらモグモグと餅を食べていく。


 結構包んだつもりだけど、これで足りないって一体どういう遊びをするつもりなのやらなぁ。


 そもそもこの子達も子供の頃から働いていて、それなりの貯金をしているはず? どうしても足りないのならそれを使う手もあるはずだけど……と、あれこれと考えていると、3人組の一人、リーダーみたいに残り二人を引っ張っている、かっくんことカクヤ君が声をかけてくる。


「貯金は親に抑えられてて、正月に稼いでおかないと遊べないんスよ。

 子供の頃勉強してなかった分、今めちゃくちゃ詰め込まれてて休みも少ねぇし、遊べる時にがっつり遊びたいんで、お金はしっかり確保しときたいんスよね。

 特に最近はホテルの方も飯が美味くなったりで、行くと金かかるけど、なんだかんだ楽しいんスよねぇ」


「へぇー……勉強の詰め込みがきつくて、たまの休みに発散するために、かぁ。

 ……なら他の家でも似たようなことしてみたら? すべり台作りの方じゃなくて、除雪とか雪下ろしとか。

 それで小遣いもらえば、かなり稼げるんじゃない?」


 除雪も雪下ろしも人手不足でどうこうというニュースをよく見かける。


 それを手伝えば……お年玉とは言えないかもしれないけども、ちょっとした小遣い稼ぎくらいは出来るのでは?


 と、そんな考えでの提案だった訳だけども、3人だけでなくテチさんまでがやれやれといった様子で首を左右に振る。


 そして代表する形でカクヤ君が何故かカタコトでの説明をしてくれる。


「獣人、皆パワフル、子供もパワフル。

 大体、自分で出来る、雪下ろし、屋根簡単登る、子供独壇場」


「あー……」


 と、そう言って俺は納得してしまう。


 少子高齢化が叫ばれる昨今だけども、獣ヶ森ではそういった気配はなく、むしろ老人よりも子供や若者の方が見かけるくらいだ。


 その誰もがパワフルで……除雪くらいは簡単にできてしまうのだろう。


 雪下ろしにしても、小柄で体重が軽く身軽な子供達に任せるのが一番で……畑の木の枝に乗っての世話をしていたように、軽々とこなしてしまうのだろうなぁ。


 そうなると……わざわざお金を払ってまで頼みたいという人は少ないのかもしれないなぁ。


「なる……ほど。

 ……まぁ、我が家は特例というかその枠に当てはまらないというか。

 除雪機はないし、テチさんは妊娠してるしで手が足りないから小遣いくらいは出せるから……また積もったら来てくれるとありがたいかな。

 流石に今日程の金額は出せないけども……コンビニバイトとかよりは多めに出すつもりだよ」


 そんな俺の言葉に対しての反応は薄いものだった。


 お年玉はやっぱり気持ち的にも金額的にも特別なもののようで……普通のバイト代くらいではそこまで気持ちが動かないらしい。


 カクヤ君達はしばらくの間無言となり……モグモグモグモグと口を動かし、餅を食べ続ける。


 食べ終えたならお茶を飲んで、ゆっくりと腹を撫で……それから台所の方へと視線をやってから、考え込む。


 そして……、


「あ、実椋さん、まかないって出ます?

 前の肉とか今日の餅とかすっげー美味かったんで、金とかよりまかないのがいいっす。

 俺達基本遊ぶ時は飯がメインっていうか、食道楽するほうなんで……ここで美味いもん食えるなら、なんかもう、それはそれで一つの遊びスポットかなって」


「あ、それいいな」


「前の肉もうんまかったよなー」


 と、そんなことを言ってくる。


 そんな3人の言葉を受けて……俺はしばらくの間、どうしたものかなと頭を悩ませるのだった。




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