第334話 年明け
年が明け風呂に入ったなら就寝し……翌日。
7時くらいに目を覚まし、顔を洗って身支度を整えて、あくびをしながら家事をしていると……まずコン君が目覚めて「おはよー!」と元気な声を上げながら洗面所へと駆け出し、それに続く形でさよりちゃんとテチさんが洗面所へと向かう。
そんな3人のための朝食を……今日のために用意しておいたおせちとお雑煮を配膳していると、冬用の二重ガラスの向こうの庭にパラパラとぼたん雪が降ってくる様子が見える。
「おー……今日は朝から随分冷えたけど、あんな雪が降るとはねぇ。
これは結構積もりそうな感じだなぁ」
なんて独り言を言っていると、顔を洗ってきたコン君が「つめたいつめたい」なんてことを言いながら顔にタオルをぐしぐしと押し付けたままやってきて……濡れた顔の毛を拭きながら声をかけてくる。
「にーちゃん、あけましておめでとーございます、今年もよろしくね」
「うん、おめでとう、こちらこそよろしくね。
もう少しで準備整うから、もうちょっと待ってね」
「うんー……今日は寒いねー、すっごく寒いし雪も積もりそうだから、今年は飴売りいかなくて良いかなー」
ああ、そう言えば飴売りを新年に子供達がやるんだっけ……。
「飴売りって具体的にどんな飴を売るの?」
配膳の途中でふと疑問に思ってそんな声をかけると、テチさんが言葉を返してくる。
「金太郎飴だな、町内会や親が用意したのを子ども達が皿に乗せて配り歩くんだ。
味もなかなか悪くないし……どんな絵なのかにも期待しておくと良い」
「へぇ、絵にもこだわりがあるんだ? それは期待できそうだねぇ」
俺がそう返すとテチさんは、にっこり微笑んでくれて……その笑顔を見ながら配膳を済ませ、お重の蓋をあけていく。
おせちとしては至ってオーソドックス、クリ料理が多めかつクルミ料理が追加されているのが特徴的ではあるけども、それ以外は普通のおせちにしたつもりだ。
「おぉーーー! カニだ! カニのハサミ入ってる! ハサミに衣つけて揚げてる!」
「こっちはおっきいエビ入ってますよ! わー、貝もお魚もたくさんですねぇ」
「おお、肉だ、ローストビーフだ、豪華なおせちだなぁ」
……つもりだったのだけど、どうやらそれは俺の主観であったようで、コン君、さよりちゃん、テチさんはそれぞれにそんな声を上げて、初めて見たとか、テレビでしか見たことないだとか、色々な言葉を続けて大喜びしてくれる。
確かにちょっとお金はかけたし、楽しんでもらえるよう気合を入れたけども……まさか、ここまでの反応になるとはなぁ。
「お雑煮のお餅は昨日ついたもので……食べ終えて片付けて終わったら杵と臼を使った餅つきもするから、その時にきなこ餅やあんこ餅を食べるつもりで朝は程々にしておいてね」
俺がそう言うと3人は『はーい』と異口同音に言いつつも、その目を食欲でギラつかせていて……、
『いただきます』
という挨拶を合図に、凄まじい勢いでおせちへと襲いかかる。
正月だけの特別な料理、皆が集まる食卓を賑わすごちそう。
縁起を担いでいい材料を揃えて、保存性を重視して味は濃いめで……地方によってはお酒に合うのを用意したりもする。
そう言えばお屠蘇用の屠蘇散とかもあるんだっけ……俺は飲んだこととないけども、うん、テチさんも飲酒は出来ないし、今年は無しで良いか。
なんてことを考えているうちにお重がどんどん空になっていき……俺は慌てて箸を伸ばす。
いやぁ……うん、一応3日分用意したつもりなんだけど、この勢いだと明日の途中で足りなくなりそうだなぁ。
その分だけお雑煮多め、餅多めにするしか……ないかな。
芥菜さんが随分と多めのもち米を用意してくれたけど、うぅむ……普通に足りなくなるかもしれないなぁ。
なんてことを考えているうちに朝食が終わり、手早く片付けをして……歯を磨いたなら餅つきの準備だ。
杵と臼は綺麗に洗ってある、もち米は朝食の前に炊いておいた、あとはもう普通に餅つきをするだけで……割烹着姿となったコン君達も手伝ってくれたのであっという間に準備が整う。
杵と臼、それと返し用の水桶も準備して庭に配置。
配置が終わったなら蒸したてのもち米を臼の中に入れて、それから俺が杵を持とうとすると、ささっとコン君が杵を手に取り、その小さな体に似合わない力でもって軽々と持ち上げる。
「えっと……コン君はやったことあるかい?」
「あるよ! 得意!」
俺が問いかけるとコン君は元気いっぱい、いつもの笑顔でそんな言葉を返してきて……得意なら問題ないかと俺が返しの桶の側に座ると、コン君は杵を振り上げ軽くもち米をついてこねてなんとも器用に餅つきの準備をしてくれる。
綺麗にこねあげ、俺が餅を軽く返したなら準備完了、いよいよ餅つきが開始となる。
『よいしょー!』
縁側に並んで腰掛けたテチさんとさよりちゃんが掛け声をかけてくる。
するとコン君が勢いよく……全身を使って杵を振るい、餅がペタンッと良い音を出す。
俺が返すとまた『よいしょー!』と声が上がり、コン君は全身を使って杵を持ち上げ振り下ろす。
その動作はどこか棒を使っての訓練の動作にも似ていて……なるほど、得意というのはこういう訳かと納得する。
先端に球体のついた鉄の棒、それを普段から振り回りしているのだからこういった作業は大の得意なのだろう。
実際杵の振り方は見事なもので、一度も狙いを外すことなく、餅を上手く叩いて良い音を出し続けている。
それからコン君の体力が尽きるまで餅つきは続き……庭に掛け声とペッタンペッタンという音が響き続けるのだった。
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