第333話 新年


 居間に設置したこたつに足を突っ込み……テレビを見ながら用意した料理を楽しむ。


 始めはお笑い、次にドラマ、それから年末恒例の歌謡番組を見る予定で……特に何事もない、ゆったりとした時間が過ぎていく。


 外は雪でも降るのかというくらいに寒く、びゅうびゅうと風が拭いているのだけど、暖房&こたつの居間はとても暖かで……油断した瞬間、眠ってしまいそうだ。


 料理は果報団子も人気なのだけど、予想外に大根が大人気で……用意したかなりの量の輪切り大根があっという間に鍋から消えていく。


 温かくて旨味たっぷりシャクシャクで、味付けはお好みの味噌を使うことで自由にできて……それでいてカロリーはそこまでじゃない。


 どちらかというとダイエットとか健康を気にする人が好む料理なんだけど……美味しければそれで良いということなのだろう。


「あっという間の一年だったねぇ」


 お笑い番組を眺めながら俺がそんなことを言うと、3人はそれぞれ、


「そうだな」

「そうだね」

「そうですね」


 と、そんな言葉を返してくれる。


 あっという間の一年……正確に言えば八ヶ月か。


 新生活に結婚にテチさんの妊娠に。


 八ヶ月とは思えない程、濃厚な時間を振り返り……良い一年だったなと、そんなことを考えて一人で勝手に満足したなら、適当な会話をし、適当に箸を動かし、適当にテレビを見るという、なんとも言えない時間を過ごしていく。


 そうしてチャンネルが変わり、さよりちゃんが見たかったというドラマに変わり……獣人が登場する、不思議な世界観の時代劇が始まる。


 ……江戸時代、かな?


 この時代、獣人とは交流がなかったはずで、本来あり得ない内容となっているのだけど……まぁ、そこはフィクションというやつなのだろう。


「……タヌキ獣人にキツネ獣人か、フィクションの割りにはデザインは本物そっくりだねぇ」


 CMに入ったタイミングでそんな感想を口にすると、さよりちゃんが耳をピコピコと動かしながら嬉しそうな顔で弾ける声を返してくる。


「ですよね! ですよね!

 こちらのドラマ、原作が獣人作家さんということもあって、その辺りはこだわってるんですよねぇ。

 以前獣人が出たドラマは、顔の横から耳が生えてたり変な感じでしたからねぇ……。

 世界的にはそういう獣人さんもいらっしゃるようなんですけど、日本にはいませんからね!」


 どうやらさよりちゃんは獣人が登場するドラマが大好きらしい。


 その声に込められた熱意はかなりのもので……って、うん?


「獣人の作家さんがいるの? その人がこのドラマの原作?

 へぇー……その人も獣ヶ森に住んでいるの?」


 俺がそう言葉を返すとさよりちゃんは、うんうんと頷きながら言葉を返してくる。


「はい!

 私も会ったことはないんですけど、ホテルの向こうに住んでいるそうで……ネットで小説を公開して、それが大人気になったとかで!

 初ではないけどもすごく珍しい獣人作家として話題になったんですよ、それでいて内容も面白くてー……すごいんですから!

 私もいつかそういうのを書いてみたいですねー」


「おー……さよりちゃんは作家志望か。

 言葉もしっかりしてるし、賢いし……良い作家さんになりそうだねぇ」


 なんて話をしていると、CMが終わってドラマが再開され……どこかの山奥で撮影したらしい、獣ヶ森に似てなくもない場所での恋愛ドラマが展開されていく。


 ドラマに夢中のさよりちゃんは箸を止めてテレビに見入り……コン君的には退屈なのか一生懸命に食べ、テチさんもまたドラマよりも食べる方に集中している。


 俺は獣人原作という部分が気になってドラマに意識を向けて……ドラマが終わったなら小休憩、空になった食器を片付けたり、新しい料理を用意したりとし……それが終わったなら歌謡番組の開始だ。


 流行りの歌とか演歌とか、またコン君にとって興味がなさそうな内容になる訳だけど……始まってみると意外なことにコン君が大盛りあがりとなる。


 箸を置いて両手でコタツの板をトタタントタタンと叩いて大熱唱。


 知らない歌でもなんとなく理解して、なんとなく熱唱して……知らないなのだから当然のように音を外すことがあるのだけど、コン君が楽しそうに元気に歌うものだから、なんでか上手く聞こえてしまう。


 臆せず堂々と、楽しく歌えばそれで良いというか、なんというか……こういう楽しみ方もあるんだなぁと驚かされる。


 そんなコン君の歌に触発されてか、さよりちゃんも歌い始め……自然な形で合唱が出来上がる。


 最初は恥ずかしそうにするさよりちゃんだったが、段々とコン君のように楽しそうに歌い始め……子供達と一緒になって歌ったり遊んだりすることに慣れているテチさんも参加し始める。


 テチさんは二人の歌を活かすように控えめに、それでいて二人の音程をリードするように歌い……そんな三人の視線が俺の方へと向けられる。


 ええ……俺も歌うの? なんてことを思ってしまう訳だけど、ここまで来てしまったら付き合わないのもアレだし……仕方無しにテチさんのように控えめに歌い始める。


 こういう大晦日の楽しみ方は初めてのことで、困惑してしまう部分もあるのだけど、楽しくないかと言われるとそういう訳でもなく……結構楽しいなと、そう思ってしまう自分もいる。


 皆で仲良く元気いっぱいに、歌いに歌って、喉が疲れたら用意しておいたジュースを飲んで料理を食べて……。


 そうやって楽しみに楽しんで……ふと気が付けば番組が終わり、年明けまであと少しという時間になる。


 今年の汚れは今年のうちに……ハッとした俺は洗い物を始め、テチさんは手遅れながら風呂掃除を始め……コン君とさよりちゃんはこたつでのんびり休憩モード。


 残り15分、なんとか最低限仕上げなければと急いだ俺達は……どうにかこうにか年明けまでには作業を終わらせることができ……作業を終わらせたなら居間へと滑り込む。


 そして……テレビからカウントダウンの音声が流れて、それをきっかけにうつらうつらとしていたコン君がぱっちり目覚めて元気を取り戻して、口を大きく開けてカウントダウンを開始する。


『5・4・3・2・1!』


 そうして年が開けると、皆一斉に笑顔になって、


『あけましておめでとう!』


 と、元気いっぱいに新しい年最初の挨拶をするのだった。




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