第329話 もち米
洗って水につけておいたもち米を炊飯器に入れて、もち米コースで炊き上げを開始して……グツグツと音を立て始めた炊飯器を見守りながら炊きあがるのを待っていると、いつもの椅子に座ったコン君がソワソワとし始める。
「お餅もおいしーんだろうなー、にーちゃんのクルミチキンと栗ケーキも美味しかったもんなー」
更にはそんなことを言い始めて……さよりちゃんが珍しく全力でうんうんと頷く。
少し前に行ったクリスマスパーティ、そこで出したフライドチキンの衣には砕いたクルミを混ぜた特別なものにしてあって……ケーキもモンブランではなく、普通のケーキの具を栗にしたものとなっていた。
特別何をした訳ではないのだけど、ちょっとしたプレゼントをもらってそれらのごちそうを食べたコン君達は、今日まで事あるごとにその時の喜び……というか味を思い出していて、反芻する牛のように口を動かしゴクリと喉を鳴らしたりしていた。
「まぁ……チキンもケーキもそこまで難しいものじゃないから、正月を少し過ぎたらまた作って上げるよ、おせちに飽きたら……ってやつだね。
そしてお餅も……当然栗やクルミ使って、美味しく仕上げるつもりだよ」
俺がそう言うと二人はその目を輝かせ……そしてコン君は目をぎゅっと瞑っての笑顔となり「約束だよ!」なんてことを言いながら激しく頭を上下に振る。
そうやって全力で頭を振ってからコン君は、何か思い出したことでもあるのかハッとした顔になり、力いっぱいの声を上げる。
「あ! そうだ! また車乗りたい! にーちゃんの車!
あのすげー格好良いのまた見たい!」
「……いや、車ならコン君の家にもあるでしょ? ドライブくらいは全然なんでもないんだけど……そんなにうちの車が良いの?」
俺がそう返すとコン君は、小さな手で握った拳をぶんぶんと振って抗議の声を上げてくる。
「うちのと全然ちげーもん! あんな風に喋らないし、なんかばーって出てきたりしないし、カメラとかもすっごいし!」
コン君の言うところの『喋る』とは車についている運転サポートシステムの起動音声のことで……『バーって出てきたりしない』というのはカーナビなどが表示されるディスプレイに出てくる各種情報……外気温やら周囲の障害物の有無、カメラやセンサーの状況などのことだ。
バック時には複数のカメラを組み合わせることで、車体周囲の状況を俯瞰する形で見ることも出来て……そういったシステムのあれこれがコン君のツボというかメカとかギミックを好む趣味の部分にクリティカルヒットしたらしい。
さよりちゃんは首を傾げているし、軽トラとかの運転に慣れているテチさんは面倒だし邪魔で仕方ないと、そんなことを言っていたのだけど……うん、まぁ、俺もその気持が少しだけ分かったりする。
俺からするとSF感が物足りないというか、ちょっと現実的すぎてそこまで興奮出来ないのだけど、コン君的にはそれも含めてお好みであるらしい。
「まぁ、うん、ちらほら雪も振り始めたから、そこまで遠くにはいけないけど、軽く運転するくらいなら構わないよ。
だけども安全第一で……遠くにはいかないしスピードも出さないけどね」
「それでも良いよ! スーパーまででも良い!」
俺の言葉にコン君がそう返してきて……そんな会話が聞こえたからなのか、居間で休憩していた半纏姿のテチさんがやってくる。
ピンク色で花柄で……分厚い綿でもって作られたそれは、母さんがテチさん用にと作って送ってきたもので、冷えてきてからというもの、テチさんは毎日のようにそれを着込んでくれていた。
「……良い匂いがしてきたからな、しばらくここで見学させてもらうよ」
やってきて椅子に座って、そんなことを言うテチさん。
俺は「構わないよ」と返してから暖房の設定温度を少し上げて……それから炊飯器の方を見やる。
妊娠するとお米の炊ける匂いが嫌いになる、なんて話もあるけど、どうやらテチさんは逆で好きになる方のタイプらしい。
獣人だから……という訳でもないようで、母さんもそこまで嫌いじゃなかったそうだし、個々の好みの問題なのかもしれないなぁ。
そんなテチさんの元にコン君とさよりちゃんが駆け寄って……テチさんに構って欲しいのと体を温めてあげたいという気持ちで膝の上に乗り、ぎゅっと抱きしめ合う。
なんとも微笑ましい、そんな光景を眺めていると炊飯器から炊飯完了のアラームがなり……蓋をあけると、湯気と共にたまらない香りが吹き上がってくる。
それをたっぷりと顔に受けながらしゃもじでかき混ぜ……炊飯器からお釜を引っ張り出し、足元に用意しておいた餅つき機の中に炊きたてのもち米を移動させる。
そうしてからほんの一部を茶碗に取り……それから餅つき機の蓋を閉め、スイッチを入れて……餅つき機が五月蝿くなるから居間に行こうと、皆に促してから人数分の茶碗と箸、それともち米の入った茶碗とフリカケを持って居間へと移動する。
そうしたら茶碗を並べもち米を分けて……フリカケをちょっとだけかけてから皆に箸を渡し、もち米を食べてごらんと促す。
「え? ついてないのに食べちゃうの? まだお餅じゃないよ?」
と、コン君が困惑する中、俺は自分の分のもち米を口の中へと運び……普通の炊きたてご飯とは全く違う味、食感の炊きたてもち米を存分に堪能する。
美味しい、本当に美味しい。
もちもちで香ばしくてしっかりとした甘さがあって……。
なんだって炊きたてのもち米はこんなに美味しいのか……特に塩味を追加するとたまらなく美味しく、毎日食べるにはややしつこいけど、たまに食べるのなら最高というような、そんな美味しさが口いっぱいに広がる。
あんまり噛みすぎるとしつこすぎる粘り気が出てきてしまうし、少しでも冷えると美味しくなくなるし、普通に食べるには全く適していないのだけど……うん、本当にたまに食べるのなら最高だなぁ。
と、そんな風に俺が食べているとテチさんやコン君達も食べ始め……美味しかったのだろう、良い顔をしながらモクモクモクモクと、その口を動かし続けるのだった。
――――あとがき
お読み頂きありがとうございました。
応援や☆をいただけると餅の仕上がりが良くなるとの噂です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます