第325話 年取り


 それから一週間は肉節作りの毎日となった。


 と、言ってもそれだけをしている訳ではなく、大掃除もしっかり進めているし、畑の様子を見に行っているし……年末年始の料理の準備もちゃんとしている。


 まだまだ枝がしっかりしていない若い木に冬囲いをしてもらったり、冬の間にやっておく肥料や世話なんかもしっかりしたりして……枝を落としての接ぎ木の準備もしっかりやっておいた。


 あとは春になったら接ぎ木をして……しっかりと育てていったなら、それが新しい栗の木となって栗の実を作ってくれるという訳だ。


 燻製器をフル稼働させながらそういった作業をしていき……その間もテチさんやタケさんがどんどん肉を持ってきて、どんどん肉節を作ることになって……。


 年末年始用にと注文しておいた食材もどんどん届き……更には芥菜さんが気を利かせて用意してくれたあれこれが届いてきた。


 まずは頼んでおいたもち米、そして大量の大豆、何故か大根まで大量にあって……スルメとコンブ。


 一体全体どんな組み合わせの食材なんだろう? と、玄関で首を傾げていたら、厚手のコートを着た芥菜さんが、


「『年取りのごちそう』がいるだろう?」


 と、そんな言葉を投げかけてくる。


 年取り? 年をとる……? 誕生日的な? ……ああ、いや、そうか、昔は数え年だったんだっけ。


 誕生日で年を取るんじゃなくて、新年を迎えたら年を取る、だから年末年始に食べるごちそうは『年取りのごちそう』という訳か。


「えぇっと……年取りのごちそうっていうのは、餅と大豆と、スルメと大根とコンブなんですか?」


 と、俺がそう返すと芥菜さんは、半目の呆れ顔になって言葉を返してくる。


「お前保存食に詳しいって割に、ここら辺のことはさっぱりなんだな。

 どれも全部冬を越すための食材、保存食だろうが、そして保存食は縁起物だからな、年末年始に神棚に供えるんだよ。

 大豆は淹れば春までもつし、大根は凍み大根にしたら夏までだってもつ、スルメとコンブは乾燥させたままならいつまでももつし……米だってそうだろうが。

 ちなみにだが大豆はそのままでも悪くはないがな、最低限神棚に備える豆腐と納豆を作っておけよ。

 とうふで十と二、なっとうで七十、合わせて八十二。

 福の神は大豆が好物で、四十八以上の豆料理を用意しろってのが昔からの言い伝えでな、そんな数は無理だと思わせての豆腐と納豆で良いってな寸法よ。

 年取りの日には福の神がやってくるからな、しっかり用意して備えておけよ」


「へぇ……初めて聞きました。

 豆腐も納豆も、凍み大根も作り方は大体分かっているので、やっておきますよ」


「おう……それと二股大根も用意しておいてやったから、普通の大根と合わせて備えておけよ。

 今の若いもんは下品だなんだと言うが……昔ながらの子宝の願掛けだからな、大根をちょっと供えるくらいのことはやっておけ」


 と、芥菜さんは渋い顔でそんなことを言い……俺は玄関に山積みとなったダンボールの一つへと視線をやる。


 そこには確かに二股に別れた大根が入っていて……なるほど、ここら辺ではこれを子宝の願掛けとしてきた訳か。


 直接的というかなんというか……まぁ、供えるくらいはなんでもないのでやっておくとしよう。


「あとは新年になったら飴を用意してな、子供達に持たせてやれ、飴売りにいかないといかんからな」


 大根を見やりながらあれこれと考えていると、芥菜さんが更に言葉を続けてきて……俺は首を傾げながら言葉を返す。


「飴売りですか?」


「ああ、正月に雨が降ると豊作になるって話があってな、ここらの正月に雨が降る訳がねぇからな、雨と飴ってんで子供達に飴売りをさせることでその代わりにしたって訳だ。

 子供が各家庭を巡って飴を売り、大人達が小遣いをやる……つまりまぁ、お年玉みたいなもんだな。

 この家にもたくさん子供が来るだろうからいくらか用意しとけよ……町内の皆でやるから大金である必要はねぇぞ……そうだな、親戚や親しい子には1000円か2000円、知らない子には100円か500円ってとこだな……ポチ袋はいらねぇから金だけ用意しておけば良い」


「……なるほど。

 うちの場合畑で働いている子達がたくさん来てくれそうですねぇ……」


「それもまた給料のうちってもんだ、きっちり払ってやれよ」


 と、そう言って芥菜さんはひらひらと手を振りながら返っていき……お礼を伝えながら見送ったならダンボールを家の中に運び込み、それから庭へと向かう。


 庭ではいくつもの燻製器がモクモクと煙を上げていて……そのうちの一つ、一週間稼働しっぱなしの燻製器の前にコン君が張り付いていて……今日完成となる肉節がしっかり完成してくれるようにと見張っているというか、祈っていうというか……とにかく燻製器をガン見している。


「……もうそろそろ完成だから、完成したら味見しようか」


 そう俺が声をかけるとコン君は、ガン見の姿勢のまま「うん」とだけ返してきて……縁側でお茶を飲んでいるさよりちゃんは、今は言っても無駄ですよと言わんばかりに首を左右にふるふると振る。

  

 出来ることは完成を待つだけ……素直に待って煙が消えて、完成予定の時間となり……燻製器のドアを開けると、中に真っ黒となった元肉の塊がぶら下がっている。


「にーちゃん……これ食べれるの?」


 真っ黒の絵の具を塗りたくったような物体と化しているそれを見て訝しがるコン君に、俺は笑顔を返しながらそれを取り出し……皿に乗せて台所へと持っていく。


 するとコン君とさよりちゃんは俺のあとを追いかけてきて……俺が流し台の前に立つといつもの椅子に腰を下ろす。


「にーちゃん……真っ黒だけど……完全に黒い絵の具だよ、これ」


 そしてコン君が力のない声を上げてきて……俺は笑いながら包丁を取り出し、コン君の言う黒い絵の具を……ゆっくりと丁寧に切り落としていく。


「これはタールって言われるものだね……木とかを燃やすと出てくる成分で、これをしっかりまとわせて保存性を上げるって感じかな。

 で、食べられるようなものじゃないから食べる前にこうやって切り落として……すると中身が出てくるという訳だ」


 なんてことを言いながらタールを切り落としていくと、茶色の木材のようにも見える、カツオ節そっくりの物体が出てきて……そこから良い燻製の香りと、牛肉独特の旨味の詰まった香りが漂ってくる。


 それを見た瞬間、コン君の顔はぱぁっと明るいものとなり……さよりちゃんも鼻をすんすんと鳴らしながら嬉しそうな良い顔をしてくれる。


 そんな顔を見ながら包丁の柄でもって牛節を叩いてみるとゴンゴンというカツオ節よりは低く重い音が聞こえてきて……音は重いものの水分は感じられず、うん、良い具合に熱が入って水分が抜けているようだ。


「これならあとはカツオ節みたいに削り機で削れば……良い感じの削り肉節になってくれるはずだよ」


 と、そう言ってコン君に牛節を手渡すとコン君は匂いを嗅いだり、真似してスプーンでもってゴンゴンと叩いてみたりして……それから早く食べてみたいとの食欲でもって、その目をギラギラと輝かせてくるのだった。




――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


応援や☆をいただけると、肉節の仕上がりがよくなるとの噂です。

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