第324話 肉節


 硬いジャーキーだけじゃなくて柔らかくて美味しいジャーキーも作る。


 そんな子供達との約束のためにそこまで火を入れない、保存性があまりないジャーキーを作っていると……そんな俺を手伝うために庭へと出てきてくれたコン君が、使い終わった燻製器の中から取りこぼしていたらしいジャーキーを見つけて、取り出してくれる。


 その際にカチカチになったジャーキーが金属製のフックとぶつかり、キィンと小気味良い音を立てて……それを受けて俺はふと、あることを思いつく。


「いや……でもどうだろうな、いきなりジビエ肉でやるのは怖いな。

 やるなら……牛肉で、かなぁ」


 そして独り言のようにそんなことを言っていると、残り物ジャーキーを持ったコン君がこちらへとやってきて……ジャーキーを差し出し、食べて良い? と視線で尋ねてきて、俺が「良いよ」と言って頷くと、カリカリッと齧り……半分程を齧ってから声をかけてくる。


「ところで牛肉がどうしたの? ビーフジャーキーまた作るの?」


「あー……うん、いや、ジャーキーというかなんというか……ちょっと試してみたいことがあってね。

 それが上手くいけば、保存性と美味しさの両立が……出来る、のかなぁ?

 でまぁ、色々と危険性の高いジビエ肉の前に牛肉で試してみようかなって、考えていたんだ」


 と、俺が返すとコン君は、両手で大事そうにもったジャーキーをガチガチッと齧り、綺麗に食べ上げてから、


「ふーん……よく分かんないけど、美味しい肉食べれるなら楽しみ!」


 と、無邪気な声を上げて無邪気な視線を向けてくる。


「……まぁ、うん、今日は十分作ったからまた明日かな。

 レシピとか調べて買い出しをして……それから実験的に作ってみるとするよ」


 俺がそう返すとコン君は、うんうんと頷いてくれて……それから片付けとか出来上がったジャーキーの梱包とか、子供達への手渡しとかを賢明に……明日の料理が楽しみだとそんなことを言いながら手伝ってくれるのだった。



 と、いう訳で翌日。


 家事を済ませてレシピを調べて……それからコン君とさよりちゃんと共にスーパーに向かった俺は、脂少なめの赤身牛肉と砂糖、それとソミュール液代わりの焼肉のタレと……それと食事用の食材をいくらか買い足してから帰路についた。


 家についたならまずは買ったものを冷蔵庫にしまい……牛肉をソミュール液につけてから冷蔵庫にいれて、それから燻製器とチップの準備をする。


 昨日散々酷使した燻製器の中から特別雑な造りの……ブリキ板の箱といった感じのものを選び、それを綺麗に洗ってから水気を拭い、よく乾かしてから準備をし……それが終わったならコンロに水をたっぷり入れた鍋を置き、火にかける


 火にかけているうちにソミュール液から牛肉を取り出し、保存パックに入れて空気をしっかり抜き……鍋の水が沸騰した所でその保存パックを入れて牛肉を茹でていく。


「……お肉茹でてから燻製にするの?」


「茹でたならそのままでも美味しそうですけどね?」


 いつもの椅子に腰かけてその様子を見ていた、コン君とさよりちゃんが、そう問いかけてきて……俺は「見ていれば分かるよー」と言ってから作業を進める。


 湯で上がったならパックを鍋から取り出し、今度は氷を入れた冷水で冷やす。


 冷やしたならパックを取り出し、パックから肉を取り出し、キッチンペーパーでよく水気を取ってからトレーに乗せて冷蔵庫へ。


「一時間ほど冷蔵庫で冷やして乾かすから、その間にお昼を食べようか。

 今日の昼ごはんは多めに買っちゃった牛肉を使ったビーフカレーだよー」


 そのついでに冷蔵庫から材料を取り出しながらそう言うと……コン君とさよりちゃんは目を輝かせて喜んでくれて……2人に手伝ってもらいながらビーフカレーを作って、昼寝をしていたテチさんと一緒に楽しみ……歯磨き、片付けが終わったなら作業を再開させる。


 冷蔵庫で乾かした牛肉を庭に置いた燻製器の中に入れ、燻製チップと……それと結構な量の砂糖をチップの側に入れておく。


「砂糖? なんで砂糖?」


 それを見たコン君が……作業を進める俺の背中に張り付きながら声をかけてきて、俺は手を動かしながら言葉を返す。


「砂糖じゃなくてザラメでも良いんだけど……とにかくそういったのを入れるとツヤがよくなって色付きがよくなるんだ。

 更にもう一つ、しっかり表面をコーティング出来るっていうのもあって……まぁ、これに関しては完成したら分かってくると思うよ。

 とりあえずチップ多めの高熱で6時間、しっかり燻製していくよ。

 燻製し終わったら朝までそのまま放置して、また明日も6時間……それを一週間くらい繰り返したら完成だね」


「何が!? 何が完成なの!? 一週間もかかるの!?」


 するとコン君が間髪入れずに悲鳴のような声を返してきて……一週間というのが余程に驚きだったのだろう、上着をガッシリ掴んでガクガクと俺の肩を揺すってくる。


 それを足元で見ていたさよりちゃんはなんとも言えず苦笑していて……俺は肩をゆすられながら言葉を返す。


「こ、これはあれだよ、あれ、以前カツオ節はカツオジャーキーだとか、そんな話をしたでしょ? その時のことを思い出して……カツオ節ならぬ肉節を作れないかと思って、試してみてるんだよ。

 水分を完全に抜けきるまで加熱して……カッチコチになるまで加熱して、加熱しきるのに大体一週間……その結果がどうなるのかっていう実験だね。

 上手く行けばカツオ節みたいに保存が効く……調味料というかふりかけというかお出汁というか、そんなものになるかもしれないって思ったんだ」


 肉節というか、牛肉節というか……カツオ節のようにしてしまえば、ある程度の保存性も確保できるはずだし、味についても肉なのだから悪くない……はずだ。


 一般に流通していない理由としてはコストなんだろうし……肉が余っているという状況ならコスト無視で作ってみるのも悪くないはずだ。


「完成したらカツオ節みたいに細く切ってお出汁にしたり……何かにトッピングしたり、醤油と生卵と一緒にご飯にかけて食べてみるのも良いかもしれないね。

 意外とその食べ方が一番美味しいかもなぁ……あとはラーメンとかうどんとかのトッピングとか、お好み焼きにも良いかもしれないねぇ」


 と、俺が言葉を続けると背中に張り付いたままのコン君がゴクリと喉を鳴らしたのが背中に伝わってきて……俺は思わず笑ってしまいながら更に言葉を続ける。


「まぁ、実験だよ、実験。

 実際に美味しく出来るかはまだ分からないから……一週間後を楽しみにしておいてね」


 するとコン君は背中に張り付いたままブンブンと激しく頭を振って頷いて……それからしばらくの間……作業が終わるまでの間、コン君は俺の背中に張り付き続けるのだった。




――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


応援や☆をいただけると……肉節の出来上がりがよくなるとの噂です。

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