第320話 ミカの話


「ああ、それは私の力によるものだよ、言っただろう? ここは私の庭だって。

 他の人達に私の姿は見えないし……2人の姿も普通に休憩をしているような様子に見えているんだ。

 疑問を持てないように、持っても意識が逸れるように……そんな結界があるのだと思ってくれて良い」


 俺達が首を傾げているとミカさんがそう言って……通りすがった男性の手に触れたりとし始める。


 触れて握って、指で弾いて……それによって男性の手は動いているのだけど、男性は何の違和感もないようで足を止めることなく、振り返ることなくただ通り過ぎていく。


 目の前でそんな様子を見せられては納得するしかなく、ミカさんが特別な存在であることにも納得がいった俺達は……ミカさんがこちらを害することもなさそうだと、突然のおかしな状況を素直に受け入れることにする。


 そうして落ち着いているとミカさんは嬉しそうに微笑み、うんうんと頷いて……「あ、そうだ」と、そんなことを言いながら手を叩き、言葉を続けてくる。


「そうそう……さっき異世界樹の木の望みは獣人が繁栄することで、そのための獣人と人間の融和を望んでいると話したけど、とかてち君の出産はその為の鍵とも言える重大事なんだよね。

 だから異世界樹……君達の家の異世界樹だけじゃなくてこの森全ての異世界樹がとかてち君の安産を望んでいるんだよ。

 もちろん私も……さっき見事な舞を見せてくれたからね、望んでいて……そんな訳だから安産は確実なものだと思ってくれていいよ。

 体調は良好であり続けるだろうし……外的要因、事故なんかも事故の方から逃げていくし、お酒とかを飲もうとしてもコップや瓶が逃げるように地面に落ちるだろうし、口に入る前の数瞬で蒸発するなんてこともあるかもしれないね。

 ……異世界樹って世界中に、獣人の居住地の数だけ存在しているんだけど、その全てが安産を望んでいると言っても過言ではないからねぇ……その点に関しては安心してくれていいよ」


 その言葉はなんと言ったら良いのか、嬉しいやら驚くやら、そこまでしてもらって恐縮やら、なんとも言えない気分になるものだった。


 本当に安産になるならこれ以上のことはないし、事故などの可能性までないとなったら最高も最高、いくら感謝してもしきれない。


 本当にそんなことがあるのかと疑う気持ちも少しはあるのだけど……先程から起きている不思議な現象のことを思うと、納得するしか無いというのも正直な所だった。


「うんうん、嬉しそうで何よりだよ。

 ……後は……何か話しておくこと、あったかな……?

 ああ、そうだ、今回私から聞いた話は他言無用だよ、森の中の人には知られても良いのだけど、外に漏れちゃうと面倒くさいことになるからねぇ。

 異世界に行けるかもって異世界樹の根本に行く人が出た日には、君達の子供の頃の事件再びって感じだからねぇ。

 ……ん? ああ、そうか、あれが異世界樹のせいだと君達は知らなかったんだっけ」


 更にミカさんはそう続けてきて……俺は子供の頃にテチさんと一緒にやらかしてしまったという、ある事件のことを思い出す。


 森の中にある禁域と呼ばれる場所、そこに入ってしまった俺とテチさんはそこに生えている毒キノコの胞子のせいで記憶を失っていたらしく……両親から教えてもらうまで、そのことをすっかり忘れさっていた……という事件を。


「禁域という場所があって、そこに特別なキノコがあって、そのキノコの胞子が軽い記憶障害を起こすのは本当だけど……完全な記憶喪失になる程のものではないんだよ。

 考えてみてごらんよ、仮にそんなキノコがあったら色々な人が色々なことに利用しているとは思わないかい?

 悪用はもちろんだけど、嫌な記憶の消去とか……良い利用法もたくさんありそうだろう?

 つまりはまぁ、あのキノコにはそんな力はなくて……君達に記憶を奪っていたのは異世界樹、という訳だね。

 何しろ異世界樹の根本は異世界に繋がっているからねぇ……そうやって根本を守るというか、近寄る人間を排除しておかないと、ろくでもないことになっちゃうのさ。

 ……完全に記憶を失っていたということは君達は、もしかしたら異世界を……獣人のいない世界を見てしまったのかもしれないね。

 行ってしまったという可能性は無いだろうけど、世界の穴から見てしまった可能性は十分あって……だからこそ記憶の完全消去なんてことが起きてしまったのだろう。

 お互いの記憶を完全に消してしまうなんて、やり過ぎにも程があるけど、異世界樹としては世界の理を守るために断腸の思いだったんだろうねぇ……木に腸はないんだけどさ」


 そう言ってミカさんは「あっはっは」と笑い、笑いながら自分の膝をバシバシと叩く。

 

 神様でも親父ギャグを言うんだなぁ……と、なんとも言えない表情をしているとミカさんは、コホンと咳払いをしてから口を開く。


「まぁ、そういう訳だから他言無用、異世界樹にも近づかないようにね。

 ……ああ、君達の家の異世界樹? あれは大丈夫だよ、あれは本体じゃなくて……なんだろう、分霊みたいなもの? になるからさ。

 分霊だからこそ私でも力を吸い取れたというか、そこまで大きくならなかったというか……そんな感じだと思ってくれて良いよ。

 今後も私がやりすぎないように見張っておくから、安心してくれて良いよ。

 お礼……? たまに賽銭とかお供物とかくれたらいいよ、後はお祭りがあったらまた舞を奉納してくれたら最高だね。

 まぁ、無理強いはしないよ、ああいうのは気持ちが大事だからね、気持ちが」


 そう言ってミカさんは今日一番の微笑みを見せて、それからゆっくりと立ち上がる。


「話したいことは大体話したから、今日はこれで失礼するね。

 また用事があったら……御衣縫君に頼むから、その時は遊びにきてよ」


 立ち上がりそう言ったならミカさんは、屋台に群がる人の中へと消えていって……そして何か、体を包んでいる薄い膜のようなものがすっと消える感覚があって、それを受けて自由に動かなかった体が動くようになり、口を開くことも出来るようになる。


「あ、あ、あー……うん、喋れるな。

 さっきの膜みたいのが結界だったのかな?」


 と、俺がそんな声を上げる中、周囲をキョロキョロと見回したテチさんは、視線を自分のお腹に落としてから、ゆっくりとお腹を撫でて……安産になることが保証されたことが嬉しかったのか、とても柔らかい良い笑みを浮かべて……そのまましばらくの間、お腹を撫で続けるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、玄関に生えた異世界樹も色々頑張ってくれるとの噂です

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