第319話 謎の人物



 舞が終わり……更に多くの客が神社へとやってきて、一段と盛り上がった空気の中が広がる屋台周辺での食事会が始まると、息つく暇もない忙しさが俺達を襲ってきた。


 作っても作っても終わらない、コン君とさよりちゃんが全力で手伝ってくれても手が足りない……そんな時間が始まり、とにかく何も考えずにタコ焼きを作り続ける。


 メインの具はタコだけ、出来るだけ余計な手間を減らし、それでいて美味しく作れるようにし……何個も何個も、何百というタコ焼きを作っていく。


 それは精神的にも体力的にもつらい作業だったが……タコ焼きを食べる皆の笑顔を見ているとやる気が湧いてきて……特に獣人の子供達の笑顔の破壊力は凄まじいものがあった。


 リス、クマ、犬、タヌキ、狐……などなど、見たことのない子供達もいてその全員が笑顔で、笑顔だらけの光景が見られるだけで十分過ぎる対価だろう。


 そうやって……二時間程タコ焼きを作り続けているとついに材料が尽きて、疲れてフラフラのコン君が「終了」との文字が書かれた看板を屋台の前に置く。


 するとお客さん達はすっと別の屋台へと移動していって……最後の気力で簡単な片付けを終わらせた俺達は、屋台近くの席……玉砂利の上に木箱を置いてその上にゴザを敷いた簡易座敷の上に腰を下ろす。


 そうして自分達用にと取っておいたタコ焼きと、近くの屋台でもらったジュースでお腹を満たし……座敷に横になったコン君とさよりちゃんはそのままスヤスヤと寝息を立て始める。


 するとお堂の方から普段着となったテチさんがコン君達にかける用のタオルケットを持って現れて……コン君達の上にかけてから俺の隣に座り、テチさん用のタコ焼きを手に取り食べながら声をかけてくる。


「お疲れ様……休みながら様子を見ていたが大変そうだったな」


「テチさんこそお疲れ様、綺麗で格好良い舞だったよ」


 俺がそう返すとテチさんはにっこりと微笑み……それからタコ焼きに意識を集中させてゆっくりと楽しんでいく。


 周囲に人は多く、賑やかな声が聞こえてきていて決して静かな空間ではないのだけど、なんとも言えない穏やかな時間が流れていって……そんな時間を破るかのように、一人の人物が目の前に現れる。


 見るからに高級品のスーツ姿で、結構昔に海外の俳優がCMをやっていたブランドのもので……確か大人の心とかなんとか、そんな内容のCMだったはず。

 

 腕時計もブランド、ネクタイも靴も……恐らく靴下もそうなのだろう。


 そんなブランドまみれの格好の主は60辺りの男性で……その顔を見た俺は警戒心を顕にする。


 何しろその男性の顔は普通の人間の顔だったのだから警戒するのも当然だろう。


 首後ろで縛った金色の長髪で赤目で……外国人かと思えば目鼻立ちや彫りの深さは日本人的で、獣耳が無くて。


 この獣ヶ森に俺以外の人間がいるはずもなく警戒するやら困惑するやら、何も言えなくなっていると……俺と同じことに気付いたらしいテチさんが目を吊り上げながら立ち上がろうとし……そんな俺達を制するかのように男性が口を開く。


「……まぁまぁ、話をしたいだけだからそう警戒しないでくれよ。

 今日は君達が知りたがっていた扶桑の木の話をしにきてあげたんだよ?」


 その声は顔に見合わない若々しいもので……それなりの年齢の男性から若々しい声が放たれるという訳の分からない状況に俺は混乱し、同じく混乱したらしいテチさんは立ち上がりかけていた姿勢からストンと腰を落として座り直す形になり……自分が何故そうしてしまったのか分からないと言うような表情をこちらに向けてくる。


「はは、ここはさ、私の庭みたいなものだから、そうなっちゃうんだよ、誰でもね。

 ……今はあれこれするよりも兎にも角にも落ち着いて話を聞くと良いよ、あの扶桑の木の……いや、世界樹の話をね。

 知っているかな? 世界樹って言葉……世界を支えるほどの巨大な木のことらしいけど、私達は別の意味で世界樹という言葉を使っているんだ。

 あちらの世界から生える樹、こちらの世界に影響を与える樹……もっと正しい言葉で表現するなら異世界樹、かな。

 つまりあれはだね、異なる世界から生えている木なんだよ」


 そんな話を聞いて俺とテチさんは目を丸くし、喉から出てこようとしている様々な疑問を男性にぶつけようとするが、何故だかそうすることが出来ず……そんな俺達を微笑ましげに眺めた男性は言葉を続けてくる。


「異世界と言っても、魔法とかの世界とかの話じゃないよ? そうじゃなくて……パラレルワールドと言ったら良いかな? 

 外来語は詳しくなくてね、間違っているかもしれないけど、とーにかくこことよく似た世界、そんな異世界からあの木は生えているのさ。

 こことは違って獣人がいない世界……絶滅したとかじゃぁなくて最初から存在しない世界。

 その世界では獣人がいないからこそ、様々な形の獣人が空想されていてね……そんな世界の人々からすると獣人が当たり前にいるこちらの世界は、とっても凄くて羨ましい世界だったんだよ」


 獣人のいない世界? パラレルワールドなんてものがあるのなら、そういった世界も存在するのだろうけども……この男性はなんだってそんなことを知っているんだろうか?


「で、異世界の……なんて言ったら良いのかな、神通力? いや、霊感かな? 

 とにかくそんな感覚が優れている人達はこちらの、獣人のいる世界の様子を夢に見て楽しんでいたのだけど……こちらの大昔、古代と呼ばれていた時代に、肝心要の獣人が滅びかけてしまったんだよねぇ。

 人と戦争になって人に殺戮されそうになって……それを止めたいと、どうにか獣人を守りたいと、獣人のいない世界の人々は強く思ったんだ。

 その世界中で多くの人々が毎夜毎夜強く願い、祈り……そしてついにその想いが世界を貫いた。

 貫き形となって世界樹となり……世界樹は獣人を守るためだけの、獣人にとって都合の良い力を発揮し始めたんだ」


 古代……というと、以前テチさんが言っていた、レイさんの名前の元になった英雄がどうのって時代のことなのだろうか?


「君は扶桑の木の成長は、君が善行を積むかどうかに影響されていると考えているようだけど……それは誤解だよ。

 そうじゃぁなくて、君が獣人の生存にとって有益なことをする度にあの木は成長していたのさ……君を守ったり手伝ったりするためにね。

 なんで君を守るのかって? 君が獣人と仲良くなって、獣人と楽しく日々を過ごすというのは、それだけでもう世界樹にとってありがたいことだからねぇ。

 人と獣人が和解し、融和したなら獣人の繁栄は約束されたようなものって訳で……君という存在はその第一歩という訳だ。

 ……だというのに君は一歩に留まらず二歩三歩と進み、結婚までしちゃって、幸せな夫婦生活を送り、奥さんとの子に恵まれつつある。

 ……もし出産が無事に成功したならもう大変も大変、過去に例がない訳じゃぁないけど、それでも結構な大事だよねぇ。

 そのことが断絶状態にあり、獣人がどんな存在か正しく伝わっていないような壁の向こうに知られたら……結構な影響があるかもしれない、獣人を好意的に見る人がうんと増えるかもしれない、よね」


 ……確かに向こうにある本は、間違いばかりと言うか、獣人の現実を知らない人が書いたものばかりで……獣人についての正しい情報はかなり少ない。


 そうなると獣人に対し好意を持つ持たない以前の問題というか……興味の持ちようがないというか、世界の何処かにそんな暮らしをしている人達もいるんだなぁくらいの認識の人も多いのかもしれない。


 テレビの特集で見るような、ジャングルの奥地とか絶海の孤島とかで暮らす独特の文化の人々への認識と同じような感覚で……。


 そんな状況で人と獣人の子が生まれたというニュースが流れたなら……少なくとも強い興味を持つ人々が増えることは確かなのだろう。


「もしかしたらそれはすぐに世界を変えるようなものじゃぁないかもしれないけど、確実に世界を良くしていくもののはずだ。

 そうなったらもう世界樹が過去に類を見ない……月にまで届く程の成長を見せるかもしれない。

 それはちょっとばかり大変だっていうことで……少し前から俺があの世界樹の力を抑え込んでいるんだよ。

 ……いや、正確には力を吸収している、かな……そのおかげで最近はあの木も大人しかっただろう? 

 力をたくさんたくさん吸収して……その副産物として胡乱な存在だった俺も、こうして姿を作り出すことが出来たという訳だねぇ」


 ……何から突っ込んだら良いか分からないけども、この人が本当のことを言っているかも分からないけども……何よりもまず知りたいことがある、問いかけたいことがある、この人は一体全体、何者なんだ!?


「……あ、俺のことが気になる?

 うーん……あんまりあれこれ言うと、上の連中が怒るんだよねぇ……昔からあいつらって偉そうでさぁ怒ってばかりでさぁ、好きになれないっていうか、だから俺もまつろわなかった訳だけど……。

 ああ、うん、そうそう、大体君の想像通り……そうだね、俺のことはミカって呼んだら良いんじゃないかな。

 ミカボシだとほら、言いにくいし名前っぽくないだろう?」


 そんなことを言われて俺とテチさんは大口をあけて唖然として……それから大慌てで周囲の人々の様子を見回し……何事もなく、まるでそこにミカさんがいないかのように、俺達のとんでもない会話なんてなかったかのように過ごす人々の姿を見ることになる。


 獣耳のない普通の人間がそこにいるのに、とんでもないことを口走っているのに……誰もが何事もないかのようにミカさんのすぐ側を通り過ぎ、コン君もさよりちゃんも気付かず寝たまま……ミカさんの真後ろに立って焼きそばを食べていた人も何の反応を示すことなく焼きそばを食べ続けている。


 そんな人々の姿を見て俺達は何故誰も騒いでいないんだろう? と、2人同時に大きく首を傾げるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


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