第315話 タコ焼き


 あれから数日が経って……何度かの練習や打ち合わせが終わり、本番の日程も決まり、テチさんやお義母さんの話から、どんな舞になるのか、大体のことが俺にも分かってきた。


 神社にある舞台を使い、伝統衣装を身にまとって、御衣縫さんが祝詞を読み上げる中、ゆったりと舞う。


 舞の途中で子供達……コン君達よりもうんと幼い、まだ働きに出ていない各種族の子供達が参加しての舞も披露されるらしい。


 テチさんによるとそれがなんとも可愛らしいんだそうで……あまりにも可愛い可愛いというものだから、俺もその練習の光景を見たくなってしまうが……流石にそれは本番までお預けなんだろうなぁ。


 そして舞が終わったなら用意された席についての食事会があるんだそうで、テチさんや子供達はそこで食べ放題飲み放題のサービスを受けられるらしい。


 それ以外の参加者はある程度のお金を払う必要があるそうだが……商売を考えてのことではないので、かなり割安な価格となっているそうだ。


「んでよ、お前さんもそこで何か作ってみないかい? もちろん材料費はこっち持ちだし、お小遣いも出るぞ。

 お小遣いが嫌ならうちでとれた食材詰め合わせでも可だな」


 ある日の午後、突然やってきた御衣縫さんが縁側に腰掛けながら食事会の説明をしたと思ったら、そんなことを言ってきて……隣に腰掛けてお茶の準備をしていた俺は、首を傾げながら言葉を返す。


「それはまぁ構わないですけど……具体的にどんな料理を作った方が良いとかはあるんですか?

 食事会も神事の一部なら、ルールというか縛りみたいなのがあるんですよね?」


「んにゃぁ、ねぇよねぇよ、何作ったって構わねぇさ。

 食材に感謝して丁寧に作ってくれりゃぁそれで良い、お祭りみたいなもんだし、お祭りっぽいのでも良いな」


「お祭りっぽいですか……。

 自分の中だとお祭りと言えばソース味なので、お好み焼きたこ焼きですかねぇ」


「お! いいねぇ、たこ焼きはうんまいし子供も好きだからなぁ。

 道具はこっちで用意するからよ、皆が満腹になるだけ作ってくれよ」


「……じゅ、獣人の皆さんが満腹って相当な量を作ることになりそうですね」


 少し怯んでしまいながら俺がそう言うと、御衣縫さんは大きな尻尾をペシンと縁側に叩きつけ、嬉しそうにカラカラ笑い、それから弾む声を上げる。


「まぁまぁ、こっちでも人手用意して手伝うからよ! 大変な思いに見合うだけの礼も用意するし、頑張ってくれや!」


 と、そう言って御衣縫さんは俺が淹れたお茶をがぶりと飲んで「あっちぃ!」なんて声を上げる。


 そんな声を上げながらもぐいぐい飲んで……それから「んじゃ忙しいからこれでな」なんてことを言って手と尻尾を振りながら去っていく。


 その後姿を見送り終えて、お茶の片付けをしていると……居間で昼寝をしていたコン君がむくりと起き上がる。


 その頬には相変わらず大クルミが詰まっていて……寝ぼけ眼のコン君は、目をゴシゴシと手で擦りながらモゴモゴッと口を動かし、右頬の大クルミを正面に持ってきて……両手でしっかりと押さえてからカリカリッとかじり始める。


 そうすることで食欲を抑え、また不安や寂しさみたいなものを和らげることが出来るらしい。


 コン君は今成長期に入りつつあって、色々な変化をしている最中で……異様な食欲含め、そういったことをしたくなる時期なのかもしれないなぁ。


 ある程度かじったならまた頬袋に戻し……それからのそのそと歩き、洗面台に向かい、目を覚ますためなのか顔を洗い始める。


 後ろからついていった俺は、タオルを取ってあげて、顔を洗い終わってびしょ濡れになったコン君の顔をぐしぐしと拭いてあげて……濡れた毛が落ち着くまで吹き回す。


 それが終わったら軽くドライヤーをかけてあげて、コン君用のクシで撫でるようにすいてあげて……そうこうしているうちにコン君の目がはっきりと覚めて目がぱっちりと開く。


 そして、


「にーちゃん! たこ焼き食べたい!!」


 と、元気いっぱい声を上げてくる。


 ……どうやら昼寝をしながら俺と御衣縫さんの話を聞いていたらしいなぁ。


「うぅん、今すぐってなると冷凍のか……それかスーパーに行って材料買って、になるかなぁ。

 ただ以前も言ったと思うけど、俺が作るたこ焼きは家庭レベルの普通のだからね? 本場の人のやレイさんのには敵わないからね?」


 と、俺がそう言うとコン君は笑顔でそれでも構わないと頷き……洗面所を軽く掃除したりタオルを片付けたりとし、それから居間に戻ってのお出かけの準備をし始める。


 今日はテチさんは神社、さよりちゃんはお家でお勉強、という訳で男二人ですっかり肌寒くなったいつもの道を歩いてスーパーへ向かう。


 冬毛に変わりつつあるのはコン君の毛は膨らんでいて、愛用のオーバーオールから毛がはみ出ていると言うか、オーバーオールで毛を抑え込んでいると言うか、そんな風になっていて……その毛を秋風で揺らしながらコン君が歩道を駆け回る。


「たこ焼き! たこ焼き! 今日はたこ焼き~~!」


 なんて声を上げながら駆け回り……それを見た森の人々は微笑むなり、自分も食べたいと喉を鳴らすなりして、そんな様子に気付かないままコン君はスーパーへと駆け込んでいく。


「たっこ焼き~、たこ焼き~~」


 スーパーに入り、カートのいつもの席に腰掛けてもその様子は変わらず……そしてそんなコン君の声を聞いたのだろう、入ってすぐの所にある特売コーナーで、新商品らしい冷凍食品の袋を持った店員さんが、なんとも良い笑顔でこちらを見つめてくる。


 その袋には『タコパ用カット具材詰め合わせ』の文字があり……なんとまぁ、良いタイミングで来ちゃったなぁと苦笑する。


 エビ、チーズ、餅、ウィンナー、ホタテ、イカ、ベーコン、ハンバーグ、サツマイモ、ブロッコリー、たくあん……などなど。


 こんな具材まで使うかと驚くようなものも中に入っていて……そしてそれを見たコン君はカートから飛び降りてそこへと駆けていって……そして店員さんから袋を受け取り、なんとも良い笑顔でこちらに戻ってくるのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、コン君の熟睡率が上がるとの噂です。

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