第314話 エスカロップ


 お義母さんはそのまま一晩泊まることになり、テチさんの部屋であれこれと作業をしたようで……それは翌日になっても続くことになった。


 当然テチさんはそれに付き合う訳で、ぐったりとしたいつになく疲れた様子を見せ始めての昼食後、御衣縫さんから電話があり、リハーサルがあるのでテチさんに来てもらいたいとの連絡があった。


 それを受けてテチさんはお義母さんから逃げられると喜び勇んで準備をしていたのだが、お義母さんは当然のように一緒に行くと言い出して……そしてテチさんはがっくりと項垂れ、さり際にこんな言葉を残していった。


『デミグラスソースを使った、がっつり系のご飯が食べたい……』


 やけ食いというかなんというか、がっつり美味しいご飯を食べてストレスを発散したいのだろうなぁ。


 仲良し母娘でも一緒にいるとまた別というか……以前はある程度距離感が離れていたのが、結婚を機に急接近してきたというかで、テチさん的には疲れる関係になってしまったのかもしれないな。


「じゃぁ、美味しいご飯を作ってあげないとねぇ」


 家事やらを終えて、ついでに大掃除に一部も終わらせての夕方、エプロンをしてからそんなことを言うと、いつもの椅子に腰掛けたコン君とさよりちゃんがこくりと頷く。


 どういう心境なのか、二人の頬の中には2つの……左右1つずつの大クルミが入っていて、二人の中のブーム……なのだろうか。


「えぇっと、今日はデミグラスソースを使ったがっつり系、エスカロップを作るよ。

 と、言っても本場のは食べたことがないから、オリジナルアレンジのエスカロップって感じになるけど」


 俺がそう言うと二人が同時に首を傾げ「エスカロップって?」とでも言いたげな表情を作り出す。


 今日一日二人はほとんど言葉を発さずに表情で何を言いたいかを伝えてきていて……まぁ、そういう遊びなんだろうなぁ。

 

「どんな料理かは見ていれば分かるよ」


 と、そう言って俺はまずは野菜の準備をしていく。


 まずキャベツの千切り、千切った葉をしっかり洗ってから折りたたみ、包丁で丁寧に切っていく。


 それとミニトマト、ヘタを取ったら丁寧に洗う。


 そしてオリジナルアレンジということでタマネギとニンニクのみじん切りを用意し……ついでにタケノコの水煮もみじん切りにしておく。


「野菜の下拵えが終わったら次はトンカツ作り。

 トンカツはお店で買ってきても良いんだけど……今回はしっかり作っていくとしようか」


 なんてことを言いながら用意するのはロース肉、しっかりとスジを切ったなら包丁の裏側で叩き、塩コショウで薄く下味をつけ、薄力粉をまぶしたら溶き卵にひたしてパン粉の衣をしっかりつけていく。


「トンカツは油の処理さえ面倒でなければ簡単な方の料理なんだよね。

 簡単で美味しくて、値段も手頃、色々とアレンジも出来るからおすすめの一品だねぇ」


 なんてことを言いながら揚げ鍋で油を熱し……衣が剥げないように丁寧に揚げていく。


 そうやって人数分……大きめで多めのトンカツを揚げたなら、キッチンペーパーの上に並べて余計な油を落としておく。


 そんな作業が終わったなら今度はバターライス作り。


 フライパンにたっぷりのバターを溶かしたらまずタマネギを炒めて次にニンニク、それからタケノコを入れてから少し炒め、炊きたてご飯を投入。


 軽く混ぜたら塩コショウで味を整えてバターライスも完成。


「ただいまー……」

「ただいまもどりましたよ」


 このなんとも良いタイミングでテチさんとお義母さんが帰ってきて……人数分の大きめの皿を用意した俺は、手早く盛り付けを済ませていく。


 皿にバターライスを薄く広く盛って、バターライスの上半分にキャベツの千切りとトマトを盛り付け、下半分にはトンカツを盛り付け、そして温めたデミグラスソースをたっぷりとトンカツにかけて、仕上げの刻みパセリを振りかければ完成。


「これがエスカロップ、根室生まれの名物料理だね。

 美味しいものに美味しいものを組み合わせるっていう、シンプルな料理だけど、これがまた美味しいんだよねぇ。

 バターライスじゃなくてケチャップライスにしたものとか、トンカツじゃなくてステーキとか焼肉を乗せたものとか色々あるらしくて、エスカロップ弁当なんてのもあるらしいね。

 一度は本場のも食べてみたいもんだよねぇ」


 なんてことを言いながら配膳をし、コン君とさよりちゃんも手伝ってくれて……キュウリとレタスとトマトという簡単サラダとタマゴスープ、麦茶なんかも用意をする。


 配膳が終わったならいつもの席へ、コン君とさよりちゃんが頬の中の大クルミを用意したお皿の上に置く中、手洗いうがいを済ませたお義母さんはテチさんの隣に入り込み、疲れ顔のテチさんもゆっくりと腰を下ろし……そしてそこでようやく目の前の料理に気付いたのか、目を大きく開き、鼻を鳴らしての良い顔になる。


 そうやって皆の準備が終わったなら、


『いただきます!』


 皆でそう声を上げてスプーンを掴み……全員ほぼ同時にデミグラスソースがたっぷりかかったトンカツを口の中に送り込む。


 揚げたてなのもあって衣はソースの中でもサクサクで、そこに手作りソースの旨味ががつんと来て……豚肉の旨味と食感もしっかり感じられる。


 バターライスも当然美味しくて、タケノコの歯ごたえも楽しいし、タマネギの甘さと旨味もたっぷり出ていて……いや、うん、これは予想以上に美味しいなぁ。


 コン君にさよりちゃん、お義母さんも口に合ったようでスプーンが進んでいて……そしてテチさんは誰よりも勢いよくスプーンを動かしている。


 そろそろデミグラスソースが連日続いて飽きてきそうなものだけど、そんな気配もなく、むしろ食欲を爆発させていて、かなりの大盛りにしたのにあっという間にお皿が空になる。


「台所にいけばおかわりあるよ」


 俺がそう言うと即座にテチさんが立ち上がり……そしてコン君とさよりちゃんも負けてはいられないとばかりにスプーンを動かして平らげ、台所へとテテテッと駆けていく。


「もうちょっと落ち着いて食べれば良いのにねぇ」


 なんてことを言うお義母さんもしっかり平らげていて……そしてゆっくりと立ち上がり台所へ。


 それと入れ違いになる形でテチさんが戻ってきて……そしてまたガツガツと凄い勢いでエスカロップを食べていくのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、テチさんの食欲が増すとの噂です。

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