第313話 頬の中の大クルミ


 翌日。


 朝食を終えて、昨日のソース作りに使った食材を鍋に入れて煮込んでのカレー作りをしていると、いつものようにコン君達がやってくる。


「ひーはほ!」


「きましたー!」


 ……? いつもならコン君のきーたよが聞こえてくる所でなんだかおかしな声が聞こえてきたな?


 一体何事だろうと作業の手を止めて居間の方を見ると、縁側を駆けていくコン君の姿が一瞬視界に入り込む。


 その姿は洗面所の方に向かっていて……どうやらいつも通り手洗いうがいをしているらしい。


 それはいつも通りの行動で……さっきおかしな声が聞こえたのは気のせいだったのかな? なんてことを考えていると洗面所からコン君が……その頬を左右に大きく膨らませたコン君が台所へとやってくる。


「お、おはよう……何か食べてるのかな?」


 そんなコン君を見て驚き作業の手を止めて声をかけると……もごもごと口を動かすコン君の代わりに、コン君に続いてやってきたさよりちゃんが答えを返してくる。


「実は昨日、ハヤシライスを食べてからコン君の食欲がおかしくなっちゃってまして、お家でご飯食べすぎちゃったみたいなんです。

 それでこれ以上食べてしまわないようにコン君のお母さんが大クルミをお口に突っ込んだんです。

 クルミを口に入れておくと食欲が紛れるっていうか、落ち着くので、コン君には特に効くみたいですね」


「あ~……」


 その説明を受けて俺はそんな声を上げる。


 俺とテチさんが昨夜経験した旨味を求めての食欲暴走、それがコン君にも起きてしまったということなのだろう。


 それにしてもコン君の……人間の子供サイズの獣人の、大きな頬をあそこまで膨らませるクルミとは一体どんなクルミなのだろうか?


 頬の膨らみ方からして複数のクルミを入れているとかじゃなくて、大きなボールのようなもの一つだけって感じだし……と、そんなことを考えているとコン君が口の中をモゴモゴと動かしてその大きなクルミを一つ、取り出して見せてくれる。


「でっか!?」


 野球のボール以上の大きさ、見た目は普通のクルミなのだけど、明らかに普通じゃないそれは……獣ヶ森特産なのかもしれないなぁ。


 しかしそれだけ大きければ食い甲斐もあって需要がありそうなのに、うちの畑で育てていないのは何故だろう? なんてことを考えていると居間でゆったりと体を休めていたテチさんが声を上げてくる。


「その大クルミは大味なんだよ、殻が固い上に実がパサパサで栄養価は悪くないんだが……食べるのはいまいちでなぁ。

 砕いて使ったり加工品にしたりで需要があるから育てている家もあるにはあるんだがな」


 その説明に「なるほどなぁ」なんて声を上げているとコン君は両手でグイグイと大クルミを口の中に押し込み、また頬を膨らませて満足げな顔をする。


 もう食欲どうこう関係なく、そんな状態になっていることが嬉しいというか、楽しいようで、コン君はそのままいつもの椅子へと駆けていってちょこんと座る。


 それにさよりちゃんが続き……それから俺はカレー作りを再開させる。


 と、言っても特別なことはなし、ソース作りで既に火が通ったのは火を通しすぎないよう入れるタイミングを注意しつつ、それだけだと味が足りないので新しい野菜も足して、そして旨味を追加するということでデミグラスソースも追加。


 それから味が馴染むまでゆっくりかき混ぜながら煮込み……後少しで完成というところで珍しく玄関のチャイムが鳴る。


 今日は花応院さんの配達の日でもないし、一体誰だろう? と、首を傾げているとテチさんがささっと玄関に向かってくれる。


 するとすぐになんとも賑やかな、テチさんと誰なのか女性の挨拶の声が聞こえてきて……スタスタとその声の主が居間へとやってくる。


「ああ、お義母さんでしたか、いらっしゃいませ」


 それはテチさんのお義母さんで……少しだけ驚きながらそう声をかけるとお義母さんも挨拶を返してきて、それから持ってきたらしい布を広げて渋々といった様子で居間に立っているテチさんの体に当て始める。


 そうやって寸法を取っているというか、どういう服を作るかイメージをしているようで……布を見るにテチさんがよく着ている柄の、新しい服を作るつもりらしい。


「今度この子がミカボシ様に舞を奉納するんでしょ?

 なら新しい服を仕立ててあげなきゃと思ってね、お邪魔させてもらったの。

 何度かメールしたのにこの子ったら返信すらしないんだから……結婚式では外のドレス着ちゃって私の出番なかったから、今回ははりきっちゃうわよ」


 そんな作業をしながらお義母さんがそう言ってきて……俺がなんとも言えない視線を送るとテチさんはふっと視線を逸らす。


 返信くらいはしてあげたら良いんじゃないのかとか、事が事だけに良い服を作ってもらったほうが良いんじゃないかとか、勝手に巫女服を想像していたけど、そうか、獣ヶ森の神社だから伝統的な服になるんだなぁと、そんなことを考えるが……まぁ、うん、わざわざ言葉にすることでもないかと飲み込んで、別の言葉を口にする。


「お義母さん、もう少しでカレーが出来るので良ければ食べていってください。

 嫌いな食べ物とかアレルギーはないですよね?」


「あら、良いの? 悪いわねぇ、なんでも食べられるから大丈夫よ。

 最近カレー食べてないから、楽しみにさせてもらうわね」


 するとすぐにお義母さんが微笑みながらそう返してきて……視線を反らしていたはずのテチさんが何のつもりなのか半目での視線をこちらに送ってくる。


 お義母さんとは仲が良いというか、以前は普通に仲良くしていたと思うのだけど、何があったのやら……妊娠で何か変わったのか、何かあったのか。


 まぁ、元々仲の良い親子なんだし、もう少しお腹が大きくなってきたら色々とお世話になるんだろうし、仲良くしておいたほうが良いだろうと考えて何も言わず何もせず、カレー作りに意識を集中させる。


 俺がそうする中、コン君とさよりちゃんは椅子から降りてお義母さんの足元までテテッと駆けていって、挨拶をしたりクルミを見せたりとし始め……お義母さんはその相手をしっかりしながら作業の方もきっちりと進めていく。


 さすが子供の扱いを慣れているというかなんというか、テチさんとレイさんを育てただけはあるんだなぁと、そんなことを思う。


 そうこうしているうちにカレーが出来上がり……ちゃちゃっと盛り付けたならコン君達に手伝ってもらいながらの配膳を始めるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけるとコン君の頬袋が更に膨らむとの噂です。

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