第312話 旨味の暴力



 ハヤシライスにする場合、バターライスを用意しても良いのだけど、今回はソース作りでぐったりなので普通のご飯にする。


 それでもソースの旨味が十分過ぎる程に強いし、お米も新米の良いやつを使っているので悪い結果にはならないだろう。


 盛り付けが終わったらいつもの配膳、今日は本当に疲れたのでサラダもなしで許してもらって……麦茶だけ用意しての食卓となる。


『いただきます!』


 席について皆で一斉に声を上げると、さっきの味見で食欲に火がついていたのか、テチさん達がスプーンでもって山盛りハヤシライスをすくいあげ、口の中に押し込み……目を輝かせ頬を膨らませ、口元を緩ませながらモグモグと口を動かす。


「ふふっ……ふふっ……」


 途中、テチさんがそんな笑い声を漏らす。


 美味しすぎて笑うしか無いっていう状況なんだろうか? コン君とさよりちゃんは、口を動かしながらスプーンを動かし、次の山盛りを作り出し……口の中のものを飲み下すなり押し込むという、とんでもないことをやっている。


「……落ち着いて食べようね、むせちゃったら大変だよ」


 と、そう言ってから自分もハヤシライスを口に運び……口の中に入れた瞬間、たまらないデミグラスソースの香りと、強烈な旨味が口の中に広がる。


 出汁を追加しながら煮込んで、旨味成分が多いとされるマッシュルームをこれでもかと使って、それを更に煮込んで凝縮させているのだから当然の味で……うぅん、ご飯をもっと多めにしても良かったかもしれないな。


 旨味が強すぎてご飯が負けているというか、どんどん食欲が湧いてくるから、食べ足りなくなるというか……とにかくソースの旨味が強すぎる。


「ご飯だけおかわり!」


「私も!」


 同じようなことを考えていたのか、ソース少なめご飯多めという配分で食べていたらしいコン君とさよりちゃんがそんな声を上げて駆け出し、炊飯器の下へと向かう。


 一応おかわり用も炊いておいたけど……この調子だとそれもすぐになくなりそうだなぁ。


「私もおかわりだな」


 そしてテチさんは……ソースもご飯も綺麗に食べ尽くしての、丸ごとお代わり。


 そろそろつわりというか、体調に影響あるかな? なんて心配をしているけど、食欲はしっかりあるようで、匂いの強い料理でも平気のようで……特に体調も問題ないようだ。


 ……まぁ、うん、病院にはしっかり行っているし、お義母さんともあれこれ話し合っているようだし、俺が心配しても仕方ないことなのかもしれないなぁ。


 なんてことを考えているとテチさんが……びっくりする程の山盛りハヤシライスを持って帰ってくる。


 ただでさえテチさん達のお皿は大皿にしているのに、それに山盛り……山盛りにして中央をへこませて、そこにソースを注ぎ込むという謎のテクニックまで披露していて、驚いてしまった俺は大口を開けてから……ハヤシライスを綺麗に食べ上げ、台所に向かう。


 ソースはまだまだ残っているけど炊飯器は空っぽ、慌てて洗って米を洗って……急速炊飯ボタンを押してから冷蔵庫を確認。


 ソースは大量に作って一部を冷蔵庫で冷やしておいたけど……コン君とさよりちゃんと、そして大盛りを物凄い勢いで食べているテチさんの食欲はまだまだ失せてない様子だし、準備をしておくべきだろう。


 それからついでという感じで手を洗い物をし、片付けをしていると……急速炊飯完了のアラームが鳴り、それを聞いてかコン君とさよりちゃんが何処か申し訳なさそうな、控えめな様子でお皿を持ってくる。


「たくさん食べるならゆっくり食べてね、ちゃんと噛まないで食べちゃってお腹壊すと大変だからさ。

 それと俺はもう満腹だから、俺のことは気にしなくて良いよ」


 と、そんなことを言いながらお皿を受け取って、炊きたてご飯と温め直したソースを盛り付けてあげるとコン君達は満面の笑みでお礼を言って居間へと戻っていって……そして入れ替わりになる形でテチさんがやってくる。


「テチさんもゆっくり食べてね、食欲があるのは良いことだと思うけどね」


 なんてことを言いながらテチさんにも……大盛り過ぎないように盛り付けて、居間へと送り出す。


 それから何度かのおかわりを経てテチさん達は満腹となり……歯磨きを終えてから体を休め始めるが、エネルギーを摂取しすぎたからか、ソワソワとし始め……庭で棒を使っての運動を始める。


 流石にテチさんは激しい運動を控えて、軽くというかゆっくりというか、病院で教わった通りに体を動かしているけど、コン君達はとても激しく動いていて……美味しいものを食べたせいで気分も盛り上がっているのか、楽しそうな笑い声まで聞こえてくる。


 そんなに喜んでもらえると作った側としては嬉しくなるというか、感無量といった感じで……台所を片付けたなら、コン君達に負けないように大掃除レベルの掃除をこなしていく。


 それから夕食を食べて、コン君達が帰っていって……明日はソース作りに使った食材でカレーだなぁとそんなことを考えながら布団に入り込むと、そこからが大変だった。


 目を閉じると思い出すのはハヤシライスの味、あの旨味をもう一度と口の中によだれが溢れてくる。


 え? そんなことある? と、思わず心の中で突っ込んでしまうような現象に困惑するが……それでも舌というか脳みそが、あの甘味を求めての暴走状態に入ってしまう。


 しかしもう良い時間だし、こんな時間にハヤシライスは論外というか……冷蔵庫にあるソースは残り少ない。


 残りはカレーに混ぜたり、色々な料理に使ったりしながら消費していく予定だったし、それをテチさんもコン君達も楽しみにしてくれているし……ここで食べてしまうなんてのは、絶対に無しだろう。


 なんてことを考えていると同じ現象に悩まされたのか、テチさんが俺の寝室へやってきて……目と表情でなんとかできないかということを訴えてくる。


 それを受けて俺は悩みに悩んでから……テチさんと一緒に台所に向かい、何か他の旨味成分摂取で舌をごまかそうということで、梅昆布茶を濃い目に入れて、それをゆっくり飲んでどうにか舌の暴走状態を落ち着けるのだった。





――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、翌日のカレーの美味しさが増すとの噂です。

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