第311話 手間がかかり過ぎるソース


 大掃除を前倒しでやってくれたコン君達と、神社で舞を奉納することになったテチさん。


 そんな3人のために何か手間のかかった、豪勢な料理を作ってあげようと台所で頭を悩ませていると、居間からこちらを覗き込んでいたテチさんから声が上がる。


「今まで実椋が作った料理の中で、一番手間のかかる料理なんてどうだ?」


 その言葉を受けて俺が苦渋い顔をしていると、いつもの椅子に座ったコン君達がどんな料理か見てみたいと、その目を輝かせる。


「……いや、まぁ、うん、確かにあれは豪勢で美味しいけどなぁ、大変すぎるというか……。

 いや、うん……せっかくだし頑張ってみるかな、流石にそのまま再現は時間が足りないから、ある程度は省略しながらだけどやってみるよ……」


 そんな3人の期待に負けて俺がそう言うと、3人はそれぞれに喜びの声を上げて……それを受けながら俺は料理の準備をしていく。


「えーっと……まずはデミグラスソースを作るよ。

 デミグラスソースは本場フランスではソース・ドゥミ・グラスって言われていて、あまりにも完成度が高すぎる上に、味と旨味が強すぎて何もかもがデミグラス味になりかねないって言うんで、使われなくなったソースなんだよね。

 それが日本に渡ってきて、今では当たり前の味になってるんだから面白いもんだよねぇ」


 なんてことを言いながらまずは小麦粉をふるいにかけていく。


 ボウルの上にふるいを置いてそこに小麦粉を入れてふるって……それが終わったなら2つの缶詰を取り出し、中身を深皿に入れた上でそれらを湯煎でゆっくり温める。


「この2つはフォン・ド・ヴォーとフォン・ド・ヴォライユ……物凄く簡単に言うと仔牛のだし汁とニワトリのだし汁だね。

 ……この2つはまぁ、自分で作るとただの地獄なので市販品を使うことをおすすめするよ」


 と、俺がそう言うとさよりちゃんが首を傾げながら声をかけてくる。


「デミグラスソースは市販品じゃ駄目なんですか?」


「いや、うん、それはそうなんだけど、今回は俺が一番苦労した手間のかかる料理ってことだからね……大昔、自分でデミグラスソースを作ろうとして地獄を見たことがあって、それの再現だから……まぁ、うん、普通はこんなもの自分で作るもんじゃないとは思うよ、絶対に市販品を買った方が良い」


 なんてことを言いながら濡れ布巾をまな板の上に置いてから、湯煎とは別の鍋を用意し……それらにバターを入れてゆっくり溶かしていく。


 本当にゆっくり、最低レベルの火力で溶かしたら、それに小麦粉を混ぜて……あとはこのまま、コンロの火力をじわじわ上げながら10分ほど混ぜ続ける。


 ただひたすら、焦がさないように……温度を上げ過ぎるとそこで台無しになるので慎重に。


「……こうやって作るのがブラウンソース。

 10分混ぜたら濡れ布巾の上に置いて、鍋の温度を冷やしながらまたかき混ぜる。

 ある程度冷えたら温めておいたフォン・ド・ヴォーとフォン・ド・ヴォライユをコップ半分くらいまぜて……またかき混ぜる。

 この時鍋が冷え過ぎたらまた弱火にかけて……ペースト上になるまでかき混ぜる。

 完全なペースト状になったらまたフォン二種類を加えて、かき混ぜて、ペーストになったら……を繰り返して、水分が増えてきてペーストではなくスープ状になったら残りのフォン二種類全部を加えてブラウンソースの完成」


「……ブラウン……? デミグラスソースは?」


 そんな疑問の声はコン君によるもので……俺はそれに頷き返しながら作業を続ける。


「牛肉をブロック状にカット、ベーコンも同じく、これらをフライパンで軽く炒めたら……そのフライパンでニンジン、タマネギ、マッシュルームも似た感じでカットして炒める。

 その時コショウと刻みニンニクを加えて……炒め終わったらブラウンソースに入れる。

 そしたらゆっくり加熱して、ローリエや各種ハーブ、刻んだホールトマトを追加、そこから沸騰させてアクをとって……ここから二時間煮るんだけど、流石に手間すぎるので圧力鍋に移して時短するよ」


 なんてことを言いながら作業を進めていくと、メモを取っていたコン君は目を丸くし、さよりちゃんは唖然とし……言い出しっぺのテチさんも台所へとやってきて、一体何をやっているんだと心配そうな目でこちらを見てくる。


 だけども気にせず……ここで中断する訳にはいかないと作業を続け、圧力鍋で煮終わったなら、ザルでこしてスープだけにする。


 スープだけにしたらもう一度加熱してアクを取って……、


「これでソース・エスパニョールが完成。

 これに……バターと塩で炒めたマッシュルームに、マデラ・ワインっていうのを加える……んだけど、持ってないので赤ワインで煮詰めたものを入れて……更にフォン二種類を加えて、ザルでこしたあとにアクを取って、それから冷やしたらようやくデミグラスソースの完成だよ」


 そう言ってから作業を進め……色々と楽をして時短をしたけども、ここまでで一時間半程の時間が立っていて、コン君はメモ疲れ、さよりちゃんは驚き疲れ、テチさんは興味深げにこちらを眺めながらも、作業の多さと長さから眺め疲れたのか小さな疲労感を見せてくる。


「いやぁ、市販品って素晴らしいよね、こんなに手間がかかるデミグラスソースが普通に缶詰で売っているんだから……」


 そんな3人に棚に入っているデミグラスソースの缶詰を見せると、3人それぞれ何とも言えない表情を見せてくれて……俺はそれに小さく笑いながら作業を進める。


「冷やして固まったデミグラスソースと、トマト缶、赤ワインを鍋に入れて、よくかき混ぜながら煮込む。

 デミグラスソースが溶けたら細かく削ったパルミジャーノ・レッジャーノチーズ、砂糖、パプリカパウダー、ナツメグ、コリアンダー、刻みニンニク、ケチャップを入れて煮込む。

 煮込んだら牛バラ肉の薄切りを炒めていれて、タマネギを細めに切って炒めて入れて、マッシュルームをバターで炒めて入れたら……ハヤシライスの完成。

 ここから更にワインとかブイヨン、コンソメやオイスターソースを入れる場合もあるけど……まぁ、今回はパスかな。

 あとは炊きたてご飯にかけたら完成だね」


 なんてことを言いながら作業を進めていると……コン君達の視線が、脇においてある具材へと注がれる。


 それは先程デミグラスソースを作る過程で使い、ザルでこされた食材達で……これはどうするの? と言いたげなコン君達に俺は苦笑しながら言葉を続ける。


「それは冷蔵庫に入れておいて、明日作るカレーに入れる予定だよ。

 レストランとかだと捨てたり……まかないにして食べたりするかな。

 ちなみに本格的な作り方だともっと時間かけるし、途中で一晩寝かせたりするから……本当に手間がかかるソースだよねぇ、そりゃぁ皆市販品を使うよって話で……。

 ただ……手間がかかるだけあって美味しいんだよねぇ、味が濃厚で何度もマッシュルームを使っているだけあって旨味の王様かってくらい旨味があって、ある程度自分好みに味を調整することも出来るし……追加の風味づけとかもいくらでも出来るし、うん、手間をかける価値はあるんだよね」


 と、そう言ってから俺は小皿を三枚用意し、それらに出来上がったハヤシライスのソースをちょっとだけ盛って、味見してごらんと3人に差し出す。


 すると3人は鼻を鳴らして匂いを嗅いだあとにペロリと舐めて……目を大きく見開いて輝かせ頬を上気させ、今までに見たことのないような物凄く良い顔を見せてくれるのだった。




――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、ソースの出来上がりが少しだけよくなるとの噂です。

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