第310話 舞
数日後、年末の大掃除に向けて少しは片付けをしておくかと、家中の片付けを行っていると、縁側の方から声が聞こえてくる。
「おーい! 暇かー?」
その声は御衣縫さんのもので、小走りで縁側に向かうと野菜がたっぷりと入った背負子を縁側に置いて腰掛ける御衣縫さんの姿が視界に入り込む。
「こんにちは、御衣縫さん。
また野菜を持ってきてくれたんですか?」
俺がそう声をかけると御衣縫さんは、背負子をすすっとこちらに押しやりながら言葉を返してくる。
「今日は頼み事があってなぁ……とかてちは、いないのかい?」
「えぇ、テチさんは今病院に定期検診に行っていますが……テチさんに頼み事ですか?」
「ああ、来週にな、うちの神社でちょっとした神事があるんだが、それにとかてちに出てもらえないかって話になってな。
ああ、ああ、大丈夫大丈夫、妊婦さんに無茶をさせる気はねぇから、ちょっとした……ゆったりとした舞を一つ奉納してくれたらそれで良いんだ。
門の向こうのもんと結婚し、子供を作った女性……そいつはなんともうちの神様好みだろうって話になってな、礼は十分にするし頼まれてくれねぇかな」
「そう言えば御衣縫さんは神主でしたね……テチさんが受けてくれるかどうかは分かりませんが、帰ってきたら話をしておきますよ。
……そう言えば御衣縫さんの神社って、どんな神様がいらっしゃるんですか?」
「ん? そういや話したことなかったか……?
確かに実椋んとこではキノコや野菜の話ばっかしてたからなぁ……うちはあれだよ、ミカボシ様を祀ってんだよ」
「ミカボシ? 初めて耳にしました」
すると御衣縫さんは懐からスマホを取り出してトトッと入力をし『天津甕星』という漢字をこちらに見せながら言葉を続けてくる。
「アマツミカボシ、ミカボシ様……俗に言うまつろわぬ神ってやつだな。
不順と書いてまつろ、つまりはまぁ日本の神々に従わずに抵抗し続けた神様ってやつで、星神とも言うな。
色々と説があるが、うちの神社では金星がその星ってことになってて……まぁ、ここらの森にはその不屈の様を好んでる連中が多いってこった」
「門の外の世界への抵抗の証ってことですか? それだと門の外の生まれである俺の子供を身ごもったテチさんは受け入れられないんじゃ?」
「そう言う考え方もあるが……考え方を変えれば門の外の力を取り込んだとも言えるし、そういう普通じゃねぇ生き方を良しとする風潮も強いからなぁ。
むしろ今こそとかてちに舞を奉納してもらわなきゃならんだろうって声の方が強いな。
何より神主が良いっつってんだ、文句を言うやつなんていねぇさ」
「なるほど……そういうことならテチさんに話をしてみますよ。
俺も舞を奉納するテチさんを見てみたいですし」
俺がそう言うと御衣縫さんは満足そうに頷き……そこにコン君がトトトッと駆けてくる。
三角巾を頭に巻いてマスクをつけてエプロンをして、長袖長ズボンに靴下というホコリが出来るだけ毛につかないようにした掃除スタイルとなっていて、その手には柄の長いハタキが握られている。
「にーちゃん! 倉庫の掃除大体終わったよ!」
「冷蔵庫の上も完璧です!」
コン君の後を追いかけてきたさよりちゃんは、バケツと何枚かの雑巾を持っていて……どうやら本格的な掃除をしてくれたらしい。
二人が任せてくれとそう言うものだから好きにさせてみたのだけど……うぅん、ありがたいやら申し訳ないやら、これは今日はごちそうを用意してあげないとだなぁ。
「コン君、さよりちゃん、ありがとう。
テチさんがそろそろ帰ってくるから、そしたらお風呂に入ってホコリを落とすと良いよ。
それまでは……そこらでテレビでも見てゆっくりしてよ」
俺がそう言うとコン君は目をぎゅっとつむっての笑みで大きく頷き、さよりちゃんは目をキラキラと輝かせながら大きく頷く。
それから二人は道具を片付け、エプロンやらを脱いで鞄にしまい……それから手洗いうがいをするために洗面所へと駆けていく。
そしてそれと入れ替わりになる形でテチさんが帰ってきて……御衣縫さんの姿を見つけたテチさんは、御衣縫さんに挨拶をしてから「あっ」と声を上げて、何かに気付いたような顔をする。
御衣縫さんが何をしにきたのか、話を聞くことなく理解をしたらしいテチさんは、自分のことを指差し「私がやるの?」とでも言いたげな……テチさんには珍しい苦々しい顔をする。
すると御衣縫さんが満面の笑みで大きく頷き……テチさんはがくりと肩を落とす。
「……嫌なら断っても良いんじゃない?」
俺がそう言うとテチさんは首を左右に振って、なんとも重々しい声を上げる。
「別に嫌ではないんだ……神事の重要性も理解しているし、やれば皆が喜んでくれることも理解しているからな。
……ただ恥ずかしい、そんなに美人でもない私が皆の前で舞って……」
そんなテチさんの言葉を受けて俺はある言葉を言うか言うまいか頭を悩ませる。
言いたい気持ちはあるが、言えば確実にテチさんに怒られるなという確信があり……テチさんは美人だよと、そんな言葉を飲み込んでいると、それに気付いたらしいテチさんが、歯をむき出しにして「イーッ!」とでも声を上げてそうな表情で俺を威嚇してくる。
「うっへっへ、まぁまぁ嫌じゃねぇってんなら、こっちはありがたいばっかりさ。
相応の礼もするし……妊婦ってことも十分考慮して、うちの嫁さんに手伝わせるから頼まれてくれや!
とりあえず明日打ち合わせすっからよ、衣装合わせとかもその時にな!
じゃぁじゃぁおっちゃんはここらで退散するかねぇ」
と、そう言って御衣縫さんは背負子の中身を縁側に並べてから、空となった背負子を背負ってトテトテと森の中へと帰っていく。
それを見送っているとテチさんは、もう一度俺のことを表情で威嚇してきて……それから手洗いうがいをするために、縁側から家の中にはいり洗面所へと足を進める。
「ねーちゃん、おかえりー!」
「おかえりなさい!!」
するとコン君達のそんな声が響いてきて……それを受けて俺は、とりあえず風呂を沸かしてから野菜を片付けるかなと決めて、よっこいしょとそんな声を上げながら動き始めるのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
応援や☆をいただけると、テチさんの衣装が豪華になるとの噂です。
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